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どこまで


「聞いてくれよ、アール。今日通学中にミミズが居たんだ。」


教室に入るなり嫌そうな表情を隠しもせずジェイが言った。

ジェイは虫が苦手だ。

ジェイは東京生まれで虫を見かけた経験もほぼ無いに等しく、虫に対する耐性もない。

今時の温室育ちの少年であった。


「生きていたの?死んでいたの?」


アールと呼ばれた黒髪の綺麗な少女が、教室の椅子に座ったままジェイに淡々と問いかける。


「生きていたさ!暑いのにうねうね蠢いて気持ち悪い!死んでいたならまだマシなほうだろ?」


その様を思い出して気分が悪くなったのか、ため息をついてジェイはアールの隣の席に座る。

二人は隣同士の席だった。


「そうかしら…?生きていても死んでいてもミミズって私は好きじゃないから、どちらも気持ち悪いけど」


アールは頬杖をついて少し悩んだように告げる。


「考えてもみろよ、アール!死んでいたら干からびて微動だにしないんだよ。まだ嫌なもん見たな〜くらいの気持ちで終わるだろ?でも生きてる場合はミミズはうねうね動くんだよ!その1匹だけ!気持ち悪いじゃないか!」


ジェイはアールの方を向いて手を大仰に動かした。


「ええと…つまり生きてる状態より死んでる状態の方がいいってことかしら」


「まあそうなるな」


その結論に、アールは端正な顔で少し悩ましげな表情をしてから、おずおずとジェイに問いかけた。


「じゃあジェイ。通学中に道にいたのがミミズではなくて人間なら、生きているのとしんでいるの、どちらがいいの?」


「そりゃ生きてるほうだろ。通学中に死体なんか見たら誰だってびっくりするよ」


ジェイは悩まずに即答をする。


「たしかにそうね、生きてる人間が道の上で一人でうねうね蠢いているのもなかなか怖いけど、死んでるほうがもっとこわいわね」


「前者もそうとう気持ち悪いけどな」


「大丈夫よ、そんな人は滅多に居ないはずだわ」


アールは安心させるように軽く微笑んだ。

ジェイはその微笑みに僅かに見惚れてから、咳払いをして話を続けた。


「アールが言いたいのはミミズの場合と人間の場合の違いだろ?僕たちは人間なんだから、そりゃ同族が死んでるよりは生きてるほうがいいし、気持ち悪いミミズは生きてるより死んでるほうがマシなんだ。比べるのがおかしいさ」


「そうなのね…じゃあ私がある日いきなりミミズになったら、ジェイは気持ち悪いって思う…?」


「えっ…」


ジェイはしばし考えた。

ジェイはアールを好ましく思っていたし、出来るだけ嫌われる回答は避けたい。女子というのは時折論理的ではない不毛な質問をする生き物だというし、この場合は否定することが正しいとジェイは判断をした。


「そんなわけないだろ。アールがミミズになったら、僕が虫籠で飼うよ。」


ジェイの言葉にアールは嬉しそうな顔をする。

ジェイは自分の回答が正しかったことにそっと安堵した。


「じゃあ、元々が人間だったミミズは、死んでるより生きてるほうがいいってことね」


「そうだね」


「元々がミミズだった場合はどっちがいいの?」


「えっ、そりゃあ死んでるほうがいいだろ??」


ジェイは話が戻ったような気がして思わず驚く。

アールは言い方が悪かったわ、と苦笑いをして話を続けた。


「ええと…私が元々ミミズで、それで今は人間になったとして、私は生きてるのと死んでるのどっちがいいの?」


「アールは元々ミミズだったの?」


ジェイが不安げに問いかける。

アールは例えとして言ったつもりが、こうも真剣に受け取られてしまって狼狽する。

左手でぱたぱたと否定するように「ごめんね、不安にならないで」と言う。


「例えとして言っただけで、私は元々人間なんだけど…そう、元々はミミズな人が途中で人間になった場合は、生きてるのと死んでるのどっちがいいの?」


「今が人間なら生きてるほうがいいよ」


ジェイは、自身の不安が見抜かれたことを年相応の少年として恥ずかしく感じ、ごまかすように強気に返した。

アールは納得したように頷いた。


「元々がミミズで今が人間な場合も、生きているほうがよくて、元々が人間で新しくミミズになった場合も、生きてるほうがいいのね」


「ああ」


「じゃあ半分ならどうなの?」


「半分???」


ジェイは半分とは何かがわからなかった。

アールは説明を始める。


「上半身が人間で、下半身がミミズなの」


ジェイはその説明を頭で思い描いて、気持ち悪いと感じた。下半身がミミズのように蠢いているのだ。


「そりゃあ化け物だし、死んでるほうが…」


答えかけて、ジェイは言葉をつまらせた。

もしアールがそうなったらどうしよう。

アールが事故で下半身を失い、それで生きるためには下半身にミミズを移植するしかなかったらどうしよう。


たしかにすごく気持ち悪い。

けれど、ジェイはアールを好ましく思っている。

そのアールに下半身がミミズになったくらいで死んだほうがいいなどと思いたくなかった。


「いや、生きてるほうがいい。どんな姿になったって、死んでるより生きてるほうがいいよ」


「そう。じゃあ逆は?上半身がミミズで、下半身が人間の足がついてるの」


アールは淡々と質問を続けた。

ジェイは考える。

上半身がミミズで、下半身が人間の足。

先ほどよりはるかに気持ちが悪い。

なんと言っても、コミュニケーションが取れないのだ。


上半身が人間ならまだ、言葉や表情で分かり合える。

手だって繋ぐことができるし、オセロやトランプにゲームもできる。

しかし、下半身が人間というのはどうだろうか。

上半身はただうねうねと気持ち悪く蠢くだけ。

強いて出来ることといえばかけっこくらいだ。


「ごめん…それは気持ち悪い」


「生きてるより、死んでるほうがいいのね」


「いや…」


ジェイは言い淀む。

もし、それがアールだったらどうしよう。

好ましく思っていた女子が、ある日いきなり交通事故で上半身を失うのだ。生きるためには上半身にミミズを移植するしかなくて。そんなの、当事者のアールが一番辛いはずだ。


「僕は…それでも、生きていて…ほしい。」


悩み抜いてジェイは結論を出した。

どんな姿であれ、どんな異形であれ、死んでいるより、生きているほうがずっといい。もうどんなことを聞かれてもそう答えよう、ジェイはそう決意した。外側だけが人間で生身はびっしりミミズが詰まってようが、ミミズの中にみちみちに人肉が詰まっていようが、もう答えは決まった。


「そう」


アールは淡々と返事をしただけだった。

授業が始まり、ジェイもこんなに馬鹿げたことを真剣に考えたことをだんだん恥ずかしくなった。


やがて、今日の授業が終わりアールは家に帰った。

アールは家から、母星を目掛けて通信を飛ばす。

人間の表皮を脱ぎ捨て、巨大なぬめぬめとした生き物が器用に機械を操作する。口のような場所から声を発した。


「こちらR0001。地球で我々に酷似した生命体ミミズを発見した。地球人は我々の姿に嫌悪感があるらしいが上半身や下半身どちらかでも人間に近付ければ受け入れられると推測。引き継ぎ、我々の数を少しづつ増やしていこう。」


やがて、空から来た宇宙船からは上半身に人間の身体を持つミミズや、下半身に人間の身体を持つミミズがー



End.



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