第91話
学校に着いてから気づいたのだが、私は普通に転移できる。
だが、駆けだしたときはもう無我夢中で、そんなことにさえ気づかなかった。あれほど転移を普段使いまくっているというのに。
我ながらポンコツだなと呆れる。しかし、とにかく今は空に会わなければ。
小学校に入り、教師を探す。
それらしい人を見つけたので声をかけた。
「すみません、久坂冬真という男の子は、もう家に帰っているでしょうか?」
「え……あの……どなたですか?」
当然のことであるが、教師は怪訝な表情で私を見た。
私は僅かに心の中で葛藤したが、まもなく決意を固めて口を開く。
「EES戦闘隊員の者です。ある事情があって、彼について調べています」
戦闘隊員という身分を任務以外で利用するのは犯罪だ。基本は厳重注意を受け、場合によっては停職処分になることもある。
私は今まで普通にまともな戦闘隊員として過ごしてきたし、こんな犯罪行為をするつもりもなかった。
だが、もうそれどころではないのだ。空の命が危ないのだから。
戦闘隊員、と聞いて、教師はああ、と声を上げた。
「あなた、三浦史詩夏さんじゃないですか?えっと、久坂くんは3年3組の子なので、私は分かりませんが、担任を呼んできますね」
「ありがとうございます」
一応名前を言わなかったのに、バレてしまった。まあ仕方ない。
私は意外と、というか、有名人らしいと最近分かってきた。あの冤罪事件以降知名度が上がった気がする。全然嬉しくない。
教師はすぐに50代くらいの女性を連れてきた。
「この方が、久坂くんはもう帰ったかって」
「こんにちは。実は、あの子は今日は午前で早退したんです。体調が悪いらしくて。なので今は家にいると思います」
「えっ……?分かりました」
空が早退した?
ということは、まだ希望はある。
だが、空の家はどこだろう。新井さんに預けた後、どうなったのか記憶がない。
「あの、他に何かお伝えした方が良いことはありますか?」
「できれば久坂冬真さんの住所を教えていただきたいです」
「分かりました」
空の担任は素直に頷いて、懐から出したメモ用紙にすらすらと住所を書いていく。
やっぱり、戦闘隊員というだけで滅茶苦茶信頼はされるんだなと思った。それと同時に罪悪感が積み上がっていく。あー、私、どうなるんだろ。
住所の書かれたメモ用紙を受け取って、私は軽く頭を下げた。
「ありがとうございました。では」
「いえ、力になれたのであれば良かったです」
私は二人と別れて、即座に住所の場所へ転移した。
そこは小綺麗な家だった。一軒家で、それなりにお金を持っている人が住んでいそうな感じ。
私はインターホンを鳴らした。
暫くして、小さな声が聞こえる。
「……史詩夏さん?」
空の声だった。心なしか弱っているようだった。
私はホッとして口を開いた。
「空、単刀直入に言うね。空の正体が上にバレた。早く逃げないとまずい」
「え……?」
インターホンの向こうで、空の呆然としたような声が響く。
まもなく、玄関の扉が開いた。
中から出てきた空は、私を見上げて不安そうに聞いてきた。
「逃げるって、どこへ?」
「とりあえず北海道を出よう。私が転移させるから、海外へ行って、名前も変えて、どこかの保護施設に預かってもらう」
「それって、今すぐですか?」
「うん。時間がない」
空は困惑したような表情を浮かべた。
そりゃあそうだろう。突然こんなことになったのだから。予兆も何もなかった。明らかに緊急事態だ。
「家の人には、なんて言えば……」
「申し訳ないけど、彼らのことを気にしている余裕は今はない。理由は後からいくらでも作れるし、EESもなんとかすると思う。だから、今はとにかく逃げ……」
私がそこまで言ったときだった。
突如右から途轍もない打撃を受けて、私はそのまま左へ吹っ飛ぶ。
咄嗟に受け身を取ったものの、明らかに骨にヒビが入ったと分かるほどの衝撃だった。
気配すら感じなかった。間違いなく強い。
私は空を逃がそうと空の方を見た。
だが、そこに空はいなかった。
代わりに、予想もしなかった人物が立っていた。
「……君も訓練の成果が出ていないな。だが、受け身の仕方は悪くなかった」
「神藤さん……」
私は呆然と呟く。
神藤さんは束の間顔をしかめたが、すぐに無表情に戻って私を見た。
「あのエミュレイターは、こちらに受け渡してもらう。君がエミュレイターを匿っていると聞いたときは驚いたが……こうなった以上、どうしようもない」
静かに紡がれる言葉は、どこか苦々しげで、だが、明瞭だった。
思考がゆっくりと回り始める。
ああ……そうか。考えたくない。だが、どうしてもその結論に至るしかない。
私は泣きたくなる気持ちを無理矢理抑えて、自分を奮い立たせた。
真っ直ぐ神藤さんを見返す。
「申し訳ないですが、私は負けられません。何としてでも、あなたに勝ちます」
私の言葉に、神藤さんは何か考えるようなそぶりを見せた後、艶然とした笑みを浮かべた。
「期待している」
瞬きする間もなく、戦闘が始まった。




