1章 第9話 上級冒険者は推理する
「『黒い蹄鉄』が一番怪しい、と」
そう言って、ムクロ・スパルダは鶏の腿肉を一口齧った。琥珀酒でそれを流し込む。
「彼らが納入しているドロップアイテムは大型の魔導列車の部品よ。それに紛れ込ませるのはいかにもだと思うんだけど」
「なるほどねぇ……」
ルナとムクロは、以前訪れた『輝ける太陽亭』で情報共有をしていた。「同じ女を二回連れて来るとは珍しい」という店主の言葉をルナは礼節を持って無視した。
「他には思いつかないか?」
「ええ。というより『黒い蹄鉄』にしてもそうだけど、みんなまともな冒険者に見えたわ。私には」
「ふぅん。ルナ・リングハートの目にはみんなまともに見えた、と」
揶揄する調子をにじませたムクロの言葉に、若干の不快を覚えつつも、ルナは頷き、自分の黄金酒を飲んだ。
「では推理開始といくか。『黒い蹄鉄』が共犯者だと仮定して、だ。横流し品がどういう流れを辿るか、ギルド職員のどの立場に犯人がいれば成り立つかを考えてみよう」
そう言って、ムクロは瓶ごと頼んだ琥珀酒を杯へと注いだ。
「この杯が魔導列車の部品。中身が横流し品だとする。これを持って連中は迷宮の出入り口へ向かうわけだが、ここが第一の関門だ。あんたも冒険者ならそこでの手続きは分かるだろう?」
言われて、ルナはダンジョンからの退場時の手続きを思い起こす。
これまで何度も踏んできた手続きだ。
「ダンジョンでのドロップアイテムの一覧を提出する。ギルド職員がドロップアイテムの合計魔力量を測定する。一覧と測定量が一致すれば手続き完了よ」
他に細々、ダンジョン入場時の装備品との比較などもあるが、大まかにはその流れだった。
大規模なパーティで持ち出すドロップアイテムが多い場合、このドロップアイテムの一覧作成が結構な手間となり、冒険者からはかなり面倒がられている制度だ。
「実際、何度もこの確認を経験した冒険者からしてどうだ。ここをくぐり抜ける手段は思いつくか?」
「ええ。何組もの冒険者を確認するからか、どこも詳細な中身までは見ない。だから……」
ルナはムクロが酒を注いだ杯の横に、鶏肉をひとつ載せた皿を置く。
さらに、空の杯と鶏肉を二つ載った皿。
「鶏肉はまぁ、袋に詰まった魔石と仮定しましょ。一覧には『杯、鶏肉二つ』と記載する。実際には『杯、酒、鶏肉ひとつ』だったとしても、合計魔力量が一致していればそれはそのまま通るわ」
「まあ、そうだな。この関門についてはギルド職員側に協力者がいなくても通り抜けることが出来る」
若干、何か言いたげな表情をしつつ、ムクロはルナの説明に頷いた。
「⋯⋯さて。では次だ。魔力を保有するドロップアイテムは、必ずギルドが預かって査定することになっている。これが第二の関門」
「ギルド買い上げ、取引先への納入、冒険者自身での引取、そのどれを選ぶにしても一旦は預かりになるものね……」
「ああ。ここで一覧と実際の戦利品の差異はバレるはずだ。鶏肉が一個足りなくて酒があるぞ! とな」
実際のドロップアイテムを示す、杯と酒と鶏肉ひとつ。
一覧に記されたドロップアイテムを示す、杯と鶏肉二つ。
ルナとムクロの前に並んだそれは、実際のドロップアイテムと一覧のドロップアイテムの違いであり、査定役のギルド職員が見る光景と同じだった。
「つまりこの方法だと、この査定役のギルド職員に横流し犯の一味がいないと成り立たない」
「部外秘の情報もあるんでしょうけど、実際どうなの? 査定役に一人二人の横流し犯がいたとして、ギルドの内部的にそれは誤魔化せるものなの?」
ルナの疑問にムクロはしばし考える素振りをして答える。
「……可能だろうな。査定を行うのは調査局の連中だが、あいつらはきっちりに時間を守って担当するし、誰がどういったドロップアイテムの査定を行うかも決まっている」
ムクロは目の前に並んだ杯と鶏肉を指して言った。
「自分は杯の担当なんで査定しますね。あ、ついでに一緒に持ち込まれた鶏肉も」
そして、自分の手元に酒杯と鶏肉を持っていく。
「酒杯がひとつ鶏肉が2つですね! ——これで済む。お前の推理通り、魔導列車の部品に紛れ込ませていると仮定するなら、ある特定の時間に、大型ドロップアイテムを担当するギルド職員。とりあえず一人いればこの時点での誤魔化しは効く」
「第二の関門も突破できるってことね」
「ああ。問題はこのあとだ」
「この後は……ダンジョンの外に持ち出さないとならないわけだから、冒険者自身の引取か取引先への納入かのどちらかになるわね……」
思案するルナを見て、ムクロは笑う。
「そろそろ、前提を変えたほうがすんなり行きそうだと思わないか?」
「なんですって?」
「わからないか? じゃあまあ、続けて考えてみろ」
ルナは、目の前に並んだ酒と鶏肉を見て、その行く先を考える。
少なくとも、杯と琥珀酒は持ち出さなければならない。
では鶏肉は放置してよいか?
