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05 魔王、少年に助けられる

 子猫の魔王が目を覚ますと、そこは擦り切れた布地の帽子の中だった。

 むくりと顔を上げた瞬間、目の前いっぱいにヤギの顔。

 

「メエ〜」

 

 ガブリ。ヤギが帽子をむしゃむしゃと食べ始める。

 

 (ヤ、ヤギ……!?)と思う間もなく、子猫の体は草の上にコロリと転がり落ちた。

 

「こらシロ! めっ!」

 

 走ってきた少年がヤギの口から帽子を奪い返すと、草地に投げ出された子猫を優しく両手で拾い上げた。

 

「チビ、大丈夫かい?」 

(ち……チビだと!? この魔界を総べる魔王アルデルヴィオンをチビとは何事だ!)

「にゃ、にゃー!(無礼者!)」


「あれ、気に入らなかった? じゃあ……クロ?」

「にゃっ!(安易! 違う!)」


「えーっと……じゃあ……ポチ?」

「にゃあーーっ!(それ犬の名前だろーが!)」

 

 少年は苦笑いしながら子猫を草地に下ろし、帽子を被り直した。

 

「ごめんごめん、いいのが思いつかないや。名前を当てるのは、また今度でいい?」

「にゃ!(寛大な処置を認めよう!)」

 

 子猫の魔王は偉そうに少年を見上げた。粗末な服を着たヤギ飼いの少年のようだ。

 

(ふん、どうせ学もなかろう。余の偉大な名など聞き取れもすまい)

 

 少年は膝をつくと、子猫の頭を優しく撫でた。

 

「僕はトリス。お腹空いてない? ヤギのお乳をしぼってあげるよ」

 

 トリスは岩場に置いた鞄から木彫りの椀を取り出すと、シロの横に腰を下ろし、慣れた手つきで乳を絞り始めた。

 シャー、シャーと心地よい音が響き、あっという間に白い乳が溜まっていく。トリスはその椀を子猫の前にそっと置いた。

 子猫の魔王はフンと鼻を鳴らす。

 

(ふっ……ヤギの乳だと? 日頃、最高級の魔界美食を嗜むこの余が、そのような下賤な——)

 

 舌先をちょこんと出し、ペロリと一口。

 

(……!! う、うまい……! ヤギ独特のクセはあるが、それが逆に滋味深い……!)

 

 次の瞬間には「ペロペロペロペロ!!」と凄まじい勢いで椀を舐め回していた。

 あっという間に飲み干し、小さな腹がポンポンに膨らむと、喉の奥から「ゲフッ」と可愛らしい音が漏れた。

 

「あはは、お腹空いてたんだね」

 

 トリスの無邪気な笑顔を見ていると、再び猛烈な睡魔が襲ってきた。

 なにせ昨夜からずっと、大鳥の爪にぶら下げられたまま空を運ばれていたのだ。背中を優しく撫でられながら、魔王はあっけなく丸くなって爆睡したのだった。

 

 ◇

 

「メエ〜〜」という賑やかな鳴き声で目を覚ますと、すっかり日が傾いていた。

 

「あ、起きた? 猫ちゃん、僕はもう家に帰るけど、君の家はどこ?」

「にゃあ……(魔界)」

「この辺りは夜になると危ないっていうし……。飼い主さんはどこにいるの?」

 

(魔界の王たる余に飼い主などおらぬわ!)

