1章 第6話 二人は酒場で会話する
落ち合う約束をした酒場は、繁華街の中でも悪所に近い場所にあった。
『輝ける太陽亭』という店の名前が間違いないことを確認して、ルナはその店へと足を踏み入れる。
入ってすぐに、厨房と一体になった卓があり、個別の卓は店の奥側にあるという配置の店であった。
「聞いても良い? ここでムクロって男と待ち合わせてるんだけど」
「いるよ。一番奥の席だ」
厨房に立つ店主と思しき、見事な禿頭の男に尋ねる。返ってきた答えに礼を言い、ルナは店の奥へと進んだ。
目当ての男を見つけるのに手こずった。
店が混んでいたこともあるが、その男があまりにも酒場に馴染んでいたからというのが大きい。
ルナがムクロ・スパルダの黒猫色の頭を見つけるのと、ムクロの側がルナに気づいたのはほぼ同時だった。
すでに飲み始めていたのか。その手元には空になった杯が三つほど置かれている。
「おう、来たか」
「異様に酒場が似合うわね。ギルドにいるよりもよっぽど」
「ありがとよ」
皮肉のつもりだったのが、思いの外にてらいのない表情で笑い返され、ルナは軽く面食らう。
そんなルナの様子に頓着することなく、座れ座れと自分の対面の席を指し示し、ついでに酒場の品書きを渡してくる。
「あんたもなんか頼め。客じゃない奴には厳しいぞ、ここの店主は」
「……では、黄金酒を」
「あいよ。おーい! 店長! 黄金酒一杯!それからオレには琥珀酒のおかわりだ! あ! あと鶏腿の煮物をもう一皿!」
「うるせぇ!そんなデケェ声出さなくても聞こえてるよ!」
怒鳴り返されても気にした風もなく、ムクロは苦笑していた。
「訂正だ。客にも厳しい」
そうして、杯に残った琥珀酒を飲み干す。
「それで……」
顔に酔いは現れていないが、この調子で飲まれて酔っ払われてはたまらないとルナは本題に入ろうとした。
ムクロはそれを手で制する。
「黄金酒と琥珀酒だ。鶏肉は少し待て」
なにかと思えば、ちょうど店主が酒の注がれた杯を持ってくるところだった。
受け答えの乱暴さの割に手際の良い仕事ぶりだった。
嬉しそうに杯を受け取ると、ムクロはそれを掲げて見せる。
「話の前に乾杯だ。冒険と生還に」
「冒険と生還に」
ずいぶんと古めかしい乾杯の音頭だと思いながら、ルナは応じる。
冒険者達が使った乾杯の音頭。それも迷宮がこの世界に生まれた初期を描いた冒険小説くらいでしか見ない表現だった。
ムクロはグビリグビリと、ルナは一口だけ、酒を飲む。
杯をおいてすぐに、これまでとは打って変わった性急さでムクロは話しだした。
「さて。じゃあ説明するとするか。なんでオレがあそこにいたかという話だが」
「待って。お酒まで頼んでおいてアレだけど、こんなところで話して大丈夫なの?」
「良いんだよ。こういうところのほうが案外。誰もが目の前の酒と肴に真摯に向き合ってんだ。隣の卓のことなんて気にしねぇよ」
ルナは周囲を伺う。混み合った酒場では、確かに声と声が重なり合い、個々の会話はよほど注意しないと聞き取れない。
「まあ、万全を期すならギルドに個室でも申請するべきなんだろうが……それだとこちらの動きがバレる」
「その言い様だと、ギルドが信頼できないように聞こえるけれど」
「組織そのものはな。ギルド長殿をはじめとしてみなさま清廉潔白にして勤勉実直な素晴らしい方々ばかりだ」
ムクロの皮肉げな口調は他意を感じさせるもので、ルナはそれについて引っかかりを覚えた。だが、続く言葉がその小さな引っ掛かりを押し流す。
「だが、全員じゃない。……ここのギルドに、《《魔具を横流し》》している奴がいる」
「なんですって!?」
魔具の横流し。それは重大な背信行為であった。
ギルド憲章にも、それに付随した様々なギルド内部法にも、そして国法にも反している。
そして目の前の男。ムクロ・スパルダ。
ギルド職員の身で、同じギルド職員の背信を追っているという事実が、彼の所属を物語っていた。
「つまりムクロ。あなたは……」
「お察しの通り。ギルドで一番の嫌われ者。内部監査局の人間だ」
言ってムクロは、懐の内側からギルドの職員証をチラリとのぞかせた。
普段身につけている冒険者管理局の所属ではなく、内部監査局の身分を示したそれを。
「所属の詐称には目を瞑ってくれ。これは内規で監査局員に認められたれっきとした権利だ」
「確かに堂々と監査局員を名乗って監査を行うのは、非効率だけど……」
公平にして中立を謳うギルドの人間が詐称を認めているという事実に、ルナは釈然としないものを感じる。
「悪をもって大悪を制すってやつだ。飲み込んでくれ」
そう言って、それが飲み込むべき悪徳そのものであるかの如く、ムクロは手元の杯から酒をあおる。
