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2章 第10話 装甲王女が求める刃

 ここで死ね。


 マルグリテの言い放ったその言葉は合図であった。


 帝国が上級冒険者、ブルッカの光刃から逃れた監査騎士団生存者、総計三〇名が、『瀑布の鉄弓』にて彼へと狙いを定めている。

 そも、指揮官たるマルグリテがわざわざ目立つようにしていたのも、騎士たちによる射撃準備のための時間稼ぎ。


 寸瞬の間に十数の鉄針を撃ち出す『瀑布の鉄弓』。針倉がすぐさま空になってしまうが、瞬間火力は恐るべきもの。

 それが実に三〇杖。リリリ、という発射前の秋虫の鳴く音が次第に高まり、瞬間瞬間に数百の鉄針が空間を駆けブルッカを引き裂く――《《ことは無かった》》。


「なんだっ!? 撃てない!」

「鎧が……重い!」


 騎士団員たちが手にした『瀑布の鉄弓』は一斉に秋虫音を止め、作動しなくなった。どころか、多くの者が膝をつく。


「何が……!?」


 さしものマルグリテもこの事態に動揺する。それを満足気に眺め、ブルッカは嘲笑する。


「ああ。そこの君たち、そこのお前ら、そこの雑魚ども。――バカが! お前らの意図なんざお見通しなんだよォ! 消去! 停止! 抹消しちまったよ! お前らの魔具も魔法もなぁ!!」


 ブルッカは笑いながら、魔具『破裂の刃将』を振りかぶる。魔石が輝き、その発動の兆候が見て取れる。


 監査騎士団は国内最強・最精鋭。攻撃予兆を見た瞬間に盾を構えて発動句(アクトゥ・ヴェリス)をすぐさま叫ぶ。


防御力多重強化フォルテ・アウグス・ドゥプラ!」

盾多重強化スクト・アウグス・ドゥプラ!」


 基礎防御力を多段的に上げる魔法と、盾の防御力をこれまた多段的に上げる魔法。二重の強化を盾と鎧のそれぞれに。それによって乱れ飛んだ『破裂の刃将』の光刃は容易く防がれる――《《ことは無かった》》。


 至極あっさりと、盾も鎧も斬り裂いて、光の刃を監査騎士たちの肉体を裁断する。

 幾つもの血飛沫が舞い、監査騎士たちの死骸が折り重なる。


「俺様はレベル75の上級冒険者ブルッカ・カルドント様! だが、もう! 俺様はレベルで計れる存在じゃあねェんだよ!! ギャハハハハハ!」


 楽しげに笑うブルッカとは対象的に、監査騎士団たちは激しく動揺していた。


「ステータス・オープン! ステータス・オープン!」

「なんでだ、ステータスが開かない!」

「魔法も使えない! スキルも! なにも!」


 突然、使えなくなった魔法。突然、失われたステータス。突然に消え去ってしまった力。

 国内最強・最精鋭の騎士たちが、親とはぐれて迷子になった子どもの様に狼狽える。

 そこに容赦なく振り注ぐブルッカの光刃。力を失った者に対する無慈悲な殺戮。否。そのような冷徹なものではない。ブルッカは全く陽気な歓喜をもって殺害を実行していた。


「お前らは魔法が使えない! 俺はなんでも使い放題! 良いねぇ、楽しいねえ! 『端末』とやらにされたときにゃあ世を恨んだが。違うね春だ! 我が世の春だねハハハハハッ!」


 笑う。笑う。嘲笑う。『笑う曲刀』の二つ名のままに、ブルッカ・カルドントは笑って殺して、殺して笑って。


 ついに、監査騎士団側の生き残りはマルグリテとそのそばに立つアストのみになっていた。


 部下たちが殺されている間。マルグリテはなんの指示も出さなかった。当初と逆に存在感を消していた。

 それは怯えゆえか。保身がためか。

 否。否。断じて否。

 薄紙のように斬り裂かれる部下たちの、死に至るまでの僅かな間。それこそ薄紙めいたそれを重ねて重ねて。出来た時間でマルグリテが行ったは観察。

 《《反撃のための、観察》》。


「さぁて、さてさてお姫様。残るはアンタらお二人だけだ。どうする? なにする? お楽しむ?」


 下卑た笑顔を貼り付けて、舐めるような視線でマルグリテとアストを見るブルッカ。

 更には監査騎士団たちが壊滅し、それまで瓦礫の中に隠れ潜んでいた犯罪者たちが立ち上がる。


 圧倒的強者であるブルッカという質的脅威。

 犯罪者たちという数的脅威。

 

