魔族の憎悪
「ふん、まったくバカな庶民どもが。誰が貴様らの低能な意見などいるものか」
山道を走る場所の中だった。
広い車内には、魔族捕縛部隊の面々がいた。
隊長は一番良いクッションが張られたイスに座り、残りの隊員たちが倒れた魔族を囲んでイスに座っている。
魔族は縄で縛られていたが、それに加えて捕縛部隊たちによる束縛魔法が何重にもかけられていた。
ドラゴンさえも抜け出せない拘束魔法とは、隊長の言だ。
初代魔族捕縛部隊の隊長から連綿と受け継がれる拘束の魔法は、部隊の自慢であり切り札である。
過去の大戦でも、この拘束魔法のおかげで何十人という魔族を拘束、殺害することに成功したという。
そんな魔法を使える自分たちはエリートであり、国にとって重要人物である。
今でこそ燻っているが、こうして新たな魔族が出てきたことによって、再びこの部隊が脚光を浴びる日がやってきたのだ。
「ふふん。これまで私たちを軽んじてきた貴族や王族、部隊の連中にやっと示すことができる。私たちの部隊こそが最強にして最も高貴であると」
隊長の言葉を、他の隊員たちも悦に入ったような顔で聞いていた。
「それにしてもあの冒険者の顔、今思い出しても笑えてくる」
「ははは、俺たちを恐れて何も言えなくなっていたな」
「隊長の忠告がなければ、きっと報酬を要求してきましたよ。ヤツらは卑しいですから」
隊員たちの軽口に隊長は鼻を鳴らす。
「まったく、しょうがない連中だったな。自分たちがどれだけ下の人間であるかすら理解できないのだ。今度あったら、しっかり教えてやらんといかんな」
「隊長、俺、あの受付の子が欲しいです」
「あ、だったら俺はギルマスかな。ああいう気の強そうな女をやるの好きなんだよ」
「お前の嗜好なんて聞いてねぇって。でもそうだな、俺は……」
そんなバカな話を、自称エリートの隊員たちがし始めたときだった。
「愚かだ」
隊員たちの足元からそんな声が聞こえた。
「なっ……?!」
それは拘束された魔族だった。
魔族は目を覚まし、それどころか普通に起き上がった。
「な、なぜ動ける!? 確かに魔法は……」
「魔法? この児戯のことか?」
魔族が少し力を込めると、パキンッ、と音がして拘束魔法があっさり消失する。
縄も、あっさりと切断された。
「くっ!? あ、アルティメット・バインド!!」
隊長が即座に魔法を展開。
しかし──。
「アルティメット? この程度で? 恥ずかしいからそんな名前をつけないほうがいいぞ」
「あ……」
魔族が軽く腕を振ると、隊長の魔法が音もなく消え失せた。
そして──。
「あ……?」
隊長の首がずれ、ごとん、と床に転がる。
血が噴き出し、車内と隊員たちを濡らした。
「ひっ……!?」
いち早く事態を飲み込んだ隊員のひとりが悲鳴をこぼしたその瞬間だった。
爆炎が馬車を包んだ。
御者と隊員たちは、悲鳴を上げるまもなく死んだ。
山道が、炎と黒煙に覆われる。
「もっとマシな助け方はなかったのか」
燃え盛る馬車からのっそりと出てきた魔族は、前方に立つ魔法使いに言った。
真っ黒なローブを着て、被ったフードの中から魔族──ゲルゴールを睨んでいた。
背後には子どもがふたり。少年と少女は怯えている。
「まったく、魔族が同数で人に負けるなど」
「うるさい。あいつは規格外だった。それに俺は万全ではなかった」
「ふん。言い訳などどうでもいい。俺は魔王様の配下であるお前を救出する任務を授かった。ただそれだけだ」
「……」
ローブの男は背後に連れていた子どもたちを、首にかけた縄を引っ張って前に出す。
「10日後、お前が捕縛されていた街を10人の魔族で襲撃する。その中にお前も入れ。いいな」
「……わかった」
「よし」
「それで、この人間どもは食っていいのか」
ゲルゴールは子どもたちを指さした。
子どもたちが「ひっ」と喉奥で悲鳴を上げる。
「ああ、そのために連れてきた。今度は万全じゃなかったなどと言い訳しないようにな」
「……チッ。わかっている」
ゲルゴールは言って、少年少女に近づいていく。
「い、嫌だ! 来るな!」
「助けて! お母さん! お父さん!」
「うるさい」
「あ……」「う……」
少年は首を斬られた。
少女は、心臓を貫かれた。
「食料が喋るな」
ゲルゴールは言って、ガパリと口を開けるのだった。
☓ ☓ ☓
「ああ、力が漲る。これだ。これこそが本来の私なのだ」
口元についた血を拭ったゲルゴールは、内側から漲る力に恍惚の表情を浮かべる。
「これであの規格外の男にも勝てるだろう。はあ、感謝するぞ。人間の協力者」
「……そんなに強いのか。そいつは」
「ああ、魔法をかき消された」
「アンチマジックか……? しかしそれだけなら」
本来、魔族は同数なら魔法など使わなくても人間をなぶり殺せる。
たとえ鍛えられたB級程度の戦士であったとしてもだ。
それぐらいに力の差がある。
アンチマジックで魔法を消されたぐらいで負けることはない。
だからローブの男、魔法使いもそれだけならと口にした。
「アンチマジックではない。パンチだ」
「……は?」
「ただのパンチで消されたんだ。そしてヤツに殴られて私は捕縛された。万全ではない状態だったがな」
「……聞いたことはない。聞いたことはないが、お前相手にそんなことができるとするなら、拳にまとうタイプのアンチマジックだった、のか?」
「さてな、そんなことはどうでもいい。重要なのは今、私が、万全であるということだ」
ゲルゴールは顔を街のほうへ向ける。
そこにいるはずのあの冒険者、リクドが見えているかのように睨みつけた。
「今度こそ、必ず殺す。必ずだ」
ゲルゴールはそう呟き、瞳に憎悪の炎を滾らせるのだった。