いや、鶏肉がギルド買い上げになると、今度はどう誤魔化しても「ギルドが保管する鶏肉の総量」がおかしなことになり露見する。
酒と鶏肉は同じ相手に渡らなければならない。
では、渡す際の問題点は?
「冒険者自身が引き取る場合は、アイテムは受付に回って、そこで引取品が間違いないか確認するでしょ……」
口に出してルナはその流れを確認する。
自分がドロップアイテムを引き取ると場合はどうだったか。その際に誰が受付担当になるかは固定できない。
その時間帯にドロップアイテムの引渡作業を行うギルド職員全員が横流しに携わっていない限り、一覧と実際の差異はここで露見する。
「ダメね、冒険者の引取という形での持ち出しは、関わるギルド職員が多すぎる」
なら、商店への納入の場合はどうか。
例えば、冒険者と商店が契約を結んでいて、特定のドロップアイテムがそのまま引き渡される形になっていたらば。
大手の商店との長期契約型クエストの場合、ギルドから専任の担当者がつく場合も多い。この専任担当者が横流し担当であるならば。
そこでようやっとルナは気づく。
「怪しいのは⋯…『輝ける道』?」
「気づいたか。最初にこの鶏肉を魔石が詰まった袋に例えた時点で気づくと思ったがな」
言って、もう例え話の用は済んだとばかりに、ムクロは鶏肉を頬張り、美味そうに酒を飲む。
「べつに巨大なドロップアイテムの中に隠す必要は無い。袋の中に横流し品を隠す。上から魔石を詰めて最初の関門を越える。長期の納入クエストを受注していれば査定から引渡しまで専任のギルド職員が担当することはザラだ」
「冒険者一組、商店との専任担当職員、グルになってる商店。これで一直線ってわけね……でもまさか、ルーク達が横流しなんて」
実に真っ当な冒険者に見えたし、横流しになど手を出さずとも中級の冒険者として稼ぎは安定しているはずだった。
横流しの品目によるが、死罪にすらなりうる犯罪に手を染める必要性がルナには見えなかった。
「まあ、一番関わる人間が少なく済む方法がそれってだけだ。実際に『輝ける道』の連中が関わってるのかは資産の動き諸々を突き合わせてコッチで確認するさ」
「じゃあ、ワタシの役目はこれで終わり?」
たった一日、三組のパーティの様子を見て、その内容を話す。
横流し事件の解明としてはあまりにもあっさりと物事が進みすぎている。ルナにはそう思えた。そう、例えば。《《最初から全貌が分かっていた》》うえで、形の上だけで確認をさせたような。
「いや。こうなったら最後まで付き合ってもらうさ」
「最後?」
「ああ。明日の予定は空けておいてくれ。逗留している宿屋は代わり無いな? 明日の朝一番にでも使いの者をやる」
ムクロは食べ終わった鶏肉、その骨を皿の上にカランと落とした。
「ルナ・リングハート。アンタには捕縛クエストに付き合ってもらう」




