強者たち
「グルガァアッ!!」
リクドが拠点にしている街から西方に遠く離れた沼地に、1匹の魔獣が生まれていた。
魔獣エルガン。
巨大なワニに似た、フロスと同等の力を持つ魔力体である。
異常な瘴気量によって、ここにも1匹で災厄に匹敵する魔獣が生まれてしまったのだ。
だが──。
「あーらら、ちょーど良いタイミング〜」
沼地の中心、エルガンが産声を上げた場所の真上に飛び出してきたひとりの女が言った。
口に棒付きキャンディーを咥え、小柄で軽装な姿は、どこにでもいる女の子にしか見えない。
しかしその肩に担いだ巨大なハンマーが、彼女の異様さを際立たせていた。
「……っ!? グガアアァッ!」
真上にいる女に気づき、エルガンが吠える。
落下してくる女を喰らおうと大口を開けた。
しかし、女は余裕の笑みを崩さず、担いだハンマーを振り上げる。
「轟け、雷鎚」
女がエルガンに向かってハンマーを振り下ろすと同時、雷鳴のような轟音が辺りに響いた。
そして、沼地に紫電が走り、中心にいたエルガンは消失していた。
代わりに立つのは、女──SSS級冒険者『雷鎚のルカ』だった。
ルカはエルガンの残した牙と鱗を拾ったあと、はるか先にある暗雲立ち込める場所を見つめた。
「魔王復活を謳う魔族や人族はいたけど、今度は本当みたいだねぇ〜」
☓ ☓ ☓
「ギギャアアアォッ!」
火山地帯。
巨大で凶暴なトカゲ型の魔物、デミドラゴンが地を這い、獲物に狙いを定める。
が、獲物と定めた人間はその恐ろしいほどの速度の突進を軽く跳んで、ひらりを避ける。
「カッ……?」
そして空中で下を向いた男は、腰に佩いた刀を抜いて、デミドラゴンの首に向かって振った。
デミドラゴンの首が横にずれて転がり、身体だけが血を撒き散らしながら、しばらく直進し続ける。
やがて、どさりと力を失った身体が倒れた。
男──SS級冒険者『侍 連獅子』は着地し、刀の血を払って鞘に納める。
それから暗雲立ち込める切り立った山々の先を見据える。
「巨大な気配……まさか、復活したというのか……魔王」
☓ ☓ ☓
「ぐぺっ……!」「げっ……?!」
「ごがっ」「かぎゃ……!?」「ぎびっ……」
広大な森の中だった。
巨大な猿、ドンガの群れが血祭りにされていく。
「ぐぎゃーー!!」
ボス猿が歯を剥き出しにして威嚇し、他のドンガたちも跳ねたり木や地面を叩いて威嚇する。
群れの前にいるのは血まみれの男だった。
すべて返り血だ。
拳も真っ赤に染まっている。
男の周りにはドンガの屍が山となっていた。
「くふ、ふはは……やっぱり喧嘩は素手じゃないとなぁ。武器になんぞ頼ると、殺した手応えが味わえない。ああ、いい。もっとだ。もっと喧嘩をしよう」
男が笑みを浮かべると、ドンガたちの顔に恐怖の色が浮かぶ。
男はSSS級冒険者だ。
そしてこの虐殺は、依頼ではない。
ただ、男の快楽のためだけに存在する“遊び”だった。
「……ああ、なんだもう終わりか。どこかにいないもんかねぇ、喧嘩の強いヤツは……たとえば、魔王とか……」
男はなにかの気配を感じて、そちらのほうを向く。
気配は遠い。だが、巨大だ。
「ふはは、魔王は討伐しないとなぁ。たっぷり、喧嘩して。くく、ふははは」
☓ ☓ ☓
数多の強者たちが同時刻、見据えた場所には古城があった。
いたるところにクモの巣が張り、埃が積もっている。
長年使われていなかった、主が不在だった城だ。
王の間。
玉座にひとりの青年が座っている。
黒髪は長く伸ばしっぱなしで、鍛え上げられた上半身は裸だ。
下半身は革をなめしたズボンを履いているだけ。
武器もなく、防具もない。無防備な状態だった。
「おおっ! 本当にいたぞ!」
「ぬはは! 気配を頼りに来てみれば!」
そこへ2匹の魔物がやってくる。
巨躯の魔物だ。
一方は牛の頭を持つ鬼だった。
一方は馬の頭を持つ鬼だった。
人呼んで牛頭と馬頭。
数多の戦士たちを殺戮してきた凶悪な魔物である。
「魔王だ、魔王がいる!」
「ぬはは! 生まれたての今なら殺せる、殺せるぞぉっ」
牛頭の手には反った巨大な剣。
馬頭の手には巨大な三叉の槍。
「勝機! 勝機!」
「殺せ! 殺せ!」
「「魔王の座は我らのもの!」」
2匹が同時に襲いかかる。
しかし次の瞬間、青年の手がわずかに動いた。
パンッ、パンッ──。
直後、乾いた破裂音がふたつ鳴った。
牛頭と馬頭の頭部が無くなっている。
頭があった場所には血煙があった。
がくん、がくん、と玉座の左右に頭部を失った2匹の身体が、どぉっ、と倒れる。
「……弱い」
青年──魔王は言って、玉座に深くもたれて目を閉じるのだった。




