勇者とは
「あり得ない!!」
聖教国。
そのトップである教王が吼えた。
教王の間である。
目の前には疲弊し、青ざめた顔の兵士がひとり。
斥候と伝令を兼ねた身軽な兵士だった。
彼が持ってきた報は、聖教国にとって最悪のものだった。
SSS級冒険者ギールによって、国軍軍団長レイリア以下部隊全滅。
生き残りなし。
ダンジョンコアも奪われた。
考えうる限り最悪の事態だ。
「千人だぞ? 我が国の精鋭千人だ。それが、全滅? あの死槍レイリアまで?」
教王は爪を噛み、目の前の兵士を睨みつける。
視線だけで人を殺せるならば、今、兵士は死んでしまっていただろう。
「王よ……どうします。今すぐ追手を放ち……」
「いや」
宰相の言葉に、教王は否を突きつけた。
「勇者を呼べ。ヤツを使って事を収める」
言葉に、ざわりと空気が動く。
「勇者を? 完全に“成る”まで、まだ半月ほどあります。無理やり引き出せば力が暴走する可能性も」
「かまわん。ヤツなら暴走して自滅するぐらいのほうがちょうどいい。それに勇者の役割とは、魔王を倒し、聖教国の素晴らしさを他国に知らしめる示威でもある。我が軍が壊滅したという言説が広まる前に、勇者に討たせ、卑劣な男による罠から市民を守るため仕方なく、レイリアたちは死んだものとする」
教王が言うと、宰相は数秒考えたのち、頷いた。
「聞こえたな。勇者を連れてこい。聖剣も用意せよ」
「はっ!」
近衛兵たちが一斉に動き出す。
残った数名に、教王が目配せをする。
すると近衛副兵長と部下が斥候の兵士の両脇を抱えて立たせる。
「よく報告してくれた。労ってやれ」
「はっ」
副兵長たちに連れて行かれる兵士は、重圧から解放されたようにほっと息を吐いた。
しかし彼は知らない。
この場合の労えとはつまり、殺せという意味だということを。
「まったく、役に立たない女だったな」
「ええ。次の軍団長には誰を?」
「シルケンにしよう。ヤツは私の言うことをよく理解している」
「わかりました。そのように」
☓ ☓ ☓
勇者とは、品行方正な人物である。
「や、やめてください! お願いし……」
勇者とは、清廉潔白な人物である。
「あぁっ! む、娘には婚約者が……ぎっ!?」
勇者とは、人々の希望となる人物である。
「もう何も差し出せるものはありません。どうか、どうか」
勇者とは──。
「なら、死ね」
「たすけっ……」
聖教国に点在する、村のひとつだった。
その中心が血溜まりになっている。
周りには村人の死体。死体。死体。死体。
生かされた女たちが泣いている。
あるものは絶望に。あるものは怨みと憎しみに震えながら。
逃げられはしない。
勇者は魔法も使う。いや、使わずともその驚異的な身体能力で必ず捕まる。
逃げれば、もっとひどい目に遭う。
いくつもの死体を重ねた上に、勇者はどっかりと座った。
血まみれの顔を、満足げに空に向ける。
「いーい天気だなぁ」
地面に突き刺した剣は、幾人もの血を吸って赤黒く濡れていた。
勇者とは、品行方正ではなく、清廉潔白ではなく、希望でなくてもいい。
勇者とは、どれだけ邪悪でも、聖剣を扱い魔王を討てればいいのである。
「お前らも、そう思うだろう?」
勇者ヴィルヘルムは女たちに向かって狂気じみた笑みを見せた。
血溜まりの中にあってなお笑う破滅の男。
それが今代の勇者であった。




