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記憶製造装置内部



古びた白い建物の中を少女ケイは走っていた。

追っ手に捕まらないように、ある時は壁にぴたりとくっついて隠れ、またある時は柱にぴたりとくっついて隠れ、白い建物の中を逃げ回っていた。


追っ手は黒色の影のような形をしており、ズモモモモモモと壁を這いながらケイを追いかけ回す。彼らはケイを捕まえて、建物の中の部屋に閉じ込めようとするのだ。

彼らには意思もなく自我もない。ケイには彼らがなぜ自分を追いかけるのか分からなかったし、興味もない。彼らもなぜ自分たちがケイを追いかけるのか分からなかったし、興味もない。ただただ、逃げるケイをもう46億年もの間追いかけ回している。


今日も影たちから逃げながら建物の中を走っていた。

やがて行き止まりにたどり着いて、天井の扉をケイは開いた。天井の扉の先は真っ暗で、銀色のバケツと黄色のボールがあるだけだった。ケイは扉を閉じて、また走り出した。


いったいどうして走っているのか、自分はどこへ走っているのか、ケイはわからなかったしそれを考えようと思ったことは46億年の間一度もなかった。ただケイは走り続けて、影はそんなケイを追いかける。ひたすらにその作業ともいえる不毛な行為を繰り返していた。


そして、ケイが足を踏み外すと、コンクートの地面がまるで紙のようにびりびりと破れる音がして、ケイはその中に落ちた。びりびりに破れたはずの床は、もう天井で、はるかはるか上に見える。


ケイはこの時初めて、白い建物ではない場所にたどり着いた。ケイは途端に今までの事を不思議に思った。


あの白い建物はなんなのか。

あの黒い影はなんなのか。

彼らはなぜ私を追いかけていたのか。

私はなぜ彼らから逃げていたのか。


全てが不思議に思えた。


「どうして私はあそこにいたのかしら」


「それは記憶だから」


いつのまにか足元にはたくさんの積み木が転がっていた。

数えきれないほどの積み木はそれぞれが2つの眼球を持っており、ぎょろりと全ての積み木がケイを見る。

その積み木の中の1つから声は聞こえた。

彼らは口々にケイに話しかけた。


「彼女が追いかけられる記憶」


「彼女は何に追いかけられたのか覚えてない」


「だから追いかけてくるのは黒い影」


「彼女の記憶を再生してる」


ケイは積み木の言う事がよくわからなかった。


「彼女って誰なの?」


積み木は何も答えなかった。ケイの足元には何もなかった。

ケイの素足の先にはひんやりとしたコンクリートの道が、まっすぐに続いていた。


ケイはコンクリートの道を歩き進めた。

薄暗い道は長く長く続いていた。


ケイが10分ほど、あるいは10年ほど歩いたところで景色が僅かに変わった気がした。相変わらずコンクリートの道はまっすぐに続いているけれど、壁から肌色の足が生えていたのだ。肌色の足は左右どちらの壁からも生えている。何本も何本も。その間隔は一定ではなくまばら。目を凝らして上を見ると、天井からも足は何本も生えていた。


ケイは壁に生えている足のうちの1本を掴み、引っこ抜いた。足は掘り出されたサツマイモのように勢いよくポンッと抜けた。ケイはそのまま、たくさんの足を引っこ抜いた。右の壁。左の壁。天井。たくさんの肌色の足が抜け落ちた。


足を抜いた天井からは、わずかに光が溢れた。

ケイは足をジェシカのように積み上げて、天井の隙間から身体を這い上がらせた。


よいしょ、と這い上がった先は草原だった。

風が吹いていて、その風に合わせて草が揺れる。


そして大勢の羊たちがテーブルに座り、生きたままの狼をフォークで刺して食べていた。

羊たちの白い毛が、狼の生き血で染まる。


ケイは羊に話しかけた。


「こんにちは」


「こんにちは」


羊はむしゃむしゃと狼を食べながらケイを見た。

狼は苦しそうに蠢いていた。


「何をしてるの?」


「見てわからないかな?」


「狼を食べてるのよね」


「そうだよ」


羊は口周りを狼の血で赤く染めてにっこり笑った。

ケイは彼らの食事が終わってから話しかけようと決めて、少しだけ待つ事にした。けれども、羊たちは6666時間経ってもずっと狼を食べつづけている。


「ずっと食べて、お腹がいっぱいにならないの?」


「記憶だから、お腹がいっぱいにはならないよ。いくら食べても、全く食べてないんだ。」


「じゃあなんで食べているの?」


「忘れないためだよ。僕がやめたら彼女は狼を食べたことを忘れてしまうよ」


「忘れちゃだめなの?彼女って誰なの?」


羊は答えずに、フォークを使い狼の眼球にぶすりと突き刺して、長い舌を使いそれを丸呑みにした。

狼は目を失った痛みと死ねない苦しさで喉の奥から咆哮をあげていた。羊たちは優雅に狼を食べつづける。


ケイはフォークで地面をビリビリと破り、その下に降りた。

コンクリートの薄暗い道が長く長く続いている。


ケイはその先へと進んだ。


ケイは様々な世界を見た。


継ぎ接ぎだらけの化け物が徘徊する世界。


紙飛行機が溺死する世界。


ミミズが宇宙からやってきた世界。


ケイは意味がわからないことだらけでどんどん焦燥していった。ケイはただ帰りたいだけだった。どこかへ帰りたい。ここじゃない場所に逃げたい。でも、どこに行きたいのか、どこが帰る場所なのかはケイにはわからなかった。


やがてケイがコンクリートの道が行き止まりになった時。ケイの足元には、またたくさんの積み木がいた。彼らは何も言わずにケイを見つめている。

記憶の中にしか存在しない少女を。



End.



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