イブルガルドゴーレム
イブルガルドゴーレムは魔王が生まれると、鍵となるダンジョンとともに出現する魔獣である。
その性質は“門番”。
ゆえに何者も通さず、何者をも叩き潰す。
生かすべきネズミはいない。
それがイブルガルドゴーレムの果たすべき命令であり、使命であり、生きる意義である。
その命令が。
「ひゃほー!」
その使命が。
「そぉれ〜!」
生きる意義が。
「「おりゃあああっ!」」
たったふたりの小娘に蹂躙されている。
「オォォオオオオッ!」
イブルガルドゴーレムは吼え、エンペラースケルトンの頭部すら超えるような巨大な拳を振るう。
空気が裂かれ、風切り音に大気が震える。
だが──。
「ふんっ!!」
ルカの気合とともに一閃。
紫電を纏った大槌が横薙ぎに振るわれ、拳の中心に当たる。
大気が爆ぜた。
近くにあった木々の葉や枝が散る。
「グォオォォォォツ!!」
勝ったのはルカだった。
巨大で長い腕が後方に流れて大地を抉る。
拳はひび割れ、もう使い物にはならない。
「ルカちゃんすっごーい! 私も負けらんないなぁ!」
ブリュンヒルデが言って、双剣を逆手に構えて疾走する。
すでに破壊されてその場にだらりと垂れ下がっているイブルガルドゴーレムのもう一方の腕の上だった。
「グゥゥゥッ!」
イブルガルドゴーレムは嫌がるように身をよじった。
しかしもう上体をわずかに震わすことしかできない。
イブルガルドゴーレムの両脚はもうない。
ひとつはルカに根本から叩き割られ、もうひとつはブリュンヒルデに切断された。
地面から上体だけが生えたような格好で戦っていたが、両腕も先ほどルカによって破壊された。
残ったのは頭部だけ。
そこに、ゾッとするほどの笑みを浮かべたブリュンヒルデが迫る。
「みーつけた」
ブリュンヒルデが言って、イブルガルドゴーレムの肩を蹴って飛び上がる。
落下しながら狙うのは、イブルガルドゴーレムの右眼。
その奥に、瞳の色とは違う赤い光がわずかに漏れていることに気づいたのだ。
「ルカちゃーん」
「グォォォォッ!?」
ブリュンヒルデはルカを呼びながら、容赦なくイブルガルドゴーレムの右眼に双剣を突き刺した。
痛みに呻くイブルガルドゴーレムだったが、頭部を振ったところで振り払えるほど弱い相手ではない。
「はいよ〜」
そして、死の宣告と同等の、ゆるい声をイブルガルドゴーレムは捉えた。
左眼で見る。
飛び上がった、背の低い女の冒険者を。
巨大なハンマーが、頭上に掲げられている。
ルカが落ちてくる。
速度が増す。
掲げられたハンマーが、落下とともに振り下ろされる。
「ガツーン!!」
ルカの声と同時、ハンマーが右眼を刺した双剣の柄をぶっ叩く。
「──ッ!!」
声は出なかった。
バキリ、と自らのコアが破壊される音を、イブルガルドゴーレムは己の内側から聞いた。
消える。
身体が消えていく。
門番という役割を果たせず、ただのひとりの人間も屠れず、消えていく。
「相手が悪かったねぇ。ゴーレムさん」
あれほどの打撃を受けてもなお傷ひとつない双剣を鞘に納め、ブリュンヒルデが上体だけになったとはいえ10メートルほどの高さから飛び降りる。
友人にするような気軽さでゴーレムに手を振りながら落下していった。
「悪くない強さだったよ〜」
そしてルカもそう声をかけながら、当たり前のように飛び降りる。
人は進化する。
恐ろしい。
あまりにも、恐ろしい。
イブルガルドゴーレムは生まれて初めての恐怖を感じながら、新たな魔王が復活するまでの間、再び長い眠りにつくのであった。




