特殊個体捜索
アンナ曰く、ギブムはドスパンジーという猿系の魔物の特殊個体ということだ。
身体は普通のドスパンジーの5倍はあり、食欲旺盛で好戦的。
魔族の影響か相当に強化された肉体は凶悪で、A級パーティーが2つとB級パーティーが3つ組んで作られた即席の連合でようやく追い返せたということだ。
代わりに、その戦闘に参加したパーティーはもれなく怪我を負った。
重傷も多いが、死人が出なかったことが唯一の救い。
それほどの敵だったらしい。
「準備は、こんなもんか」
俺は簡単な携行食などを入れたアイテムバッグを担いで宿を出た。
今から出れば昼にはギブムがいる森にたどり着けるはずだ。
「ちょっと、あなた」
宿を出たところで呼び止められた。
「ん? 誰だ、あんた」
振り返ると、そこには僧侶服を来た女性が立っていた。
手には大振りな杖を持っている。
「私はアシュル。あなた、ギブムを倒しに行くの?」
「ああ、そういう依頼を受けた」
「仲間は?」
「俺はソロだから、ひとりだが」
「……は? ひとり? ソロ? 何言ってるの」
「何って、そのままの意味だ」
なんだか失礼な反応だが、仕方ないだろう。
これまでひとりで地道に戦ってきて今日までやってきたんだから、誰かとつるむことやパーティーを組むことに慣れていないのだ。
慣れてないとは、格好をつけすぎた。
単純に、友達もいない人間に仲間なんか作れるはずもないだけだ。
「あいつはそこらの魔物とは格が違う。絶対に死ぬわよ」
「……まあ、手に負えなそうだったら逃げるさ」
「そういう問題じゃない! あいつのテリトリーに入った時点で殺されるって言ってるの!」
「やってみなきゃわからんだろ。俺なら平気だ。忠告ありがとう」
どうやらアシュルと名乗った僧侶は世話焼きなのだろう。
わざわざ俺にギブムの危険性を教えに来てくれるなんて、いい人だ。
しかし俺が再び歩き始めると、アシュルがあとをついてくる。
「……なんだ? まだ何か用が?」
「……回復役、必要でしょ。私は、もう誰かがあいつに大怪我を負わされるのは嫌なの」
「……ふーん。そうか。好きにしたらいい」
「ええ、好きにするわ」
アシュルはそう言って、俺とともに歩き出す。
なんだか妙なことになったが、万が一に備えて回復役がいるというのは、確かに良いことだ。
☓ ☓ ☓
それから数時間歩いて、俺たちはギブムがいるとされている森の中へやってきた。
道中の魔物は弱いものばかりで、俺が軽く拳を振るうだけで決着がつく。
「あなた、強いのね」
アシュルが言った。
まだアシュルは回復魔法を使っていない。
「まあ、それなりに。頑張って、その……鍛えたからな」
「頑張ってって……それだけでたどり着けるようなものじゃない気がするけど」
実際、俺はすごく頑張ったと思う。
経験値が1しか入らないような魔物でも逃さずにチマチマと毎日毎日倒し続けた。
遠出したりもして、ずっと鍛え続けた。
でも頑張ってはいたが、努力とか苦労したとかそういうのはなかったのが幸いだ。
虚弱だったから、鍛えれば鍛えるだけ体力が付くのが楽しかっただけ。
今は俺に呪いをかけた神の情報を得るためSSS級を目指しているが、レベルがカンストするまでは本当に純粋に身体を鍛えることが楽しくてしょうがなかった。
だから頑張ったというよりも、気づいたらそうなっていた。
という感覚が近いかもしれない。
「それでもあいつは、ギブムは簡単に倒せないと思う」
「さっきから思ってたんだが、アシュルはギブムと戦ったことがあるのか?」
「ええ、A級パーティーの僧侶としてね。ほとんど役には立たなかったけど。今でも、ヤツを撤退させられたのが奇跡に思えるぐらい」
「そんなに強かったのか」
「街の外周近くにある建物がいくつか崩壊していたでしょ。あれはヤツがやったの。住民たちが避難していなかったら、確実に死人が出ていたわ」
「あれか……」
エルザールの街を出るときに、確かに崩壊している建物を見た。
何度かの襲撃による結果かと思っていたが、あれはギブムが襲来した一回でやられた跡だったらしい。
なるほど、それほどの力があるから『崩街』と呼ばれ、ネームドになったのだ。
(A級パーティーに所属する人間にそこまで言わせるなんて、どれぐらい強いんだ)
俺は、声に出さずに思った。
声に出してしまうと、少しだけワクっとしてしまったことを悟られてしまうかもしれない。
仲間が怪我をしているというのに、その原因となった魔物と戦うのを楽しみにしているなんて気分が良いものではないだろう。
「あ、近いぞ」
「え?」
俺は注意を促して足を止め、顔を上げた。
鬱蒼とした森の見通しは悪い。
だが、巨大な力を持つものが近づいてくる気配はわかる。
「あっ、あ……」
やがて、アシュルにも見える距離までそいつがやってきた。
「ぐる、ぐるる……」
デカい。
唸りながら近づいてくるそいつは、ギルドの建物と同じぐらいの高さに見えた。
建物ではない。
生き物なのだ。
こんな巨大な生物がいるのか。
(どこを叩けば、ダメージが通るだろうか)
俺は考えながら、足を一歩踏み出す。
「アシュル、隠れていろ。ヤバくなったら声をかける」
「……え?」
俺はアシュルを一瞥する。
アシュルは震えていた。歯の根が合わず、カチカチと音を立てている。
相当な恐怖だっただろう。
それでもついてきたのは、本当に俺のような冒険者を死なせないためだ。
アシュルは素晴らしい冒険者だ。
しかし今の状態で戦闘に入るのは危険すぎる。
「か、隠れてるなんてっ……言ったでしょ! 私はもう、あいつに傷つけられる冒険者が見たくないって」
「いいから。俺を信じてくれ」
俺は言って、それからグッと身体の中の気配を膨らませた。
闘気というヤツだろうか。
そいつをふくらませると、強者の魔物たちは俺に気づく。
「ぐるるぅ……」
ギブムも気づいた。
真っ黒な体毛。巨大な腕。拳などは巨岩のようだ。
さて、どんなステゴロになることか。