釣られるように黄金酒を啜ったルナは、顔をしかめた。この酒はこんなに苦かっただろうか。
「あんたにとってもっと嫌な話は、だ。この件には冒険者側にも協力者がいるってことだ。そして流通している横流し品の品目から見て、中層に潜れる実力のあるパーティが関わっている」
「ほんと、嫌な話が見えてきちゃった……」
中層に潜れる実力のあるパーティ。
そう。例えばルナが護衛を依頼した冒険者達のような
「そういうこった。あんたがオレに対して抱いた疑問のひとつがコレだよ。――あんたの護衛をしていた三パーティ。幾つかの傍証から、そいつらのうちどれかが冒険者側の最有力の容疑者だ」
「つまりあなたは、その尻尾を掴もうとして私たちを尾行していた?」
「そのとおり。オレは知っての通りギルド職員で、ステータス無しのレベル0だ。でもあんたらがモンスターを倒した後をこっそり追って監視することはできる」
しかし一緒に帰還の円柱に乗って帰るわけにもいかない。だからひとり残ったルナの後ろをついてきた。結果、二人は出くわすことになった。ムクロはそう説明をする。
そこまではルナにもなんとか納得できる。
ステータス無しで下層に潜り込むなんて、無謀極まりないが。
しかし、納得できない点が残っている。
なぜルナは、下層で黒鎧蟻程度に苦戦する羽目になったのか。
そしてなぜこの男は、その黒鎧蟻を倒せたのか。
言葉の通り、この男はレベル0なのにも関わらず、だ。
「半分はそれで納得してあげるわ。でも……」
その疑問をルナが口にしかけたちょうどその時、卓の上にドンと皿が置かれた。
「待たせたな。鶏腿肉の煮物だ」
「おっ来た来た! ここの鶏の煮物は最高だ。あんたもひとつはつまんでおけ」
腿肉の根本を何らかの発酵調味料と香辛料で煮込んだのだろう。湯気とともに食欲を誘う香りがルナの鼻をくすぐった。
「お前さんはここ数日毎度、同じ料理を違う女に同じ言葉で勧めているな」
「ったく。余計なことは良いんだよ」
呆れたように言う店主を、ムクロは顔をしかめて追い払う。
よもやと思い、ルナは店主が去るのを待って尋ねた。
「まさか横流しについて、誰彼かまわず聞いてまわっているの?」
「いや。いままで連れてきた相手は単に可愛かったから一緒に飲みたかっただけ。あんたとは違う」
「そうか。—―待って、その言い回しだと侮辱的な意味が出るわよ?」
「すまんすまん。あんたも可愛いよ。最高だ」
「オイ」
軽薄な褒め言葉に、ルナは低い声を出す。
ムクロはそれを横にやるように手を振ると「真面目な話」と前置きして語る。
「実際、今まで連れてきた相手からも情報収集はしていたがね。あんたにはもう一歩踏み込んだ協力を頼みたい」
「なんで私に?」
「そりゃあんたが今までで一番可愛かったから……怒るな。冗談だ」
今度は声ではなく視線に非難を込めると、ムクロは再び真面目な顔をとりつくろって話しだした。
「ひとつはあんたが優秀な冒険者で、ギルドからも冒険者連中からも一目置かれているから」
指をひとつ立てる。
「ふたつめはあんたが外部の人間で、ここの利害とは関わりが無いから。地元の冒険者だと、オレが監査局の人間だって話が伝わっちまうかもしれないからな」
二本目の指を立てる。
「そしてさいごのひとつ。オレはあんたへの報酬となる情報を握っている」
三本目の指を立てる。
その指の隙間から見えるムクロの瞳は、それまで見たことの無い真剣さがあった。
「なぜ、下層であんたの力が衰えたのか。そしてあんたが倒せなかった魔物をどうしてオレが倒せたのか。知りたいのはそれだろう?」
「悪辣ね。それを説明すると言ってここに呼び出して。今度はそれを報酬にするなんて」
先程までの戯れ混じりのそれとは違う、本物の非難の意図を込めてルナはムクロを睨みつけた。
対して、ムクロは潔白を訴える詐欺師のように両手をパッとあげてみせる。
「すまんね。実はそいつはかなりの重要機密に関わっているんだ。オレの一存では話せない。言っておくが、他のギルド職員に尋ねてもその答えは返ってこないぜ。それは確かだ」
そして、残り少なくなった琥珀酒の杯を掲げる。
「今回の一件が解決できたら、あんたを信頼できる冒険者として上に説明しやすくなる。そうすりゃ、オレも機密を話す許可を上にとりやすい」
どうする? と。杯を掲げながらムクロは尋ねる。
ため息をひとつつき、ルナは自分の杯を持ち上げた。
「分かった。協力するわ」
「よろしくな。ルナ・リングハート。共に冒険へ」
「……共に冒険へ」
最初の乾杯とは異なる音頭で、二人はカチリと乾杯をする。
共に冒険へ
それは「共犯者」という意味でも使われる言葉だった。




