13 魔王、ダンジョンへ行く
宿の屋根裏。
藁の寝床の上で、トリスとフェルクは横になっていた。枕元に置かれた木箱の上では、ランタンの灯りが揺れていた。
「トレジャーハンターって、何をするんですか?」
「世界中のお宝を見つけるんだよ」
「へえ……そんなお仕事があるんですね」
「お前こそ、王都へ何しに行くんだ?」
「この子の飼い主さんを探したくて。首輪になにか書いてあるんですけど、僕、字が読めなくて……」
「どれ」
フェルクが軽い気持ちで子猫の首輪に指をかけ、金具を外そうとした。その瞬間——ビリビリッと強烈な衝撃が彼の腕を駆け抜けた!
「ぎゃあっ!? なんだなんだ!?」
「どうしました?」
「首輪を外そうとしたらビリビリきやがった!」
フェルクは慌てて手を離し、痺れた手をブンブンと振った。枕元のランタンを引き寄せると、灯りに浮き出る首輪の刻印を見つめ、その表情を硬くする。
「……これ、人間の文字じゃないな」
「えっ? フェルクさん、わかるんですか?」
「読めるわけじゃない。だが、ダンジョンでこういう文字は何度も見てきた。噂じゃ……魔族の文字だって話だ」
「魔族……?」
トリスの喉がゴクリと鳴る。
フェルクはランタンの中の蝋燭を吹き消し、枕元に置いた。煙のツンとした匂いが鼻先を掠めた。
「……坊主、気をつけろよ。こいつはただの飼い猫じゃなさそうだ」
それだけ言うと、フェルクはごろりと寝返りを打った。ほどなくして、大きなイビキが聞こえ始める。トリスは星明かりの下、静かに寝息を立てる子猫をじっと見つめていたが、やがて睡魔に抗えず瞼を閉じた。
二人が深い眠りに落ちた頃、子猫の耳がピクリと跳ねた。
——カリカリ。
(また出たな、ネズミめ)
◇
翌朝、二人は宿を出た。
フェルクは両腕を伸ばし、大きなあくびを噛み殺す。
トリスの背負い袋からは、子猫がちょこんと顔を出していた。
「くそ……そのチビ助、夜中に大騒ぎしやがって……」
「この子はネズミ捕りがすごく上手なんです! 宿のご主人にも褒められたんですよ」
(ふん、昨夜の奴はかなりの手練れであったからな)
「にゃあ(ドヤ顔)」
やがて、街道の分かれ道へ辿り着いた。
「俺はこっちへ行く。王都はそっちだ。……じゃあな坊主、元気で」
「フェルクさんもお元気で!」
去っていくトリスの後ろ姿。背負い袋から覗く黒子猫と、ふと目が合った。
——魔族の文字の首輪。そして、墓地から掘り出された金貨。
フェルクはぎゅっと掌を握りしめると、弾かれたように駆け出し、トリスに追いついた。
「なあ坊主! ちょいと俺に付き合ってくれないか!?」
◇
案内されたのは、深い森の奥に口を開ける気味の悪い洞窟の前だった。
「ここは……ダンジョン、ですか?」
「そうだ。もとはただの洞窟だったんだが、魔族が仕掛けを施していてな。一番奥に『お宝』がある」
「どんなお宝なんですか?」
「『生命の宝珠』。どんな病や怪我も治しちまうっていう噂の秘宝だ」
フェルクが入口を覆っていた枝を払い退けると、洞窟の奥から生温い風が吹き出してきた。トリスは恐る恐る中を覗き込む。
「……それって本当なんですか? そんな都合のいいものが世の中にあっていいんでしょうか」
「夢のないこと言うなよ。ありゃ多分本物だ。そう信じて危険を承知で挑む奴が後を絶たない。命を落とす奴も山ほどいる。人間の欲望を煽る、実に魔族らしい罠さ」
「……で、なんで僕がここに?」
「一緒に潜ってほしい」
トリスは跳び上がらんばかりに驚いた。
「えぇっ!? な、なんでですか! 僕、そんな危ないところ……!」
「いや、途中の罠はもう全部わかってるんだ。はぐれなきゃ危険はねえ。ただ……最奥の仕掛けだけがどうしても解けなくてな。もしかしたら、その猫が『答え』を知ってるんじゃないかと思ってさ」
トリスは背中の子猫を振り返った。
「この子が……ですか?」
「行ってみりゃわかる」
フェルクは懐から冒険者用の蝋燭を取り出すと、ポッと火を灯し、暗がりの中へ足を踏み入れた。
◇
フェルクの灯りを頼りに、薄暗い洞窟を進む。
背負い袋から顔を出した子猫は、興味深そうに周囲の壁面を見渡していた。
(……ほう。ここは確か、セルヴェディオが作ったダンジョンだな。あやつ、よくも余をこのような愛らしい猫の姿にしてくれたものだ。元の姿に戻ったら真っ先に灰にしてくれる)
フェルクは慣れた足取りで罠を攻略していく。壁から跳び出す槍を回避し、落とし穴を跳び越え、迷路のような分かれ道を躊躇なく進む。
(ふむ、こやつ……相当このダンジョンに通い詰めておるな)
やがて、二人と一匹は最奥の広間へと辿り着いた。
地下深くであるにもかかわらず、天井の亀裂から神々しい光が降り注いでいる。部屋の中央、古びた台座の上には、七色に輝く美しい宝珠が鎮座していた。
「うわぁ……キレイ……」
思わずトリスは感嘆の声を漏らした。
「……でもフェルクさん、ここにはどんな恐ろしい罠があるんですか?」
「それが、わからねえんだ。絶対にあるはずなんだが、ここだけは何もわからない」
トリスが足元に目をやると、地面の砂から幾つもの白い髑髏が顔を覗かせていた。
「うわっ!? ほ、骨……!?」
「仕掛けは見当たらない。だが骨はある。石を投げてみても何も起きねえ。……坊主、あそこを見ろ」
フェルクが指差したのは、台座の表面。
そこには、子猫の首輪に刻まれたものとよく似た文字が並んでいた。
「冒険者たちの間じゃ、『恐れるな』と書かれているって噂だが……」
子猫はフンと鼻を鳴らした。
(クックック……実にセルヴェディオらしい嫌らしい罠だ。『恐怖』を抱いたまま台座に近づけば生命を落とす仕掛け。ここまで辿り着いた人間が、目の前の髑髏を見て恐れを抱かぬはずもないであろうに)
フェルクが子猫の前に顔を寄せた。
「なあ……お前ならどうする?」
子猫はトリスの背負い袋から跳び降りると、まっすぐ台座に向かって歩み出た。
(笑止。余は魔界の王アルデルヴィオンであるぞ。この世に恐れるものなど、何一つとして存在せんわ!)
耳と尻尾をピンと立て、黒子猫の魔王は優雅に、堂々と歩を進めた。
次回、第14話 「魔王、宝珠を転がす」 10月27日(火)19:15更新予定




