勇者の本気 魔王の戯れ
「ま、おう……?」
ヴィルヘルムがつぶやく。
「いかにも。我が魔王だ」
そして、魔王が応えた。
ただそこに在るだけだった。
それだけで、村人たちは立ち上がれなくなっていた。
ある者は腰を抜かし、またある者は理由もわからず跪き、ある者は土下座のような格好で平伏していた。
「手間が、省けた……」
ヴィルヘルムは聖剣を抜く。
もう、自分を襲ってきた少年をいたぶることなど、どうでもよかった。
目の前に魔王がいる。
討伐すべき対象がいる。
こいつさえ倒せば、残りの人生は遊んで暮らせる。
「我は城を出ると弱体化してしまう。貴様もまだ、完全ではないようだ。ちょうどいい。それに、完全になっても貴様はほぼ変わらないようだしな」
「なにをひとりで喋ってやがる!」
名乗りなどあげてる場合ではない。
何かがおかしい。勇者である自分が飲まれそうになっている。
こいつはただの、勇者が勇者であるための生贄なのに。
「おぉぉぉっ!」
渾身の力と速度で聖剣を振るう。
魔王の首を斬り飛ばし、それで終わり。
そのはずだった。
「なっ、あ……!?」
誰にも、魔王にすらも止められないはずの一撃は、寸前で止まっていた。
魔王が掴んでいたのだ。当たり前のような顔をして。
「なんで……動かねぇ!?」
しかも、掴まれたあとはどれだけ力を入れても聖剣を取り返すことが出来なかった。
巨大な岩にでも食い込んだように、びくともしない。
「今の一撃で、本来の我であったなら死んでいたのだろうな。だが、貴様の一撃よりも速く重いはずのものを知っている」
魔王はここに来る途中、ダンジョンの残滓からリクド・アルスベールの動きを覗き見ることが出来た。
それはただ一度だったが、やはり魔王の目に狂いはなかった。
「おかしいだろうが! 魔王は勇者に殺されるべきだ! それが当然だ!」
ヴィルヘルムが叫ぶ。
これまで絶対だったものが、崩れていく。
「勇者でも代替にならんか。いよいよもって、あいつに来てもらうしかないようだ」
言いながら、魔王は手に力を込める。
すると、バキンっと音がして聖剣が割れた。
「…………は?」
ヴィルヘルムは、目の前で起きていることが信じられなかった。
聖剣『グラーム』。
有史以来、折れたことも欠けたこともない、神の創造物と呼ばれた武器。
それが今、目の前で割れた。
柄だけが残っている。刀身はわずかも残っていなかった。
「悪いな、勇者。我はこの生を、満足することに使うと決めたのだ」
「ぇ……? ぺっ……!?」
それを見ていたものはいなかった。
いや、たとえ見ていたとしても、その拳を捉えることは出来なかった。
恐ろしいほどに速い、とても速い一撃。
あるいは全盛の勇者であれば、見ることも防ぐことも可能だったかもしれない。
だが、勇者ヴィルヘルムは見ることが出来なかった。
だから今、彼の頭部は“血煙となって消えている”。
どしゃりと勇者だったものの胴体がくずおれた。
死。
それは誰にも等しく訪れる。
遅いか、早いか、それだけだ。
勇者は今日、この瞬間だった。
「ふむ……」
魔王はすでに勇者と呼ばれていたものに興味はなかった。
代わりに、勇者がいたぶっていたものに興味が移った。
手のひらをかざし、治癒魔法をかけてやる。
人族が使う何倍もの威力がある魔法だった。
「……ぁ、え?」
完全に治癒したユーシカが起き上がる。
自分の身体を不思議そうに見つめたあと、魔王を見た。
「貴様、勇者に怨みがあるな」
「……は、はい」
「ならば、勇者がどうなったのか喧伝しろ。首都で報告するのもいい。ああ、勇者が身につけていたものを持って、信憑性を高めることも忘れるな」
「はい」
魔王の言いつけを、ユーシカはしっかりと頷いて受け入れた。
魔王はもう一度だけ、勇者だったものを見る。
「我は勇者に倒される。だが、“こんなもの”に殺されたと喧伝されてはたまらんからな」
そう言って、魔王は来たときと同じように、その場から一瞬で姿を消すのであった。
──同日、同時刻。
勇者の魔法発動。
聖教国の教王含め重鎮、貴族、文官、近衛兵、衛兵、計58名が同時に頭を消し飛ばされて死んだことを、魔王はもちろん知るよしも興味もなかった。
100話目です!読んでくださりありがとうございます!
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