魔獣VS巨剣
(魔獣……初めて見た……いけるか? いや、やるしかない)
剣を構えながら、エリーは魔獣フロスに集中する。
背後ではA級冒険者パーティーが商人や仲間を回収して逃げようとしていた。
わずかなためらいのあと、冒険者たちは離れていく。
それでいい、とエリーは心の中で頷く。
正直に言ってしまえば、残られても足手まといだ。
自分ひとりで戦うのと、他を守りながら戦うのでは、当然やれることに差が出る。
特にこんな化け物相手では、一瞬の判断が命取りになるのだ。
そこに余計な思考を挟みたくない。
「グルル……」
「来ないなら、こっちから行くよ?」
フロスは左右に移動するだけでなかなか攻めて来ない。
エリーがこの巨剣を素早く動かせると見抜いているのかもしれなかった。
「はぁあっ!」
フロスが移動のために、わずかに重心を傾けた瞬間、エリーは爆発的な踏み込みで飛び込んだ。
持ち上げて背中側に伸ばした巨剣を、フロスの頭に向かって思い切り振り下ろす。
ギィィィィンッ──。
それは、生物に刃が当たったときの音ではなかった。
まるで硬質で強固な金属に刃を当てたような感覚。
鎧さえ真っ二つにする巨剣が、薄皮を斬ることさえできなかった。
「ぐるぁっ!」
「くっ……!」
お返しとばかりにフロスが前脚を振るう。
エリーは間一髪、それをバックステップで避けた。
(恐ろしいほどに強い。だけど……!)
わずかに距離を空けたエリーは、再び巨剣を構える。
そして次の瞬間、エリーの腕が筋肉で膨れ上がった。
「本気で行く! 剛剣アーススラッシュ!!」
エリーが凄まじい速度でフロスに接近。
そして、振り下ろされた巨剣の威力は敵を斬ったあと、地面に深く食い込むほどの威力を持つ。
デミドラゴンの硬い皮膚すら一刀両断してみせた必殺剣。
だが──。
「なっ……?!」
フロスは突き出した前脚に生えた強靭な爪で、エリーの必殺剣を受け止めた。
エリーの巨剣は、爪にわずかに食い込んだだけだった。
「マジ、かよ……」
フロスがにぃぃぃいぃ、と嗤う。
本能が警鐘を鳴らす、最悪の状況。
「がっ……?!」
フロスの腕が消えたと思った瞬間、エリーは景色が高速で過ぎ去っていくのを見た。
「あっ……?!」
そして平原に背中からバウンドし、何回か転がり、ようやく止まる。
「あっ……あ……」
攻撃をまともに受けた腕の感覚がない。
殴られたのだと頭では理解していても、これほどの暴力は知らないと脳が理解を拒む。
(強い……強すぎる……)
頭からも鼻からも、口からも血が垂れる。
エリーはそれでも、動かない左腕はそのままに、右腕で身体を起こそうとした。
(時間を、稼がないと……)
自分はここで終わりだ。
エリーには、そういう感覚があった。
しかしだからこそ、S級として冒険者たちや商人を逃さなくてはならない。
少しでも遠くへ。
他の増援が間に合うように、時間稼ぎを。
「あ……」
なんとか膝立ちになり、フロスを見据えようとしたときだった。
ゆったりとフロスが近づいてくるのが見える。
それは強者の余裕だった。
先ほどまでの戦闘モードはない。
ディナーを前にした貴族のように、ゆったりと、当然のように歩いてくる。
(剣……ああ、くそっ……)
巨剣を手放してしまっていた。
反撃の手段は、殴るぐらいしかできない。
だが、そんなものなんの役に立つのか。
「グルル……」
猫が甘えるような、喉鳴らし。
ガパリと、フロスの強靭な顎が開く。
野生の生温かい息がエリーの髪を揺らす。
喰われる。
(まだ、やりたいことはたくさんあったのに……)
エリーの目に涙が浮かぶ。
そしてフロスの顎が、エリーを噛み砕こうとした。
そのときだった。
「ガグッ……?!」
フロスが奇妙な声を上げた。
そしてもっと奇妙なことに、フロスほどの巨体を、現れた誰かが片手一本で、その鼻頭を掴んで止めているのだった。
「無事か?」
「……え? あ、あぁ……」
「俺はリクド。A級冒険者だ。ギルドからの依頼で、こいつを討伐しにきた」
フロスの巨体を片手で受け止めた規格外の力を持つ男は、そう名乗るのだった。




