09 魔王、検索される
ネヴィルは執務室の魔鏡の前で、お茶を啜りながら魔王の捜索を続けていた。
「『黒い子猫、金色の目』……百十件。意外と多いですね。……では『黒い子猫、金色の目、雄』……四十六件。一匹ずつ確認するにはまだ多いか」
茶の湯気でメガネが白く曇る。
ネヴィルは子猫になった魔王の姿を思い返した。何か……他の猫にはない決定的な特徴は……。
「——そうだ。あの猫、肉球がピンクでしたね。本来、黒猫の肉球は黒っぽいもの……」
メガネをキュッと拭き直し、再び鏡に向かって呟いた。
「『黒い子猫、金色の目、雄、ピンクの肉球』」
鏡面に、ぴったりと該当する『一匹の猫』がドアップで映し出された。
人間の少年の背負い袋から、黒子猫がひょっこり顔を出していた。
「魔王様……!?」
その時、執務室の扉が叩かれ、イゼルナが焦った声を上げた。
「あのっ……ネヴィル様! お客様です!」
「客……?」
勢いよく扉が押し開けられ、何かが飛び込んできた。
巨大なコウモリの羽を羽ばたかせ、ネヴィルの鼻先まで顔を寄せてくる妖艶な女魔族。
「ネヴィルちゃ〜ん。おひさしぶり〜〜!」
「これはこれは……四大魔族のメルシェラ様」
メルシェラはぷくっと頬を膨らませると、長椅子へ優雅に腰掛けた。
「なーにその堅苦しい挨拶は〜?」
「長らくお姿をお見かけしませんでしたので」
「だってぇ! アルデルヴィオン様が『お前の色気は胸焼けがする』とか言うんだもん! 酷くない!?」
ネヴィルは顔色ひとつ変えず、テーブルの上に皿をスッと差し出した。
「遠路はるばるお疲れでしょう。最中でもいかがです? こし餡、粒餡、白餡がございます」
「え〜! あたし餡子キライなのよね。なんか他のないの〜?」
「では『絞首刑の縄』はいかがでしょう」
ネヴィルは戸棚を開け、縄を輪っかにしたような形のドーナツがのった白い皿を取り出した。メルシェラは目を輝かせ、舌なめずりをした。
「あみあみ揚げドーナツ! 食べる食べる〜! ねぇイゼルナも隠れてないでこっち来なさいよ〜!」
扉の陰で小さくなっていたイゼルナが、ビクッと肩を跳ねさせた。
怯えながらメルシェラの隣へ座る。
「お、……お姉様。ご、ごぶ……“ごぶたさ”しております」
「いやねえ、相変わらず色気ゼロ。そんなんじゃ立派な魔族になれなくてよ。魔族なら、相手を惑わせて力を奪い取れるようにならなくちゃ」
「し……精進いたします」
イゼルナの小さな翼がしゅんと縮こまった。
メルシェラはふいと横を向いた。
「……と言っても、魔王様は人間など関わるなと仰るしねぇ」
テーブルに並べられたのは、縄状の揚げドーナツと温かいお茶。口をつけたイゼルナが目を丸くした。
「——これ、いつものお茶と違いますね……不思議な香りがします!」
「それは『カラスとドラゴンの爪茶』です。口の中がさっぱりしますよ」
「さすがネヴィルちゃん! 気が利く〜!」
ドーナツを口いっぱい頬張り、お茶を啜る三人。
ひと息ついたネヴィルは、すっと目を細めてメルシェラを見上げた。
「ところで、メルシェラ様。……ご用件は?」
メルシェラの赤い唇が、ゆっくりと歪んだ。
「いえね〜。魔王様のご機嫌はいかがかしら〜? と思って」
「魔王様はお疲れです。温泉へ行く計画を立てております」
「え〜? ラグヴェルじゃあるまいし。……で、本当はどうなの? もっと『面白いこと』になってるんじゃないの〜?」
メルシェラはドーナツの油がついた指をペロリと舐めた。
「——噂では『魔王様は魔界に不在』だそうじゃない。これって、緊急事態じゃないかしらぁ?」
「……フッ。やはりあなたがたを騙し切るのは無理があるようですね」
