魔獣フロス
魔獣フロス。
それは獅子型の魔物である。
人の何倍もある巨躯。
その巨大な顎は、重装歩兵さえも鎧ごと噛みちぎる。
先の大戦ではあらゆる英雄たちを屠ったことでも有名である。
「グルル……」
「ひ、ひ……た、助けて」
勇者やその仲間によって滅ぼされたはずの魔獣を前にして、小商隊の主である商人が腰を抜かして小便を漏らしていた。
「こっちだ! こっちを向け魔獣!」
そこへ、矢が飛んでくる。
顔を背けたフロスの首筋に当たったが、その強靭な皮膚と筋肉によってあっけなく弾かれた。
それでも、そのヘイトは矢を放った人物へと向けられる。
「ひぃっ! こっち見た!」
「バカっ、うろたえるな! 身体をリラックスさせていつでも逃げられるようにしておけ!」
「わ、わかってるけど……」
それは冒険者パーティーだった。
偵察として廃魔族領に来ていたAランクパーティー『西風の鷹』。
盾役がひとり。
剣士と戦士。
魔法使いと僧侶がひとりずつ。
そして偵察の要であるアーチャー兼スカウトがひとり。
バランスの取れたパーティーではあるが、フロスを相手にするには実力がまったく足りないと言わざるをえなかった。
「俺が止める! バフをかけたら同時に攻撃。倒そうと思わなくていい。商人を逃がしたら俺たちも撤退だ。ヤツの気を散らすだけで……ぐぼぉっ!?」
盾役のリーダー、ドムスが指示を出している最中、いきなり目の前に現れたフロスの突進で吹っ飛ばされる。
「ドムスっ!? くそっ、シェム、アスル! 商人を連れて逃げろ!」
「あなたたちは!?」
「バカ! 会話してる時間が惜しい! さっさと……がぁっ!?」
剣士のセリトンが吹っ飛ばされる。
フロスが軽く前脚を振っただけの攻撃だった。
とっさに剣を盾にしたが、剣も腕の骨も折れていた。
「かっ、がはっ……」
吹っ飛ばされた先、片腕で立ち上がろうとするが痛みで力が入らない。
絶体絶命だった。
救援要請も出したが、間に合う者がいるのか、そして間に合ったとて、この化け物に勝てるのか。
場が絶望に支配される。
立っているものたちも、足が震えていた。
圧倒的な力。
フロスには、それが備わっていた。
「あっ……」
「シェムっ!!」
魔法使いの眼前にフロスが現れ、その頭部を喰らおうと大口が開けられる。
誰もがシェムの生存を絶望視してしまった、そのときだった。
「はぁあっ!」
「……っ!?」
フロスが飛び退く。
直後、先ほどまでフロスの頭部があった場所に、巨剣が突き刺さっていた。
巨大な剣の持ち手には、女冒険者の姿があった。
「間に合った、かな?」
S級冒険者『巨剣のエリー』。
エリーは自身の身長よりも大きな巨剣を抜き、右手一本で支えながら切っ先をフロスに向ける。
「あんたの相手はアタシだよ。やろうぜ、デカブツ」
そして、魔獣を強く睨みつけるのだった。




