07 魔王、冤罪を晴らす
叔父はトリスの襟首を掴んで家に引きずり込むと、鼓膜を震わせるような声で怒鳴りつけた。
「これはいったいどういうことだ!」
叔父の手の中には、アルデルヴィオンが掘り起こしてきた金貨。トリスは顔を真っ青にする。
「そ、それは……この猫が持ってきて……」
「白々しい嘘をつくな! 猫が金貨なんか持ってこられるわけがないだろう!」
(なんだと、この愚か者が! 猫が金貨を持ってこられるわけがないだと? どこぞの国では、小判を抱えた猫が店で働いておるのだぞ!!)
叔父は拳をテーブルに叩きつけた。
「どこから盗んできた! 正直に言え!」
(チッ……下等な人間め、自分の矮小な常識でしか物事を測れんとは)
戸の隙間をスルスルとすり抜け、子猫の魔王は暮れなずむ外へと駆け出した。
(愚者には言葉ではなく、自らの目で証明してみせるのが一番手っ取り早い。……まあ、余は今、しゃべれんけど)
暗闇に紛れ、子猫の魔王は荒野を疾走した。目指すは三百年前に略奪品を埋めた妙な形の大岩の陰。
蒼い月が空に昇り、子猫は昨夜と同じ道をひた走る。ぜぇぜぇと息を切らしながら到着すると、小さな前足で必死に土を掘り起こす。出てきた金貨をガブッと咥え、後ろ足で土をファッファッと被せた。
その瞬間、背後に嫌な気配。振り向くと——昨夜のキツネが舌なめずりをして忍び寄っていた。
(また出たな、キツネめ! 余が元の姿に戻ったら絶対に襟巻きにしてやるからな!!)
金貨を咥えたまま、荒野を猛ダッシュ! 草むらを潜り抜け、倒木の下をスライディングで通過。それでもキツネは執拗に追ってくる。子猫は歯を食いしばり、必死で四肢を動かし続けた。
やがて村の犬が吠える声が聞こえると、キツネはチッと鳴いて引き返していった。
小さな脇腹を激しく上下させながら、魔王は玄関前に金貨をボトリと置いた。
「にゃあーっ!(見ろ、たわけども!)」
バッと戸が開き、険しい顔の叔父が出てくる。子猫は金貨を再び咥えると、どや顔で堂々と家の中へ足を踏み入れた。
(見たか愚民ども! これぞ魔王アルデルヴィオン様からの直々の施しである!)
「……ちょっとあんた。本当にこの猫、金貨咥えてきたよ……」
叔母が呆然と呟く。叔父は苦虫を噛み潰したような顔で、低い声を絞り出した。
「……トリスを呼んでこい。晩飯を食わせてやれ」
小屋から連れてこられたトリスは、涙目で子猫を抱き上げた。
「チビ……! 帰ってきてくれたんだね!」
(誰がチビだ! 余は魔王アルデルヴィオンだ!)
「にゃーっ!」
トリスは子猫に絡みついた草や枝を優しく取り除くと、ぎゅーっと小さな体を抱きしめた。
(く、苦しい……! 窒息するわ!)
「にゃっ!?」
◇
その夜、麦粥を少年と子猫で分け合うと、早々に家畜小屋の屋根裏へ戻された。
藁の中に潜り込むトリスの枕元で、子猫は丸くなる。
トリスがその背中を優しく撫でた。
「ごめんね、叔父さんのこと怖かったろ? でもね、本当は曲がったことが嫌いなだけで、根はいい人なんだ」
子猫は「フンッ」と鼻を鳴らした。
「今は魔族が畑を荒らすから食べ物がとれなくて……すごく大変なんだ」
少年は小さく寝返りを打ち、目を瞑った。
「でも叔父さんたち、お父さんもお母さんもいなくなった僕を引き取って育ててくれてるんだよ。自分たちの生活だってギリギリなのにさ」
パタパタと揺れていた子猫の尻尾が、ピタリと止まる。
「だから……ありがとうね。あの金貨があれば、叔父さんたちもきっと助かるよ」
トリスは静かな寝息を立て始めた。
魔王はそっと寝床を抜け出し、屋根を伝って叔父たちの母屋へと忍び込んだ。梁の上から部屋を見下ろす。
そこではテーブルを挟んで叔父と叔母が向き合っていた。
テーブルの上には、湯気の立つ薄い粥がたったの一皿。
「あんたが食べなよ。体が持たないよ」
「お前こそ食え。もう何日もろくに食べてないだろ」
押し付け合った末、二人は半分ずつ分け合って食べていた。
「……あの金貨、どうするんだい? 何か食べ物に変えてもらおうか」
「この貧乏村で俺たちが金貨なんか使ったら怪しまれる。明日、町へ行って食い物に変えてくる。トリスにも……もう少しマシなもん食わせてやりたいからな」
梁の上で、黒子猫の耳がピクリと揺れた。
しばらく二人を見下ろしていた魔王は、何も言わずに踵を返した。
(……魔族が畑を荒らしておるだと? いったい誰がそんな真似を……)
小屋に戻り、藁の上でうとうとしていると——遠くから漂う、不穏で禍々しい気配。
(チッ……下級魔族の臭いだな。いったいどこの眷属か……)
子猫は寝ているトリスの額に強烈な猫パンチを叩き込んだ!
パシッ!!
「痛っ!? どうしたの……?」
寝ぼけ眼のトリスが抱き寄せようとしたが、子猫はそれをすり抜け、はしごをするするするっと驚異的なスピードで降りて飛び出した。
「あ、待って! 夜の外は危ないよ!」
トリスが慌てて靴を履いて追ってくるのを確認し、子猫は村外れの丘へと駆け登る。
息を切らせて追いついたトリスが村を見下ろした瞬間——闇の中に、無数のギラギラとした赤い目が浮かび上がっていた。
風が吹き抜け、雲が晴れると、蒼い月光が世界を照らし出す。
そこに浮かび上がったのは——音もなく村へ忍び寄る、下級魔族の一団であった。
次回、第08話 「魔王、旅に出る」10月13日(火)19:15更新予定




