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12 魔王、迷子になる

 子猫の魔王は、ご機嫌な足取りで歩くフェルクの後を静かに追った。時折、足元を横切る黒猫に驚いた街の人が声を上げたが、魔王は意にも介さず男の影に忍び寄る。


 やがて男が一軒の屋台の前で足を止めた瞬間、魔王はすかさず男の脛へ飛びかかった!


「うわっ!? なんだなんだ……驚かせるなよ、猫か!」


 フェルクは子猫の首根っこをつまみ上げると、石畳の上へ無造作に放り出した。

 すると次の瞬間——子猫は男の身体を駆け上がり、顔面へ向かって飛びついた。頭に爪を立て、小さな身体を目いっぱい広げて顔面を覆い隠す。


「ぶはっ!? なんだよお前っ!」


(余の目の前でくだらぬ悪事を働きおって! おかげでヤギの乳が不味くなったわ!)


 顔から強引にはがし取られ、ぶらぶらと揺らされる子猫。フェルクはげっそりとした顔で溜息をついた。


「うるさいやつだな。食い逃げしたのを怒ってんのか? あれは教育だよ、教育。世の中の厳しさを教えてやったんだ」


(教育ならば余がやっておる! 勝手に余計なカリキュラムを増やすでない!)

「にゃ、にゃーっ!(お仕置きだ!)」


 男は暴れる子猫を地面に降ろした。


「なんか偉そうにギャーギャー言ってるけどさ。お前、こんな所までついてきて帰り道わかるのか?」


(……なに?)

「にゃ?」


 魔王はふと首を巡らせる。

 見渡す限り、見知らぬ街並み。

 人混みの波に埋もれ、地べたから見上げても宿屋の看板など欠片も見えなかった。


「……ま、いくら怒っても金はないぜ。じゃあな」


 踵を返そうとする男の足へ、子猫はさらに飛びかかった!


(空を優雅に飛ぶ余に、地べたの道など覚える必要がどこにある! 金を払え! 宿へ戻せ!)

「にゃあ、にゃあ、にゃあーーーっ!」


 つまみ上げられた子猫へ、フェルクは大声を張り上げた。


「いい加減にしろ! このちび猫が!」


 その瞬間、通行人たちの視線が一斉にフェルクへ突き刺さった。


「い、いや……これは……」


 焦る男の腕の中で、子猫はこれ見よがしに哀れな悲鳴を絞り出した。


「にゃお〜……にゃお〜……(ウルウル)」


 すぐさま職人風の男が拳を鳴らしながら迫る。


「おい貴様……そんな小さな子猫に何をしている?」


「可哀想に、早く離しておやりよ!」


 道行く女たちが冷ややかな視線を浴びせる。その間も、子猫は潤んだ目で哀れっぽく鳴き続けた。


(思い知ったか、余の迫真の演技を!)


「いや、違うんだって! な、チビ助!」


 焦ったフェルクは子猫の頭を撫でながら、急いでその場を逃げ出した。


◇


 人気のない薄暗い墓地の入口で、フェルクはようやく足を止めた。

 子猫が腕からパッと飛び降りると、フェルクは拳を振り上げた。


「……この野郎! お前のせいで……っ!」


 だが、フェルクはハッと正気に戻り、だらりと腕の力を抜いた。


「……いや、お前のせいじゃないな。俺が食い逃げなんてしょうもないことしたからだ」


 墓地の傍らに立つ大木の根元に腰を下ろし、深く息を吐き出した。


「……悪かったよ。でも本当に金がないんだ」


 フェルクは頭を掻き、大木の幹にもたれかかった。


「俺、トレジャーハンターなんだよ。目当てのお宝があるんだけど、どうにもうまくいかなくてさ。——って、こんなこと、猫に言ってもしょうがないか」


 子猫は静かに耳を傾けていたが、やがて短く「にゃあ」と鳴くと、静まり返った墓地の中へ歩み出た。


「おいおいどこ行くんだ、そっちは墓だぞ?」


 魔王は足を止め、振り返って尻尾をゆらりと振った。


(……フン。さすがにここは三百年前からさほど変わらんか)


 フェルクは墓に供えられた蝋燭を一本拝借し、火を灯すと足元を照らしながら子猫の後を追った。

 子猫の魔王は迷いのない足取りで墓地の奥へ進むと、蔦の絡まる一本の巨木の根元へたどり着いた。

 フェルクは星空を遮る木を見上げた。


「なんか気味の悪い木だな……」


 子猫は地面の匂いをフンフンと嗅ぎ、前足でトンと一点を示した。そしてカリカリと土を掻いてみせる。


「そこを掘れってか?」


 フェルクは短剣を引き抜き、半信半疑で掘り進める。しばらくすると——ガチリと固い手応えがあった。


「……金貨!?」


 蝋燭の灯りの下、土の中から転がり出た三枚の金貨。フェルクは目を丸くして手元を見つめた。


「な、なんで金貨が……!? 『ここ掘れにゃんにゃん』ってか!?」


(それは『わんわん』だ無知め。それは宿までの運び賃だ。ありがたく受け取れ)


 子猫は素知らぬ顔で肉球を舐めた。フェルクはその姿をじっと見つめた。

 そして金貨についた土を払い、ポケットに押し込むと、フェルクは子猫をひょいと肩に乗せた。


「さてと、迷子の子猫ちゃん。宿へ帰るか」


◇


 宿へ戻ると、トリスが厨房の隅で必死に皿を洗っていた。

 子猫はフェルクの肩から飛び降りるとトリスの足元へ歩み寄った。


「どこ行ってたの!? 心配したんだよ……!」


 トリスは子猫を抱き上げ、ぎゅっと胸に抱き締めた。

 フェルクは不審げな顔つきの宿の主人へ歩み寄ると、ポケットから金貨を一枚叩きつけた。


「おい、何で子供に皿洗いなんてさせてんだ。ほら、金だ。……釣りはその子にやってくれ」


 呆気にとられる主人を背に、フェルクはサッと踵を返した。


「じゃあな坊主。悪い大人には気をつけろよ」


 立ち去ろうとする背中を、トリスは慌てて追いかけた。


「ま、待ってください!」


「なんだよ」


「あの……ありがとうございます、僕の分まで。それから、ごめんなさい。僕、食い逃げだとばかり思ってしまって……」


 フェルクはパチクリと目を瞬かせた。


「……別にいいよ」


「あの、フェルクさんはどこに泊まってるんですか? お礼がしたくて」


「宿なんかねえよ。その辺で野宿だ」


「じゃあ、一緒に泊まりませんか? 屋根裏部屋ですけど!」


 フェルクはトリスの足元で顔を洗う子猫をじっと見つめた。

次回、第13話 「魔王、ダンジョンへ行く」 10月24日(土)11:00更新予定

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