そいつはあそこへ逃げたんだ
「どうも、冒険者さん」
「リクドだ。よろしく」
依頼人であるビーニーの元を訪ねた俺は、挨拶をして握手を求めた。
だがビーニーは俺の右手をジッと見つめたあと、自分の右腕を指さす。
「すまないが、このとおり。あのクソ野郎にやられて動かないんだ」
「ああ、そうだったな。こちらこそすまない」
俺は言って、ビーニーの腕を見る。
傷はなさそうに見えるが、だらんと垂れ下がっているのを見るに動かないというのは本当のようだ。
「それで、あんたがヒョヨルドの顔と目撃した場所を教えてくれるとのことだが」
「……ああ、これだ」
ビーニーは左手で難儀そうに紙を取り出し、俺に似顔絵を見せた。
いかにも、といった様子の顔だ。厳つく、目が鋭く、頬に傷がある。
「……ふむ。なるほど。それでこいつを見かけた場所っていうのは」
「ああ、案内する。ついてきてくれ」
ビーニーが先導して歩き出す。
俺は後をついていく形で追った。
「ヤツは、ヒョヨルドは最悪のヤツなんだ」
歩きながらビーニーが言う。
「老若男女問わず、暴力を振るう。殺されかけたヤツもいる」
「そこまでのヤツなのに、どうして表沙汰にならない? 賞金首にでもなりそうなものだが」
この世界にある賞金首制度。
ギルドに嘆願して依頼金を払い、証拠が見つかれば賞金首となる。
「上手いんだ。隠すのが。だからヤツの行いは見つからない」
「それにしても限度がありそうだが。権力者だったりするのか?」
よくある話だ。
派手に犯罪をするのになかなか捕まらない人間は権力者の身内。
「いや、それも違う。ヤツの暴力がえげつないだけだ」
「えげつない?」
「ああ、口に出すことも憚られるほどな。俺の腕一本なんて、まだマシなほうさ」
そう言って、ビーニーは自らの右腕をさする。
「それに報復が怖い。ヤツはそういうことを平気でやる。そういう目をしてる。だから、俺以外の被害者は口をつぐむんだ」
「……ならなぜ、あんたはヤツを追い回すような真似を?」
「……腹が立ったのさ。俺は芸術家だ。これから世にたくさんの作品を出すつもりだった。それなのに、誰にも知られないまま、利き手を壊された。それが許せなかった」
「なるほど。それでヒョヨルドを見つけたらどうするつもりなんだ」
「……殺す。左手一本でもやり方はある。ああ、あんたには迷惑かけないから」
「……そうか。手伝おうか?」
俺の言葉に、ビーニーは振り返る。
目を見開いていた。驚いているようだ。
「ふっ、そんなこと言う冒険者は初めてだ。他のヤツは引いて、依頼をさっさと終わらせようとするのに」
ビーニーは前を向き、再び歩き出す。
俺はそのあとについて歩く。
「さっきの答えだが、手伝いはいらない。殺しは俺の手でやる」
「わかった。手伝いがいるときは言ってくれ。依頼なら場合によっては受ける」
「ああ、手伝いが欲しくなったらな……」
それからしばらく街中を歩き、薄暗い裏道に入ったところだった。
ビーニーが立ち止まり、前方を指さした。
「あそこだ。あそこに入っていくを俺は見た」
「……スラム街か」
ビーニーが示したのは、何らかの理由で働けないなどの貧民たちが住まうスラムだった。
日中でも薄暗く、ところどころから饐えた臭いが漂ってくる。
「ここから先は、冒険者のあんただけで行ってくれ。俺は足手まといになるし、自分の身も守れないからな」
「ああ。わかった。見つけたらすぐに連絡する」
「……ああ、頼むぜ」
ビーニーが後ろに下がる。
俺は前を向き、一歩を踏み出そうとした。
そのときだった。
パキン、と金属が割れるような音がする。
何かが折れて地面に落ちる音も。
「…………は?」
直後、下がったはずのビーニーの声が真後ろでした。
「な、なん……で?」
「ああ……」
俺が振り向くと、そこにはナイフの柄を持ったビーニーが立っていた。
ナイフを持っているのは、動かないはずの右手だ。
ナイフの刃は、砕けて地面に散らばっている。
ヒョヨルド捜索の依頼を受けた冒険者ふたりは、背中から心臓をグサリ。
「なんか怪しいと思ったら、あんたが犯人ってわけか。ビーニー。いや、ヒョヨルドって呼んだほうがいいのかな」




