廃魔族領の調査
「あんたがかなりの腕だとしても、魔族相手だと万が一がある。だからこれは調査だ。姿を見たりしたらすぐに逃げて報告すること。いいね?」
アンナから魔族調査の依頼を受けたあと、俺は街の宿屋兼食堂で食事を取ってから、魔族領のあった場所へと出かけた。
魔族領までは俺の足で3時間ほど。
そこそこ遠いし、日が暮れかけているが逆にちょうどいい。
魔族は昼よりも夕方から夜にかけて出没しやすいし、目撃者たちもその時間に集中しているので、都合が良かった。
「しかし魔族か。どれぐらい強いんだろうな」
魔族の名を聞いたことがあっても、前世の記憶とごっちゃになっているところもある。
姿形はわからないし、前世のファンタジーな世界観な魔族なら、悪魔っぽい姿なのか。
などと考えながら、俺は魔族領に足を踏み入れていく。
「……ただの平原だな」
ギルドから貰った地図と照らし合わせると、場所はここで合っている。
しかし、見渡す限りの平原だ。
もう少し進んだ先に森や渓谷などがあるようだが、ここには住処にするようなものもない。
人と同じく家を作っていたような跡もなかった。
廃屋や廃墟があれば、少なくとも誰か、何かが住んでいた根拠になるのだが。
「ん?」
俺はふと感じた気配の方向へ、視線を向ける。
渓谷のほうから、何かが近づいてくる。
速度は遅い。
ずる、ずる、と足を引きずるようにしてこちらへ向かってくる影がひとつ。
人、ではなさそうだ。
背中に大きな羽が生えている。コウモリの羽に良く似ている。
しかしコウモリとは違って、そいつには両腕があった。
片足を引きずってはいるものの、両足もある。
まるで人にコウモリの羽を生やしたような異形に、俺は身構えた。
前世の記憶にあるような、典型的な悪魔の姿だ。
だとすれば、あいつが魔族に違いない。
「……人?」
そして魔族との距離が近づいたとき、そいつは俺に気づいて呟いた。
顔は美形だ。
男で、青白い。というか皮膚が青い。
月明かりを浴びた姿はやけに神秘的だったが、それを差し引いても禍々しい気配があった。
「ふ、はは……私にもまだ運があった。こんなところで、餌に巡り会えるとは」
そしてそいつは、不吉なことを呟いて、ニヤァッと笑う。
口の中と歯が血を啜ったように赤い。鳶色だった瞳も黒一色に変わる。
「貴様は災難だったな、人間。いや、しかし私のような高貴な魔族に食われるのだから、栄誉だと思うがいい」
「なにを言ってるんだ……?」
人を食う。餌。
なるほど、なるほど。
アンナの言うとおり、少なくともこいつは人にとって大敵であるようだ。
「お前は魔族か?」
「……ん? そうだ。魔族を見るのは初めてか?」
「ああ。仲間はいるのか」
「……いない。なんだ? まさか私だけなら勝てるとでも思ってるんじゃないだろうな」
仲間がいるかどうかは、そんな危険なヤツがたくさんいるなら困るなぁと思って聞いただけだ。
けれどこの魔族は、それを勘違いしたらしい。
「確かに貴様ら人族は、群れれば我ら魔族を何人か倒すことが出来る力を持つ。だが、同数であれば魔族が負けることはあり得ない」
「んー、そうか」
腹が減って気が立っているのか、それとも元々こういう性格なのか。
いや、アンナが言っていたな。魔族は好戦的な性格だと。
なら、これがデフォルトだと考えたほうが良さそうだ。
うん、考えるほどに人族にとって危険な連中だな。
「おしゃべりは終わりだ。私の血肉となれ人間!」
宣言とともに、目の前の魔族の力が膨れ上がる。
手指から鋭く長い爪が生え、それを振りかぶって襲いかかってきた。
が──。
「なっ……?! なぜ……!?」
俺はあえて懐に潜り込み、手首を掴んで攻撃を止める。
「いつの間にっ!?」
魔族は焦っているようだが、逆にそのような遅い動きでどうしてこちらを攻撃できると思ったのか。
やはり油断しているのだろうか。
これならばミュラントのギルマス、レジオのほうが圧倒的に強かった。
「くっ!」
「おっ……」
魔族は俺の腹を蹴って離脱する。
それから信じられないモノを前にしたように目を見開き、歯噛みしていた。
「なぜだ、人族単体でこれほどの力を持つモノなどいなかったはず」
「……まあ、今はいるんだからしょうがない」
この魔族程度だったら、たぶん俺以外にも倒せるやつはそれなりにいるのではないだろうか。
などと思っていると、魔族が両手を前に突き出す。
こちらに向けた手のひらに、何か渦のようなモノが集まり始めた。
「……魔法か!」
魔物や野盗相手で見たことがある。
前世ではまったく見ることのなかった、今世でもなかなか見る機会がない魔法だ。
「くくく、今さら焦っても遅い。魔力を扱うことにかけては人族のはるか先にいる我ら魔族の魔法、いくら膂力に優れる貴様でも受け切ることはできん!」
なるほど、魔族は人よりも魔力が高かったりするのか。
だから魔族と呼ぶのか?
「喰らえっ! インフェルノ・ファイアボール!」
「おぉ、すげぇ」
唱えると同時、目の前に巨大な火の玉が出現した。
野盗の魔法使いとは比較にならないほどの大きい球だった。
それが俺に向かって容赦なく飛んでくる。
そのまま喰らったら、この平原にどでかい穴が空きそうだ。
さて、このレベルの魔法はどうだろうか。
俺は拳を握り、構える。
そして──。
「せやぁあっ!!」
気合の声とともに、巨大な火球を思い切りぶん殴った。
ドパンッ!!
夕暮れの平原を明るく照らした火球が、俺のパンチ一発で消えた。
風船が破裂するみたいに、あっけなく、簡単に。
「……………………は?」
魔族が、口を大きく開けてぽかんとした顔をしていた。
まあ、その、申し訳ない。
俺はそのまま駆け出し、状況を飲み込めていない魔族のみぞおちを助走をつけてアッパーで殴った。
「ごぶへべぇっ!?」
魔族は足を地面から数十センチ浮かし、それから黒目を全部白目に変えて気絶する。
「……あ、調査でいいって言われてたんだった」
地面に倒れた魔族を見て、俺はようやく依頼内容を思い出すのだった。




