悪い想像ほど
「散開!」
連獅子の指示と同時、まずSS級の10人がそれぞれの間合いに散った。
遅れて1秒、S級の4人が散った。
ナッシュだけが動かなかった。あとのS級は全員死んでいる。
いや、殺された。
(風を冠するダンジョン、そのマスター……迂闊だった)
連獅子はギリッと奥歯を噛んだ。
藍色の虎。その巨躯があれほどに速く動くとは。
闇の濃い洞窟ではその姿が捉えづらい。
光系の魔法を使えるものに合図を出して視界を確保するのが先だ。
「ゲデロ!」
「おうっ!」
名を呼ぶだけでこちらの意図が伝わった。
魔法使いであるSS級、閃光のゲデロが集中、即座に光魔法を展開。
闇にある程度慣れたこちらの目を眩ませ、焼かないように数秒かけて広場が明るくなる。
そして、連獅子を含めた冒険者たち全員が息を飲む。
藍色の虎とS級であるナッシュが鍔迫り合いをしていたのだ。
ナッシュはその剣で。
虎はその凶悪な爪で。
「かかっ……! いい強さだ。これだ。こいつを飲み込めば、あの野郎に勝てる。あの野郎をぶっ殺せる!」
連獅子はゾクリと背を粟立てた。
ナッシュは嗤っていた。
しかしそれは連獅子が知っている冒険者のモノではなかった。
(何があった。お前を倒したというのは魔物ではなかったのか。いったい何に狂わされた!? 雷剣のナッシュ!)
連獅子は動けなかった。
ヘタに動けば、ナッシュの邪魔をすることになる。
「連獅子! どうする!? このままじゃS級の坊やは殺されちまうぞ!」
SS級である瞬槍のカバトが叫ぶ。
「……」
「連獅子!」
連獅子は迷っていた。
時間にしてわずか数秒。
しかし数秒だ。
達人同士の戦いなら十分に決着がつく時間。
「ちっ! 俺は勝手に動くぞ!」
カバトが言って飛び出す。
「ま、待てっ!」
連獅子はそう言うのが精一杯だった。
カバトのあとに続こうとする者、どう動くべきか決められず立ち止まる者。
直後、連獅子たちは信じられないものを見た。
「なっ!?」
カバトの槍が、恐ろしいほどの速さで突撃したにもかかわらず、虎にかすりもせず地面を突き刺した。
そしてその背骨を虎の巨大な手で殴られ、爪で切り裂かれる。
そこまでならまだ致命傷ではなかった。
しかしその首に、ナッシュの剣が食い込み、スパッと頭を斬り落とした。
一瞬だった。
止める間もなかった。
瞬槍は、虎とナッシュによって瞬殺されてしまったのだった。
頭部と胴体がべちゃりと地面に赤いシミを作り、誰が見てもカバトが死んだことを理解させる。
「な、なぜだナッシュ! なぜカバトを!」
「邪魔なんだよ。こいつは俺の獲物だ。こいつも俺のことをそう見てる」
ナッシュは聞いた連獅子のほうを見向きもしなかった。
視線と剣は、藍色の虎だけを見据えている。
虎のほうも同じだった。
先ほど殺したばかりのカバトに、一切の興味を持ってはいない。
「邪魔になるなら殺す。そうじゃないなら、大人しくしてろ」
「てめぇっ、ナッシュ! いつからそんな偉そうな口を!!」
S級の男が飛び出す。
SS級もふたり、飛び出した。
全員が剣使いだ。
「ガッ──!」
藍色の虎が口をガパリと開けて、風を纏った魔力の球を高速で吐き出した。
シュオッ──!
「あ……」
SS級がひとり、消え失せた。
跡形もなかった。衣類の切れ端すら残らなかった。
「よそ見してんな」
「なっ……!? ギッ、き、きさ、まぁ……」
SS級のもうひとりの首に剣が突き立っていた。
ナッシュの剣だ。
ナッシュが剣を抜くと、多量の血を吹き出して絶命する。
「なっ、あっ……!?」
自分より上のSS級の惨状に足を止めてしまったS級だったが、風のように疾い藍色の虎に回り込まれ、強靭な前腕で両足を薙ぎ払われる。
血を吹き出し回転する足が、連獅子の目の前まで飛んできて落ちた。
「あぎゃっ……!?」
そして悲鳴を最後まで叫ぶこともできなかった。
これまでと同じようにナッシュに首を切り落とされたS級は、頭部を蹴られて虎の口に放り込まれる。
そして恐怖に目を見開いたまま、虎に齧り潰された。
「邪魔者から倒そう。どうだ、虎」
「グルル……」
S級が3人。SS級が8人。
「な、何を考えてるんだナッ……」
ナッシュを非難しようとしたS級の首が飛んだ。
虎だ。
藍色の風がS級とSS級の首を冗談みたいに跳ね飛ばしていく。
「がっ!?」
「ぎぁあっ!?」
そして虎に注意を引きつけられていたら、背後からナッシュに襲われる。
背中から切りつけられ、また心臓を刺され、首を狩られる。
悪夢だった。
(俺たちは、SS級だぞ? S級だって相当の上澄み集団だ……それなのに……)
連獅子は動けなかった。
自分の手でナッシュを斬る。
その最悪の事態が今まさに起こっているというのに、身体が動かない。
仲間が、顔見知りが、歴戦の猛者たちがなすすべなく殺されていく。
これが現実とは、到底思えなかった。
「……くそぉぉぉおっっ!」
逃げ場はない。
もう他には誰も生きていない。
連獅子は刀を構えた。
しかし、その内側に、ナッシュの剣と虎の爪が食い込んでいた。
「……かっ……」
連獅子の身体が裂ける。
血が吹き出し、力が抜ける。
自分は死んだのだと、一瞬で理解した。
理解し、そして、暗闇へと沈んでいった。
「さて、これでやっと始められる。やろうぜ、ダンジョンマスター」
「グルルルル……」
今しがた、同じ冒険者でありパーティーだった仲間たちを殺したというのに、ナッシュは悪びれた様子もなく、藍色の虎と相対する。
虎も笑みを浮かべたように歯を剥き出しにして、ナッシュを見るのだった。




