気まぐれの再臨
「ま、待ってください! 勇者さ……」
勇敢な村人が声をあげるも、すべてを言い切ることは出来なかった。
その前に、ヴィルヘルムの平手がユーシカの横っ面を叩き、ふっ飛ばしていた。
「知らなかったか。勇者が死ねば魔王を殺せるものがいなくなる。だから人族にとって最重要人物が俺で、お前ら全員は俺のために生かされてるだけなんだよ。わかるか?」
ヴィルヘルムは家屋の壁に激突して呻くユーシカに近づき、その腹を蹴った。
「うげぇっ……!?」
「俺は何をしてもいいんだ。お前の姉貴を犯しても、その恋人を殺しても。俺は許される。だが、お前は許されない」
ヴィルヘルムはユーシカに馬乗りとなり、顔を殴打する。
膝で手足を押さえているから、ユーシカは申し訳程度の防御すらできない。
さらに最悪なのは、ヴィルヘルムはいたぶることを前提にしていることだ。
その力は弱く、ユーシカを絶対に殺さないように調整されている。
「なぜか。お前が勇者ではないからだ」
「げぶっ、ぐっ、が、か……」
ユーシカの顔が殴られ、どす黒く染まっていく。
いっそ、さっさと殺されたほうがマシだといういたぶり方だった。
「ゆ、勇者様! ど、どうか! どうかお慈悲を! こいつはバカで愚かなガキです! 世の中の道理も何にもわかっちゃいないんです! だから、だからどうか!」
「……そうだな」
先ほどの勇敢な村人が再びヴィルヘルムに懇願する。
そして、勇者は肯定した。
遠巻きに見るしかなかった村人たちがホッとしたのも束の間だった。
サンッ、と聖剣が煌めいた。
いつ抜かれたのか、誰にもわからなかった。
とにかくそれは抜かれ、そして、勇敢な村人の首のすぐ横にあった。
「あっ、かっ……」
村人の首がゆっくりとズレていく。
「よくわかったが、俺に意見するな」
どちゃり、と頭が落ちて首から血が噴き出す。
悲鳴があがった。
だがヴィルヘルムは愉しそうに笑みを浮かべるだけで、気にもしていなかった。
ヴィルヘルムは一度立ち上がり、前屈みになって、聖剣の切っ先をユーシカの首の横に刺す。
軽く動かすだけで、首を切り落とせる位置だ。
「よぉーく見ろ、ガキ。お前がバカなことをしなけりゃ、あの男は死ななかった。お前が殺したんだ」
詭弁だった。
だがそれを詭弁だと正せるものはいない。
「……ぁ……あ……」
顔を腫れ上がらせたユーシカは、かろうじて見える片目で頭の失くなった死体を見つめていた。
自分のせい。誰がどれだけ慰めても、決して消えない傷となる呪い。
「だが安心しろ。思い悩む必要はない。お前もこれから」
死ぬんだから。
ヴィルヘルムがそう言おうとしたときだった。
「……ん? 多少強い気配がしたと思ったら、まさか貴様、勇者か?」
何かが音もなく横に降り立った。
黒髪に黒い衣装。そして、息が出来なくなるほどの存在の圧。
ただ在るだけで人を震撼させるモノ。
それは、魔王だった。




