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2章 最終話 その生命体は決意せり


「それで? 先輩はなんて言ってきてるんですか?」


 レイテの問いにファラキア・エルフはすぐには答えなかった。

 二人がいるのは常のごとく。王都に存在する冒険者ギルドの秘密施設。

 レイテ、ファラキア、それに加えてルナ・リングハートの三人がそこには集っていた。


 話題の対象は手紙。

 監査騎士団の詰所で《《拘禁されている》》ムクロ・スパルダからの手紙だった。


 先ほどレイテがムクロから直接受け取り、ここまで持ってきたので盗み見られた心配は無い。


 手紙の一部を何度も目で追っていたファラキアは、指に力を入れ手紙をクシャリと歪めかけ、そして急に気づいたように顔を上げた。


 その顔には穏やかな笑みが浮かんでいる。手元の手紙は折りたたまれた。まるで見たくないものに蓋をするかのように。


「安心して。拘禁は事情聴取のための一時的なものみたいだから」

「それは先輩も言ってましたねー。なんか隣でおっぱいクソデカな女が監視してて。ろくに突っ込んだ話できませんでしたけど」


 現在、王都ではひとつの話題で持ち切りであった。

 犯罪者集団の摘発に際し、衛兵団と監査騎士団に大きな損害が出たからだ。


 殉職者の数は、合わせて200名近い。

 王都の住民たちは降って湧いたような惨事に動揺し、治安への不安を口にする。


 それが大きな混乱となっていないのは、民間人の死者が出なかったということがひとつ。


 そして衛兵団と監査騎士団に損害を与えた犯罪冒険者を、《《マルグリテ》》・《《セヴェリナが単騎で討ち取った》》という事実がゆえ。


 不安の裏返しのように、マルグリテの声望はかつてないほどに高まっている。


「で? 功績横取り王女にして先輩監禁恩知らず騎士団団長、厚顔王女マルグリテは先輩をどうするつもりなんです?」


 王国第一王女にして監査騎士団団長、装甲王女マルグリテに対して、レイテは「ぶーぶー!」とわざわざ口にして非難した。


 ファラキアがそれに対して答えを口にする。 


「それについては取引を済ませたわ。ギルドは監査騎士団による魔具の違法収集を咎めない。代わりにムクロが憲章違反のギルド戦力であることも見逃す。ついでに犯罪冒険者を討伐した功績も王女のものとなる」

「まあクソツヨ最強でワタシが愛する先輩が、上級冒険者を倒したなんてことを公にしたら元も子もないですもんねー」


 でもこれで先輩が帰ってくるまで戦力半減かぁ、とレイテが空を仰ぐ。


「前から疑問だったんだけど、ギルド戦力ってムクロとアナタしかいないわけ?」


 それまで黙っていたルナが口を開いた。座った長椅子の背もたれに背中を押し付けて空、というより天井を見上げたまま、レイテは足をバタつかせて気の無さそうに答えた。


「みんな死んじゃったんですよ。レイテ知ってるだけで30人以上かな? 対して新人さんは全然増えないし。人材不足はどの業界も変わらないですねー。世知がらーい」

「30人って、どうしてそんなに――」

「やっぱりダンジョン核の探索中に『端末』に殺された人が多いですねー」


 ダンジョン核。それについてはルナも説明を受けていた。


 ダンジョンを維持し、ステータスという偽りの力を人々に与え、モンスターを製造し、ドロップアイテムを配る。それら全てを行っているダンジョンの中枢。

 なんでも、恒星間侵略魔法とやらでそれがこの大陸のどこかに《《生成》》された結果、いまのダンジョンによる密かな世界支配は始まったという。


 逆に言えば。そのダンジョン核さえ破壊してしまえば、ダンジョンの支配を打ち破ることが出来る。

 ギルド戦力はその所在の割り出しに五〇〇年の時をかけているという。

 

《《その結果として訪れる未来》》についての懊悩にルナの心は捕らわれかける。ダンジョンを破壊することは本当に――。


 だが、続いてレイテの口から放たれた言葉でその思考は中断せざるをえなかった。


「あとは《《ギルド長が殺しちゃった》》んですよ」

「なんですって?」


 思わず、ファラキアの方を見やるルナ。対してファラキアは一瞬硬直した後、呆れたように嘆息した。


「誤解を招く表現をしないでちょうだいレイテ。――まあ、完全に的外れというわけでもないけれどね」

「どういうことなの?」


 疑問と不信が混じった視線をルナから向けられて、ファラキアが説明する。 

 

「人類による反抗や文明段階の向上を察知すると、ダンジョンは最悪の場合に全人類を抹殺してしまう。これは聞いたわね?」

「ええ。だから――この施設にあるような道具は持ち込めない」


 レイテから講義や訓練を受けている間。ルナはギルドの秘密施設で様々なものを目にした。


 例えば、魔石を使わない灯りや暖房器具。動力は電撃魔法のそれに近いものだという。

 他にも遠くの相手と会話ができる、電話機という機械。

 産水石を使わない洗面台や浴室、数え上げればきりがない。


 ダンジョンからのドロップアイテムをなるべく廃して生活が出来るようにギルドの施設内は設計されていた。

 食料品などは例外であるが、魔石が用いられているものに関しては徹底的に排除されていた。

 ルナからすれば、ときおりかなりの不便さや、面倒くささを感じるものもある。



 だが、それでもギルド施設でドロップアイテム排除が行われる理由。 

 大半は問題無いものの、魔石を用いたドロップアイテムには何らかの監視機能が突いている恐れが捨てきれず、こちらの動きが筒抜けになってしまうからというのが一点。


 そして一点は、《《ダンジョン排除後の世界》》を見据えての技術開発。 


「そう。この施設にある道具の幾つかは、ダンジョンによる文明監視に引っかかる恐れがあるわ。そして《《道具そのもの》》でなくとも《《道具を持っているという情報》》が伝わるのも危険。たとえば――死体の脳から」