メルシェラはニヤリと微笑むと、細い指をネヴィルの鼻先に突きつけた。
「四大魔族の一人として要求するわ。——『魔族会議』の開催をね」
お茶を飲み干すと、メルシェラはバッと立ち上がり扉へ向かった。
「じゃ、よろしく頼むわね、ネヴィルちゃん。イゼルナ、またね」
バタンと扉が閉まる。ポカンと口を開けていたイゼルナが呟いた。
「ネヴィル様〜、魔族会議ってなんですかぁ?」
「魔界に緊急事態が発生した際、四大魔族の召集によって開かれる最高幹部会議です」
「へぇ〜、そんなのあるんですね」
「三百年ほど開かれていませんから、イゼルナが知らなくても無理はありません」
魔鏡に映る黒子猫へ視線を戻したネヴィルは、すっくと立ち上がった。
「ちょっと出かけてきます」
「えっ!?」
驚くイゼルナを置き去りにし、窓枠に足をかけると、魔界の空へ飛び立っていった。
◇
村を出たトリスは、町へ続く一本道を歩いていた。
日が高くなり、道端の大きな木の陰で休憩することにする。子猫の魔王は背負い袋から飛び出すと、トリスの隣にちょこんと座り込んだ。
トリスは背負い袋からパンとヤギのチーズを取り出すと、子猫を見つめながらぽつりと呟いた。
「ごめんね猫ちゃん……無理やり連れてきちゃって。でも、ヤギもいなくなって、あのまま村にいたら本当に食べるものがなくなっちゃうんだ。このチーズだって……」
ヤギの乳から作るチーズは、叔父一家にとって数少ない貴重な収入源だった。
(なんだ……口減らしのために自ら身を引いたのか。金ならばいくらでも埋めてあるというのに! このお人好しのバカめ! まあ、よい。魔界へ戻るなら村から出る方が都合よい)
トリスはチーズを一欠片ちぎると、手の平に乗せて子猫の前に差し出した。
子猫はフンフンと匂いを嗅ぎ、パクリ。クチャクチャと味わう。
(……ほう! ヤギの乳はチーズになると甘みとコクが段違いだな! ヤギなど生贄の供物程度にしか思っておらんかったが……悪くない!)
トリスはパンとチーズをほんのひとかじりし、水筒の水で流し込んだ。子猫の魔王はパタパタと尻尾を揺らしながら、少年の質素すぎる食事を横目で見つめる。
(……とはいえ、この量では人間の腹など到底膨らまんぞ。チッ、町に着いたらまた埋蔵金でも掘り起こしにいくか)
休憩が終わりトリスが背負い袋を広げると、子猫は慣れた様子でみずから収まった。トリスがその頭を優しく撫でる。
「村を出たほうが、君の飼い主さんも探せるしね!」
背中に揺られながら、魔王は流れる景色を眺めた。
草原を彩る名も知らぬ花々、陽光を弾きながら流れる小川、道沿いに木陰を落とす緑の木々。
一見すると、三百年前と何も変わらない長閑な風景だった。
◇
夕刻。少年と一匹は、ようやく目的地の町外れへとたどり着いた。
……が。
背負い袋の中で、魔王アルデルヴィオンは目を見開いて硬直した。
(……な、なにぃぃぃーっ!? 余が金を埋めた場所が『大根畑』になっておる!!??)
さらにその隣には豪邸が建っていた。
(おのれ人間ども! 余の財宝を見つけおったな……! ——ま、まあよい。埋めた場所はあそこだけではない!)
気を取り直して、別の埋蔵金ポイントへ視線を向ける。
(……こっちは綺麗な『石畳の広場』になっておる……。あっちは『巨大な倉庫』だとぉぉ!?)
魔王アルデルヴィオンが三百年前に「持ち帰るのがダルいから」と適当に埋めた戦利品は、長い年月の中で人間たちによって掘り起こされ、町の発展に貢献していたのだった。
(くっ……! 人間どもめ!)
銅銭一枚も掘り出せないまま、トリスと子猫は町の宿へと向かうのだった。
次回、第10話 「魔王、発見される」 10月17日(土)11:00更新予定