 それを前にして、マルグリテはブルッカと犯罪者たちを見回し、数歩前へと歩み出る。

 ただそれだけの動作が、睥睨し、闊歩するとの表現が相応しいそれになる。彼女がマルグリテ・セヴェリナであるがゆえ。

 ブルッカ以外の犯罪者達、圧倒的優位であるはずの彼らが気圧される。


 歩み出る直前、マルグリテは背後に控えるアストに対して言葉少なに、小さく囁く。


「伝達。遠距離からの攻撃。射程距離。少なくとも自動発動ではない」


 マルグリテの観察の結果。

 ブルッカは魔具や魔法、そしてステータスの力を消去できる。

 そしてブルッカ自身は魔具の力を万全に使える。

 あまりに圧倒的。

 だが、無敵には及ばないとマルグリテは踏んだ。魔法の「消去前」と「消去後」がある。 『瀑布の鉄弓』は、途中まで作動を示す秋虫音を鳴らせていた。

 「消そう」とした結果、消えた。ならば、消去の効果が及ばない外側から。あるいは消去をしようという意識の外側から攻撃したらば?


 マルグリテの意図を汲み、注目を集めないようにゆっくりと後ずさるアストを隠すように。

 堂々と数歩進んだマルグリテは、得物である処刑刀を地面に突き刺す。


 その後の行動に、ブルッカも犯罪者たちも意表を突かれた。


 カチャリと。留め金を外して。マルグリテは着衣を脱ぎ始めた。

 装甲王女アルマタ・レギナフィリの二つ名の由来である、『赤の装甲飾衣』が脱ぎ捨てられる。

 その下にあったのは、高級であるが簡素な中着。動きやすさを重視したそれが、マルグリテの身体の均整を余すこと無く人目に晒す。


「おほ! ホントにここでヤッちゃうわけ? 降参? 命乞い? 身体は好きにして良いから生命だけはってか? 良いねぇ! 良いねぇ!! まずはちゃあんと命乞いを口にして、それからお口で――」

「お黙りなさいな。この道化」


 声を張り上げてはない。晩餐会で召使の粗相を咎めるような、さりげない口調でマルグリテは言った。

 それだけで、誰もが口を閉じ、耳を傾けずにはいられない。


「口ぶりから察するに。あなたの特異な力は《《最近》》、《《急に得た》》もの。そうで無ければとっくの昔に、貴方の性格上どこかで事件を起こしている。それがわたくしの耳に入らぬはずもない」


 マルグリテはゆっくりと、地面に突き刺した処刑刀へと手を掛ける。


「誰かから与えらた授かりものの力で吹き上がるその有り様はまさしく道化」


 処刑刀を地面から引き抜き、構える。

 『赤の装甲飾衣』を脱ぎ捨てたのは、どうせその力を消去されるから。であれば単なる重しは捨てたほうが良い。

 筋力値上昇効果のあるドロップアイテムの加護がない現状、処刑刀を構えるのも常のように軽々とは行かない。両手でどうにか切っ先を突きつける。

 その構えとて、ステータスを消去され、レベル14という力が失われたらば、続けられるかは怪しい。


 だが。それでも威風堂々と。マルグリテは叫ぶ。自身に注目を集め、時間を稼ぎ。密かにアストを離脱させ、援軍を呼び込むために。それが唯一の勝ち筋であるがゆえに。

 その策が時間稼ぎだとは露ほども感じさせない、自信と尊厳に満ちた顔にて口上を述べる。


「わたくしはマルグリテ・セヴェリナ。王国第一王女にして監査騎士団団長。人が呼ぶ名は麗しの処刑刀プルクラ・フェルルトリスマルグリテ」


 絶対ではないが。おそらく、ブルッカはマルグリテを殺せない。実力的にではなく、そう命令されているはずだった。

 肉の王冠としての自分の価値をマルグリテ自身が気づいていないはずがない。ブルッカの飼い主は帝国か、王国内の反乱勢力か。どちらにとってもマルグリテは生きていてこそ価値がある。

 もしかしたらば、多少、《《肉質が落ちる》》目に遭わされるかもしれないが。


 マルグリテは鉄剣色の髪をゆるくたなびかせ、爛と輝く天晶色の瞳をもって睨めつけ、告げる。


「わたくしの名を恐れぬのであれば! 《《かかって来なさい》》な! 相手になって差し上げます!」


「《《泣かす》》。殺すなと言われちゃいるが、いたぶって跪かせて、グチャグチャに――」


 格上から格下に向かって投げつけられるはずの言葉。圧倒的強者であるはずのブルッカが、圧倒的弱者のマルグリテによってそれを言われ、激昂する。

 手足の一本でも落としてやろうと、『破裂の刃将』を起動しようとし。

 そこで再び、声が響く。


「立派なもんだ王女殿下――いや、マルグリテ・セヴェリナ」


 マルグリテとはまた、異なる種類の《《威》》が込められたその一言。

 言い放ったのは事務員服のギルド職員。

 黒猫色の髪と同色の瞳を持つその男。


「だいぶ好きになっちまったよ。アンタのこと」


 ムクロ・スパルダはマルグリテの対面。ブルッカの大きく背後にいた。

 いつの間に移動したのか。マルグリテは思案し、「残ったのは二人」とのブルッカの言葉を思い出す。その頃にはもう、ムクロ・スパルダは誰に気づかれること無く移動していた。