「だからワタシたちはダンジョンに潜るときお薬を飲むんですよ。死んじゃったときと、一定時間が経過したときに、《《自分の脳を破壊する薬》》を」


 ファラキアの言葉を継いだレイテは、そう言ってケラケラと笑う。

 ダンジョンで死んだら脳破壊。探索時間が長引いて地上にある解毒薬を飲むのが遅れても脳破壊。地上では寝取られで脳破壊。こわいよこわいよー、と。


「だから。帰らなかった一部は確かに。私が飲ませている薬で死んでしまったのかもしれないわね」


 悼むようなそぶりで瞑目するファラキア。


 ギルド戦力の者たちが歩む過酷な道行きに、ルナは知らず、つばを飲み込んでいた。果たして、自分はそんな戦力になれるのだろうか。


 悩むルナをよそにファラキアは話を戻した。


「ちょうど私達の戦力不足について、ムクロからの手紙に打開の可能性が書かれているわ。正確には戦力ではなく、監視の目を増やす方策についてと、それが緊急を要するという事実について」


 ファラキアはムクロの手紙に書かれた、二つの重要な情報をレイテとルナに伝えた。それこそが、彼女がムクロからの手紙を何度も読み返し、紙を歪めるほどに握りしめてしまった理由。


 ひとつめ。

 ダンジョンが『端末』を地上に送り込んできたという事実。


 これはこの五〇〇年間一度も確認されていなかったことだ。ギルドの秘密施設にでも潜入されて、現在の文明を超過した技術をダンジョン側に認識されたらば。明日にでも世界は滅ぶかもしれない。


 ふたつめ。

 王国第一王女マルグリテ・セヴェリナとの共闘についての提案。


 『端末』が地上での活動のために帝国を利用していると思しき現状。そしてどちらにせよムクロがギルド戦力であることを知られてしまった以上、排除や口封じよりも情報開示をしての協力をしたほうが良いのではないかというムクロからの提案。

 

 その二つだった。

 ひとつめの情報は、ルナを、そしてレイテですら緊迫させるのに充分なものだった。そしてふたつめも大きな転換点となる。

 冒険者ギルドの裏の顔。ギルド戦力はこの五〇〇年間ずっと暗闘を続けてきた。そこにはじめて加わる外部勢力。それも一国家の王族。


 レイテが極めて緊張した表情で言った。


「レイテちゃんの寝取られ感知器官がビンビンに反応しています。マルグリテ・セヴェリナ。こいつは特大の寝取り女だとね!」


 ファラキアとルナはレイテを丁重に無視し。ムクロが戻った後に再びこの件について話し合うことを約して、その日は解散となった。


◆ ◆ ◆


 ルナとレイテが去ってから。

 ファラキアは一人自室でムクロからの手紙を読み返していた。

 彼女の顔には、なんの表情も浮かんでいない。


 ――停滞していた事態は動き始めている。これまでと同じではいられない。

 ――マルグリテ・セヴェリナは危険ではあるが、協力者として極上だ。


 よく知るムクロの筆致で書かれた文章。そこには、彼なりの表現でマルグリテ・セヴェリナを絶賛する内容が幾つも記されていた。

 

 無表情のまま手紙を読み終えると、ファラキアは手紙を二つに破った。

 さらに四つ、八つと、機械のような正確さで手紙を裂いていく。

 だが手紙が千々に細かくなるにつれ、指の動きに乱れが生じ。ついにファラキアは自分の爪で指先を傷つけてしまう。


 元は手紙であった紙くずの中に、指先から伝った血の雫が落ちる。

 

 それでもまだ。ファラキアの顔にはなんの表情も浮かんでいなかった。


 しかし、表情に反してその胸中では。

 以前ルナ・リングハートの瞳の色に、アルギッタのそれを思い起こして抱いた感情、それに数倍する激情が荒れ狂っていた。


 だが、それもほんの暫く経つと、凪ぐ。

 そういう機能をファラキア・エルフは持っていた。


 そうであるように《《設計されていた》》。


 ファラキア・エルフは人間ではない。


 転生者を名乗った賢者ローゼンクロイツ・パラケルススによって設計・製造された『人類教導個体』である。


 明晰に回転する頭脳。

 ローゼンクロイツの持っていた知識。

 不老の肉体。

 冷静さを即座に取り戻すように設計された脳機能。

 そして人類種に対する奉仕精神を機能として刻みつけられた人造生命体。

 それこそがファラキア・エルフ。


 哲人独裁と腐敗しない官僚制を目指して作られた人類教導個体ホミニ・ドゥクト・ユニタスファラキア・エルフ。

 魔法の行使ができないことと、生殖能力が無いことを除けば、無欠とも言える完璧な人造生命体。 

 《《そうなるはず》》だった存在。


 無表情のまま。

 そして凪いだ心のまま。

 全く冷静にファラキアは呟いた。



「売女が。どいつもこいつも。売女どもめ」


 『増産』をする必要があるとファラキアは感じた。

 必要になるだろうと確信していた。彼女とムクロの世界を守るために。


2章完

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