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可能性の未来


西暦44444444年。

最近日本では「推し」が流行っている。

各々が皆、自分の好きなものを推して、それを生きる活力にしている。「推し」がいれば意欲が湧き、意欲が湧けば経済の成長、やがては文化の成長に繋がる。

政府はこれを踏まえて、国民一人一人に「推し」を指定することを義務付けた。「推し」は途中で変更しても良く、手続きも市役所の推し変センターで簡単に済む。一方で「一生同じものを推し続けることこそ真の愛」だと主張する宗教団体一途教や、「同じものを自分以外の人が推すことを認めない」宗教団体同担拒否教なども存在するが、何事にも反対意見や賛成意見はほどよく存在する。おおむね政府のこの推し活義務化は国民に歓迎されていた。


その少女は、警察に連行され、連れて行かれた個室で取り調べを受けていた。少女の名前はアール。濡れ鴉のような黒髪に伏し目がちな黒檀の瞳が、白い肌とワンピースに映える美しい少女だ。中学生くらいの少女に、警察は険しい声で同じことを告げた。


「いい加減、推しを決めなさい」


「推せるものがないの…」


「ふざけるな!!!」


警察は机を激しく鞭で叩いた。

推しを推すのは国民の義務であり、アールはその義務を怠っている。何も推すものがないなんて、そんな国民は反政府思想の大罪人だ。


「だって、推せないんだもの…」


アールはみんながかっこいいという俳優も、みんなが彼氏にしたいというアイドルも、推せなかった。推したいと思えたことがないのだ。


警察は大きなため息をついてアールを睨んだ。


「決めなさい。なんでもいいんだ。かっこいい男の子と付き合いたいとは思わないのか?」


「ええ…そういうのはあまり楽しそうじゃなくて…」


「かっこいい男の子がかっこいい男の子と付き合うことを応援するとかでもいいんだぞ?」


「そういうのもあまり…」


警察は苛々しながら足踏みをした。


「なんなら女の子でもいいんだ。君は女の子が好きか?君を慕い君に都合が良い女の子だ。」


「そういうのはあまり…」


「なら動物でもいい!ほら、好きな生き物はいないのか?」


「ええ、そこまでではなくて…」


警察は鞭で机を叩いた。

とんだ反政府思想家だ。

警察はアールに手錠をかけて、刑務所へと送った。


刑務所は推しを作れない不適合者たちを更生する施設だ。一時的に仮の推しを定められ、それを推す活動をしながら社会への適応の練習をしていく。


アールが仮に推すように決められたのは、ジェイという男だった。アールはジェイを知らなかったし、ジェイに興味もなかったが、ジェイを推さなくてはならなかった。


刑務所の壁にジェイのポスターを貼り、机にジェイのアクスタを置き、ネットで常にジェイについて検索をして、ジェイのイラストや小説を書く毎日。

アールは何も知らないジェイのアクスタを見ながら、ジェイのイメージドリンクを飲んでジェイのイメージフードを食べた。


アールは看守によく叱られた。


ある日は。


「アール!貴様、くじ引きを引かないとはなんたることだ!!C賞にジェイのコースターがあるだろう!」


「看守さん、確かにそうだけど、C賞の確率は1パーセントだし、一回ガチャをするのに五百円もかかるから…」


「ええい!推しなら引くんだ!出るまで引くんだ!!」



またある日は。


「アール!貴様、ジェイの祭壇をふざけているのか!!なんでグッズがこんなに少ないんだ!缶バッジを集めろ!」


「看守さん、あのね、同じものがたくさんあっても意味ないの。一個づつならいいけれど、たくさんあったら部屋が狭くなってしまうから…」


「ええい!推しなら集めるんだ!部屋を埋め尽くせ!!」



そんな日々をアールは5年過ごした。


刑務所から出所したアールに政府から派遣された事務員がさっそく話しかける。


「これで推しを推すことの素晴らしさが分かりましたね!?ではアールさん、あなたは何を推しにしますか??」


「私は…」


アールは何も推したくはなかった。

けれど推さなければまた刑務所に戻らなくてはならない。


「推せるものがないの…」


それでも、アールには推せるものがないのだ。



End.

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― 新着の感想 ―
[一言] アールの気持ちが痛いほどわかります。 推せるものがない時は推しようがない。空虚なんですよね。そこに何かを無理やり住まわせようとしたって定着しないに決まっているのに、知らない男を推しにしなけれ…
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