素手で上り詰めた男
「そろそろ、来る」
俺は呟き、前方を睨む。
ルカとブリュンヒルデは臨戦態勢のまま、構えを解かない。
嫌な気配だ。
しかし嫌でありながらも、己に似たものを感じる。
拳を血で洗ってきたような気配。
そんなものがあるのかわからないが、俺は確かにそんな気配を感じ取っていた。
果たして現れたのは、ひとりの男を引きずった筋骨隆々とした男だった。
「ギール……」
「うぇ、私あいつ苦手ー」
ルカが男の名を呼び、ブリュンヒルデが舌を出した。
「強いのか?」
聞くと、ルカが頷く。
「SSS級まで素手の暴力で上り詰めた男って言えばわかる?」
「なるほど」
「でも何より嫌なのはイカれてること。戦えばわかるよ〜」
「わかった。なら、ふたりは手を出さないでくれ」
「え? ひとりで戦うのー?」
俺はルカとブリュンヒルデに向かって頷き、やってくる男──ギールを見据えた。
「熱烈な歓迎、感謝するぜ」
ギールは冗談めいて言ったあと、手にしていた男をこちらに向かって投げ捨てた。
死んでいる? かすかに生きているような気配もあるが、たとえ生きていても瀕死だ。
そしてずいぶんと様変わりしたが、この顔には見覚えがあった。
「……ナッシュ、か?」
「やはり知っているんだな」
俺のつぶやきに応えたのはギールだった。
「やはりってのは?」
「そいつはお前を殺すって殺気立って仕方なかった。万が一、お前が噂以下の存在だとしても、こんなヤツに殺されるのはつまらんと思ってな」
「だからこんな風にしたのか」
「どのみち飲み込んだダンジョンコアを取り出さないといかん。遅かれ早かれ、こいつはこうなる運命だった」
ギールは不敵な笑みを浮かべて、ゆったりと構える。
「さて、そっちのお姉ちゃんたちはあとで戦るとして、俺の本命はお前だよ。リクド・アルスベール」
「光栄だが、俺はあんたを知らない」
「いいさ。名前とこの姿だけ知っててくれりゃ。どうせすぐに何もわからなくなる。お前は俺と素晴らしいステゴロをして死ぬ。出来るだけ楽しませてくれよ」
軽く足をほぐして、数回ジャンプ。
首を回し、手首をぶらぶらと揺らして緩める。
そうしてから、ギールは直立してピタリと動きを止めた。
「戦ろうぜ、リクド。どっちが殴り合い最強か決めよう」
「ああ、わかった」
俺も軽く構える。
ルカとブリュンヒルデは俺の頼みを聞いてくれて、武器をしまい、後ろに下がってくれた。
クラッドはもちろん、もっと後方にいる。
ギールがどれほど強いかわからない。
けれど、相当の使い手であることは肌でわかる。
SSS級まで素手で上り詰めた男。
魔王だけじゃない。
リクドは、気を引き締めることにした。




