14 魔王、宝珠を転がす
子猫はそのまま砂地を進み、何事もなく台座の足元へ辿り着いた。ひょいと跳び乗り、自身の頭ほどもある七色の宝珠に前足を載せる。
(見たか。余は魔王アルデルヴィオンであるぞ。セルヴェディオの罠ごとき、小石を跨ぐに等しいわ!)
その瞬間、足下の宝珠がぐらりと動き、下の砂地へぽとりと落ちた。
(むっ……おさまりの悪い珠よ)
砂地へ跳び降り、鼻先で突っついてみる。転がるのはほんのわずか。子猫は顔を上げ、遠くで見守るフェルクたちを眺めた。
(遠いのう。この砂の上をそこまで押していけと言うのか。セルヴェディオも気の利かん奴だ。余が咥えられぬ大きさにしおってからに)
子猫は再び鼻先で押す。動くのは指先ほど。
(……埒が明かん!)
魔王は横へ回り込むと、宝珠に渾身の猫パンチを叩き込んだ!
(宝珠め、これでも喰らえ!)
砂地の上をコロコロと勢いよく転がる宝珠。子猫は猛ダッシュで追いかけ、さらに追撃のパンチを喰らわせた。
(これでもか! これでもか! これでもか!!)
ドタバタと宝珠を追い回す黒子猫。
ようやくフェルクたちの元へ戻ってくると、最後にとっておきの必殺猫パンチを叩き込んだ!
(見たか! これぞ魔王の偉業である!)
「にゃ、にゃーっ!(ドヤ顔)」
宝珠はゴロゴロと気持ちよく転がり、唖然とするフェルクたちの足元をすり抜け——壁の割れ目へスポンと吸い込まれた。
フェルクが慌てて手を突っ込もうとするも、穴に腕が入らない。
「何やってんだこのバカ猫ぉぉっ!? 壁の穴に入っちゃっただろ!」
(バカ猫とはなんだ! ここまで運んでやったのだ、あとは自分で何とかせい!)
「にゃ、にゃーっ!」
ギャーギャーと争う一人と一匹をよそに、トリスは膝をついて穴を覗き込んだ。
「僕が取ってみます」
地面に腹ばいになり、細い腕を奥まで差し入れる。指先に丸いものが当たった。
「あ、届きました」
トリスが起き上がると、その手には七色に輝く宝珠。
トリスはその宝珠をフェルクへ手渡した。
直後、ゴゴゴ……と地響きが鳴り渡る。
天井からパラパラと小石が降り注ぎ始めた。
「まずい、脱出するぞ!」
トリスは素早く子猫を背負い袋に回収すると、走り出したフェルクの後を必死で追った。
「早くしろ! ついて来い!」
フェルクはトリスの手を強く引き、崩れゆく通路を駆け抜ける。壁が割れ、天井が落ち、地下水が噴き出した。光を目指して無我夢中で飛び出した瞬間、背後でダンジョンが音を立てて崩落した。
土煙の中、二人はその場にへたり込み、子猫は背負い袋の中から涼しい顔で息を吐いた。
(フン。宝珠を取れば崩れる仕掛けか。どこまでも意地の悪い奴め)
◇
森を抜けると、フェルクは太陽の光に宝珠をかざした。七色の光彩が眩しく弾ける。
「フェルクさん、それ……何に使うんですか?」
「ちょっとな。……そうだ、俺の村へ来いよ。お前たちに礼をさせてくれ」
日が落ちる頃、一行はフェルクの村へ到着した。
家々の煙突から温かな夕餉の煙が立ち上り、家畜の鳴き声が聞こえてくる。フェルクは大きく息を吸い込み、村の奥を見つめた。村外れにある小屋に入ると、フェルクはテーブルの蝋燭に火を灯した。
「ちょっと待ってろ」
一度外へ出たフェルクは、やがて温かいスープとパン、ヤギのミルクを手に戻ってきた。
「隣の家からもらってきた。ほら、食え」
お腹を空かせていたトリスと子猫は、一心不乱に食事を口へ運ぶ。その様子を見届けたフェルクは、ふっと立ち上がると戸を開けた。
「俺はちょいと用事を済ませてくる。寝たけりゃ好きにベッドを使え」
宝珠を手に、彼は夜の闇の中へ消えていった。
トリスは子猫を膝に抱き、静かにその帰りを待った。
◇
夜の村を、フェルクは一人奔っていた。
辿り着いたのは、村で一番大きな屋敷——村長の家。
裏庭の木を伝い、暗い二階の窓から部屋へ潜り込む。
小さく灯した蝋燭の光の先、ベッドには一人の少女が横たわっていた。
「エリス……エリス」
少女はハッと起き上がろうとしたが、途端に激しい咳に襲われる。
「大丈夫か、エリス!」
痩せこけた頬、深く落ちくぼんだ目。
「フェルク……来てくれたの……?」
「ああ。見ろよ、とうとう手に入れたぞ。『生命の宝珠』だ」
エリスは再び激しく咳き込み、その口元に小さな血の斑点が広がった。
「私……もう……だめだと思う……」
「馬鹿なこと言うな! いいからこれを持て!」
痩せこけた手に、七色の宝珠が強引に渡された。
エリスは闇の中で煌めく丸い珠をぼんやりと眺めた。部屋の壁には二人の影が揺らいでいた。
次の瞬間、宝珠が眩い光を放った。
「くっ……!」
フェルクは咄嗟に腕をかざし、眩い光から目を庇った。
七色の光は少女の華奢な体を優しく包み込む。宝珠はエリスの手を離れ、彼女の胸に吸い込まれるように消えていった。
エリスがゆっくりと顔を上げる。頬にはぽっと朱が差し、瞳には生き生きとした輝きが宿っていた。
「フェルク……息が、すごく楽……それに、身体が軽い……!」
エリスは身体を起こし、フェルクの胸にそっと身を寄せた。
その時——バンと乱暴に扉が開け放たれた。
「誰だ! そこで何をしている!」
抱き合ったままの二人は、石のように凍りついた。
次回、第15話 「魔王、起こされる」 10月29日(木)19:15更新予定