「にゃあ!(抗議!)」

 

 トリスは子猫を抱き上げると、青い首輪を指でなぞった。

 

「首輪に何か文字が書いてあるみたいだけど……ごめんね、僕、字が読めないんだ」


(フッ、仮に読めたところで高度な魔族の文字など人間に読めるはずもなかろう)


「僕と一緒に村へ来る? 村で字が読める人に見てもらえば、飼い主がわかるかもしれないしね!」

 

 子猫の魔王は夕暮れの空を見上げた。

 

(夜になれば凶暴な野生動物が出没する……今の余はカラス一匹にも勝てぬ子猫の身。ここは素直に人間の村に潜伏するのが賢明か)

「にゃあ〜〜ん」

 

 魔王はプライドをかなぐり捨て、最高級に媚びた甘え声を響かせた。


 ◇

 

 一方その頃、魔王城。

 

「ネヴィル〜、頼んでおいたお菓子できた〜?」

 

 執務室に現れたのは、可愛らしい少年の姿をした四大魔族の一人——ノイル。

 ネヴィルはいつも通りの端正なお辞儀で出迎える。

 

「これはノイル様。魔界の宿屋はご盛況のようで」

 

 その瞬間、ノイルのキュートな笑顔がギギギと冷酷に歪んだ。

 

「おかげさまでねぇ。勇者共がひっきりなしに来るから大儲けだよ。『魔女の目玉パン』が大好評でさ」


「パンの真ん中に卵を入れて焼いた逸品ですね。何よりです」

 

 ネヴィルは皿にのせた『棺桶最中』を差し出した。

 

「本日はこちらの試作品をどうぞ。粒餡とこし餡です」


「え〜、白餡はないの? 僕、白餡派なんだけど」

「次回ご用意いたします」

 

 ノイルは最中を一口で頬張り——直後、「ガハッ!?」と激しくむせ返った。

 

「皮がっ……上顎にっ……張り付く……!」

 

 涙目になりながら無理やり飲み込むと、ノイルはニヤリと凶悪に口元を歪めた。

 

「いいねぇ、これ! うまくいけば喉を詰まらせて、勇者どもをあの世行きにできる! うちの土産にピッタリだ!」


「お気に召して光栄です。……ところでノイル様、本日のお越しはそれだけでしょうか?」

 

 ノイルは一瞬で無垢な少年の顔に戻った。

 

「ううん。なんか城から魔王様の気配が消えたような気がしたからさ。何かあったのかな〜って」

 

 ネヴィルの目がすっと細くなる。

 

(……やはり四大魔族を誤魔化し続けるのは無理があるか)

「……私どもは何も伺っておりません。おそらく気まぐれに散歩へ出かけられたのでしょう」


「散歩ぉ? あの引きこもりのアルデルヴィオン様が?」


「勇者のお相手でお疲れでしたから。お留守の間、勇者どもはノイル様の宿でお引き留め願えますか?」


「いいねぇ! 延泊料金でガッポリ稼がせてもらうよ!」

 

 ノイルがご機嫌で去っていくと、ネヴィルは部屋に戻り、棚から白豆を取り出して水で洗い始めた。

 

(しかし魔王様がなぜ猫などに……。ご自分で変化(へんげ)されたようには見えなかったが、アルデルヴィオン様ほどの魔力を持ったお方を猫にするなど、魔王様と同等以上の魔力がなければ——)

 

 と考え込んだその時。

 

「ネヴィル様〜! 掃除してたら廊下の隅でこんなのを見つけましたよ〜!」

 

 飛び込んできたイゼルナの手には、赤い首輪。

 ネヴィルはそれを受け取り、眼鏡の奥の目を細めた。

 

「……この魔法陣は……! そうか、魔王様ご自身の言葉が、その強大な魔力によって術になったのですね……! イゼルナ、お手柄です!」


「えへへ! 本当ですかぁ〜!?」

 

 イゼルナは羽をパタパタさせて喜んだ。

 だが、ネヴィルの脳裏にはすぐさま次の疑問が浮かび上がっていた。

 

(——では、どうすれば魔王様の術を解くことができる?)

次回、第06話 「魔王、村へ行く」 10月8日(木)19:15更新予定

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― 新着の感想 ―
魔王様がとにかく可愛すぎて大好きです。 コメディでほのぼのした感じがすごく好きで、既にアニメ化されているんじゃないかと思うくらい面白いです! 続きが待ち遠しいです!
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