人外二匹の宴
始まりは、突然だった。
当然だ。始まりの合図なんてあるはずもない。
全くの同時。
ふたりの姿が消え、現れたと思ったらお互いの拳が頬に刺さっていた。
「ぐっ?!」
「かっ!?」
一瞬の静止。
刹那、ふたつの身体が吹っ飛び柱に直撃。
柱を破砕する。
「ふ、ははは……!」
巨大な柱が石畳を破壊し転がる中、粉塵から現れた魔王は高笑いする。
顔には満面の笑み。
その目は、同じく破砕した柱が立てた粉塵、その中から現れたリクドに向けられている。
「圧倒的な力、虚しかっただろうリクド・アルスベール」
「……お前と出会わなければ、そんなことは思わなかったよ」
リクドもまた、魔王エンリケを見据えていた。
頬にアザ。
身体に埃。ただそれだけだ。
互いに化け物じみていた。
いや、正しく怪物だった。
人の形をしているが、超越した存在。
それがリクドと、魔王だった。
「世界を滅ぼす。そんなものは片手間で出来る。勇者が我を殺すまでの暇つぶしでしかない。全力を出したところで世界が普段より大きく削がれるだけ。ゆえに、全力を出す意味などない」
魔王は一度己の拳を見て、それからまたリクドに目を向ける。
「しかし、その全力を受け止められる存在がいる。これがどれほど愉快で、救いか。互いにしかわからないことだ。リクド」
「……ああ、そうだな」
そしてまた、互いの姿が消える。
クラッドはもちろん、人外と称されるルカとブリュンヒルデ、牛頭と馬頭ですら目で微かな軌跡を追うことが精一杯の戦いだった。
殴る。蹴る。蹴る。殴る。
頭部。脇腹。太もも。顔。
叩く。手刀で斬る。跳ぶ、叩き落とす。
リクドの拳が魔王の左頬に食い込めば、魔王の前蹴りがリクドのみぞおちに突き刺さる。
互いに全力。
出し惜しみなしだ。
一撃、一撃が街を破壊し、巨大な魔獣すら屠る攻撃だった。
衝撃の余波だけで強固な魔王城が崩れていく。
窓ガラスが吹き飛び、壁が崩壊する。
握った拳で相手を殴る。
力を込めた脚で相手を蹴る。
純粋な暴力。純粋な素手の喧嘩。
なんと、なんと甘美な時間か。
身体に培ったあらん限りの力を振るい続けることができる。
自分でさえ知らなかった全力。
引き出される最高値。
「ああああああああああ!」
「おおおおおおおおおお!」
二匹の獣が雄叫びをあげて殴り合う。
技術など何もない。純粋な、ただの暴力。
己の強さを証明するでもなく、譲れないもののためでもなく、互いをぶつけ合うだけの──。
ステゴロだった。
二匹は笑っていた。
凄絶な、笑みが持つ本来の威嚇のように歯を剥き出しにして笑っていた。
「楽しいなぁっ! リクド・アルスベール!」
「あぁっ! あぁっ! さいっこうだ!!」
互いに弓を引くように、右腕を引き絞る。
そして示し合わせたかのように同時に射出。
一分の狂いもなく、同じ速度、同じ強さ、つまり全力の拳が顔を打った。




