本当の化け物
「廃魔族領にダンジョン……?!」
最初に反応したのは俺ではなく、アンナだった。
「そんな情報はまだ届いてないぞ」
「そりゃそうだろうな。儂も来る途中で偶然見つけた。今はまだ放置しておいても大丈夫だと判断したが、破壊は出来るだけ早いほうがいい。そのための適任がリクド、お前だ」
エスジックが俺を見て言う。
ダンジョンの破壊。そんなに簡単なことではなさそうだが、SS級が言うならきっと俺は適任なのだろう。
「S級に上がったことで廃魔族領の近くの新興ダンジョンであっても、ソロアタックが許される」
「聞きたいことが色々あるんだが」
「なんだ?」
「まずS級に上がらないとそのダンジョンにアタックできなかったのか」
「いや、アタックだけなら極端に言えばF級からでも可能だ。パーティー限定だがな。まあ、そんなもの冒険者にとっては常識、今さら説明するまでもないだろうが」
「…………」
そんなもの聞いたこともなかった。
知らないので説明は助かる。それを口に出して言える雰囲気ではなさそうだから言わないけれども。
「問題はソロアタックだ。こいつはS級以上の中でも実力が確かだと認められたヤツしか出来ない。というか、そもそも廃魔族領のように魔力が濃い場所に出現したダンジョンなんて、A級パーティーでも依頼を受けることができない。無駄死にを避けるためだな」
「S級以上なら無駄死にはしないと」
「そのための実力審査であり、S級以上の看板だ」
「なるほどな。じゃあ俺はこれからソロでそのダンジョンを」
「と、言いたいところだが、今回はエリーとパーティーを組んでもらう」
「え? ソロじゃだめなのか」
驚く俺に、エスジックはこくりと頷く。
「お前の実力は規格外。それはよくわかった。しかしダンジョン破壊は初めてだろう? エリーはダンジョン破壊の経験が3度ある。経験による差は実力以上に大きい。お前さんなら、この言葉の意味はわかるな」
「……まあ、なんとなくは」
それはわかっている、つもりだ。
たとえば同じレベル999でも、そこに戦いの技術があれば俺は勝てないだろう。
何を知っていて、何を知らないか、その差は極限に達するほどに大きな差となって現れる。
「で、あるなら、経験豊富なエリーを付けることの意味も理解できるはずだ」
「ああ、わかってる」
「ならばよし。ということだ、エリー。この強さと知識がちぐはぐな規格外に、ダンジョン破壊のいろはを教えてやれ」
「わかりました、エスジックさん」
言われたエリーが素直に頷く。
「さて、儂は酒でも飲んで休むとする。リクド、エリー、お前さんたちは好きにしろ。今日さっそく出立するもよし、休んで明日に備えるもよし。ではな」
「あ、エスジックさん……」
言うだけ言って出ていくエスジックをエリーが引き留めようとするが、エスジックは振り返ることもせずに出ていった。
「珍しい。いつもだったら新人を交えて宴会とか開くのが好きな人なのに」
「ひとりで飲みたい時もあるんじゃないか」
「それか、もうそんなにはしゃげる年じゃないとかな」
アンナが俺とエリーの間に割って入ってくる。
そして真剣な顔をして、口を開く。
「エスジックの爺さんはああ言ってたけどな、悪いがお前らにはすぐ出立してもらう」
「……何か気がかりがあるのか?」
「ああ、爺さんの話どおり、廃魔族領みたいな場所にダンジョンが出現するなんて脅威以外の何ものでもない。ダンジョンが完成したら、本当に手がつけられなくなる」
「完成?」
「ああ、ダンジョンは出現したての頃は不安定だ。中の魔物も強かったり弱かったり。だが時間が経ち、成熟したダンジョンには強い魔物ばかりが現れる。ダンジョンコアとなるボスも現れる。だから潰すなら完成する前の今しかない」
「なるほどな。だいたいわかった。俺はいいが、エリーは大丈夫か?」
聞くと、エリーは大剣を持って頷く。
「もちろん。さっきは遅れを取ったけど、これでもS級だからね。体力には多少の自信はある」
「わかった。じゃあ行こう。エリー」
「ええ。よろしく、リクド」
☓ ☓ ☓
「くっ、は……はぁ、はぁ……」
街の一等地にある宿屋の中。
ベッドの上で坐禅を組み、上半身裸で瞑想している者がいた。
エスジックだ。
顔は痛みで歪んでいた。
額に脂汗を滲ませて、奥歯をギリリと噛み締めている。
「まったく、あの小僧。手加減してこれかよ」
エスジックの引き絞られた鋼のような肉体の中心に、手のひら型のアザが浮かんでいた。
リクドから受けた一撃だ。
軽く押しただけ。そんな動作だった。
それだけでエスジックは吹っ飛び、そして気を失った。
凄まじい威力だった。
「本当は審査を終えたらすぐにでもダンジョン攻略といきたかったが、これじゃあな」
ダメージがあまりにも深い。
だからこうして瞑想して回復に努めている。
そうしなければ、あのままギルドで再び倒れていた可能性もあった。
「案外、本当に魔王クラスでさえソロで倒しちまうかもな……なんて」
呟き、エスジックは深く息を吸い、そして吐き出す。
勇者でしか倒せない最悪の災厄、魔王。
もしもそんな魔王を勇者でもないのに倒せるものがいるとしたら──。
「そいつこそが、化け物だ」
エスジックの呟きは、呼吸とともに部屋の中へと溶けて消えていくのだった。
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