 それは逃走も可能であったことを示す。だがムクロは逃げなかった。

 腰に()いた片手剣をスラリと抜き放つ。なんの魔具でもないはずのその刀身が日の光を受けて美しく煌めく。


 突然の闖入者、あるいは意外な生存者に対して、ブルッカの周囲にいた犯罪者たちが『鉄弓』を向けようとして。それより速く。


「この位置から始めるのが丁度いい。――行くぜ」

 

 土煙が舞った。その場の幾人かは、その光景が人生最期のものとなった。


 ムクロが奔る。銀閃が煌めく。あっけにとられる犯罪者たち。そのすぐ横をムクロが過ぎ去る。ほんの少しばかり、剣先を首の動脈に潜り込ませるおまけ付きで。


 それはあたかも。舞台の上で踊る舞姫が、踊る最中に観客が頬へとサラリと触れるかのような。ほんのひとときにして艶やかさすら香る交錯。

 その交錯が寸瞬の間に幾度も起こる。


 喝采の代わりに弾け飛ぶは血潮。ムクロが通り過ぎた痕には赤い称賛が巻き起こる。観客の生命を対価として。


 総勢三十四名の犯罪者が、寸瞬のうちに首の動脈を斬り裂かれ倒れ伏した。

 ムクロは一筆書きの軌道でもって、最大効率で舞台を整えた。


 そう、舞台。演者で無い者に立つ資格はない。

 ムクロは見据える。一人残り、曲刀を手にしたブルッカ・カルドントを。

 帝国が上級冒険者。レベル75。『笑う曲刀』。そして、ダンジョンの『端末』である男を。


 ダンジョンの『端末』が地上に出てくることはこれまで無かった。明らかな異常事態。ムクロは外見上の余裕に反して、大きな焦りを感じていた。

 そしてその焦りとは別のところで。

 殺戮機構として作動していた。


「お前さんには聞きたいことが山程あるが。人が集まっても面倒だ。すぐ死んでもらうぜ新人『端末』」

「テメ、端末のことをなんで――お前! あのジジイの言っていたムクロ!」


 ムクロが踏み込む。片刃剣を携え。

 ブルッカが構える。曲刀で迎え撃たんと。


 マルグリテはそれを見る。疑問とともに。


 なぜブルッカは『破裂の刃将』の機能を用いないのか。余程楽に片がつくはず。

 そして。ムクロとブルッカが交差するまでの数瞬の間に結論する。

 そうかなるほど。ムクロもまた、魔法の停止を使える。

 相互に魔法の停止を行使したらば、残る手段は近接白兵。剣技の腕が勝負を決す。


 マルグリテの思考がそこに至ったとき。


 ムクロはブルッカの背後にいた。片刃剣を振り抜いた態勢で。

 ブルッカは、曲刀を構えたままだった。 


「お前、強いぜ。オレが五〇〇年間で殺した『端末』の中じゃ――」


 ムクロが振り返り、語りかける。死者に向かって。その言葉を待つように、ゴロリと、ブルッカの頭が落ちた。

 

「《《最弱の一歩先》》ってとこだな」


 吹き出る血飛沫から距離をとり、落ちた頭部へムクロは剣を突き刺す。脳幹破壊。

 相手が弱ければ。反撃されても対処が容易で。弱い相手の死に顔ほどよく観察できる。驚愕と高揚が入り混じった顔。まさかムクロが《《好敵だとでも思ったのだろうか》》?


 呆れと倦怠、そして強い頭痛をおぼえ、ムクロは額を手で抑えた。



 そしてそんなムクロを見て。

 マルグリテ・セヴェリナは。構えたままだった処刑刀の震えから、自分こそが震えているということに気づいた。

 

 初めて人を斬り殺したときを超える興奮。

 『死』というあまりに決定的な変化を、自らの手で与える興奮は、連なり連なり、手繰った先に、自らの手で歴史を変えるという可能性へと興奮へと繋がった。


 マルグリテは処刑刀を降ろし、地面に突き立てる。

 剣が欲しかった。歴史すら切り裂き得る、剣が。


 手を伸ばした先に、マルグリテが求める剣があった。

 それこそはギルド戦力(ギルダ・ヴィレース)ムクロ・スパルダ。


 口の端から熱い吐息を漏らして、マルグリテは呟く。


「欲しい。なんとしても」




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