2章 第5話 その騎士団は虚名にあらず
ダンジョンから算出する食料そのもの。もしくは実りをもたらす肥料そのほか。これまたドロップアイテムによる保存期間の増加と、魔導列車をはじめとする流通の改善。
その恩恵により大陸世界の大部分の人々が飢えとは無縁になりつつある。
ダンジョン出現以前は違った。凶作のたびに多くの人々が飢えて死んだ。
では当時の施政者たちが凶作に備えて何もしなかったかといえば。意外なことに愚王と呼ばれる者であってもその過半が凶作・災害に備えた食料備蓄行っていた。
しかし。賢王の治世、愚王の治世を問うこと無く。それらの備蓄は十全の効果を示し得なかった。
要因は多数あれど。共通する大きな原因がひとつ。
《《動かない在庫があるときは、必ずそれを横流しする者が出る》》からだ。
その法則は食料以外にも適応される。
現在の大陸世界ではそう。一般の保有・流通・使用が禁じられ、国家に収め続けられるドロップアイテム——危険魔具。
「監査騎士団だ! 諸君らには危険魔具を保有している疑いがある! 速やかに縛につき取り調べを受けよ!」
凛としてた声を響かせるのはマルグリテ。普段の口調と異なる、監査騎士団団長として犯罪者と対峙するときの厳しい口調。
それだけで、並の乱暴者程度であればすぐさま投降しただろう気迫。
だが、今回はそうはならなかった。
「たった数人たぁ舐めやがって!」
「どうせ捕まったら死刑なんだ! やってやるよ!」
30人を超える犯罪者達のねぐらに踏み込んだのはたった5人の監査騎士と、無力なギルド職員が1人。
その数の差。更には犯罪者たちが手に握った魔具の存在が彼らを強気にさせていた。
手に持つのは危険魔具——『無弦の鉄弓』。本来であれば衛兵団などの治安関係者にしか所持と使用が許されないはずのそれを、半数以上の犯罪者が手にしていた。
「抵抗の意思を確認した。これより無力化に移る。—―かかれ!」
号令とともに、マルグリテと3人の監査騎士が飛び出す。
1人は大盾を構えたまま動かずにいた。
その大盾に守られながら。『無力なギルド職員』たるムクロ・スパルダは捕縛の様子を観察し、そして感嘆した。
ムクロにしてみれば。世のほぼ全てのステータス持ち――冒険者たちの戦闘は児戯の様なものだ。
やれ体力値だ、防御力だ、属性相性だなどといったものに惑わされ、極大攻撃魔法だスキルだ言ったものを撃ち合うそれを、どうにも本気で見ることは出来ない。
だが、その時の監査騎士たちの動きは、戦闘の組み立てとして優れていた。
まず監査騎士達は三方に散った。それにより犯罪者たちの持つ遠間武器――『鉄弓』の狙いが分散する。これによって高密度の鉄針の弾幕をぶつけるという犯罪者たちにとって最大の勝ち筋が失われる。
そして絶え間ない移動によって『鉄弓』の射撃を回避しつつ、脅威度の高い相手を的確に見極め、無力化していく。
無論、監査騎士の側も、ステータスと装備による防御の安全幅があればこそ、そういった突撃が行えるのだろうが、それにしても脅威の判別が見事だった。
手にした魔具――強い電流を飛ばす『痺電の長杖』によって犯罪者たちは次々と昏倒させられていく。
そんな中で何より目を瞠るのが、マルグリテ。
装甲王女の二つ名の由来となっている『赤の装甲飾衣』によって筋力値こそ大きく増強されているが、そのレベルはわずかに14。
『鉄弓』の一撃を受ければ即座に致命傷となるはずであるのに、その突進に怯えるところは全く無い。
そして更には、ただの突進ではない。
(踏み込みが良い。綺麗に相手の死角に入り込んでいる)
ムクロは胸中で、マルグリテを評する。
大きく首を巡らせないと視認できない位置、相手の斜め後方へ鋭く踏み込み、そして手にした処刑刀を振るう。
パリン、と体力値が削りきられたステータス持ち同士の戦闘特有の音が響く。
(ただ体力値を削っただけじゃねぇ。相手の重心を見極めて、確実に姿勢を崩す位置に当ててる)
よしんばステータス的な体力値や防御力の関係で、相手に傷をつけられなかったとしても、確実に相手の次の行動を封じ得る攻撃。
マルグリテは的確にそれを選択していた。
そして。振り抜いた一撃目を引き戻すことはせず、そのまま遠心力に委ねて一回転。刃の軌道はあらかじめ打ち合わせでもしてあったかのように、相手の首を真横に薙ぐ。
魔具では無い鉄塊じみた処刑刀なれど、強化された筋力と遠心力により加速したそれは、容易に頸部を断ち切った。
犠牲者の身体に残された無傷の心臓は脳に血液を届けようと健気に鼓動し、結果吹き出る柱のごとき血の奔流。
その血を一滴も浴びること無く、マルグリテは次の獲物へ踏み込み、回る。
そして再び首が断たれて、血柱が立ち上がり、遺骸は崩れ落ちる。
傍目に見れば。マルグリテが回るたび、血の花が咲く凄惨なる舞踊の様で。
「ふふっ」
(息継ぎじゃねぇ、笑ってやがる)
麗しの処刑刀との二つ名が決して誇張で無いと示すが如く。マルグリテが咲かせた鮮花、実に八輪。
(ただ者じゃねえとは思っていたが、想定以上だ)
『赤の装甲飾衣』によって引き上げられた筋力値を完璧に制御し、踏み込み、斬撃の目算、体重移動の全てにおいて高度に完成されたマルグリテの戦闘技術は、ムクロをして驚嘆させた。
果たして人々がレベルやステータスに頼り切るようになってからというもの、マルグリテの域に達した者が何人いただろう?
(そしてあの副官の女も見事だ)
ムクロが注目したのはマルグリテだけでなかった。会談をしたときに控えていた副官の女性。翠緑色の髪をした冷静な雰囲気の彼女もまた、ムクロを感心させていた。
(マルグリテが楽しく踊れるように、全体の盤面を整えていたのはアイツだ。確か……アストとか言ったか?)
この摘発現場に訪れる前に紹介を受けたが、その際にはまったく注目していなかったのでうろ覚えだった。だが、実際はどうだ。
(敵と味方。動き続ける全体を常に把握して、マルグリテを動きやすくし。遠くから撃とうとした相手は片付けてやがった)
更に。ムクロは倒れ伏している犯罪者達に目をやる。一番最初に昏倒させられた二人が転がっているが、それはムクロが雰囲気や話しぶりからこの犯罪者達の頭目と渉外と見た相手だった。それを副官アストもまた見抜き、最初に昏倒させた。おそらくは《《マルグリテが残り全員殺しても良いように》》。
代表者さえ生きているならば、取り調べという目的は達することが出来る。総じて見るに、アストという副官は状況を整える能力が極めて高い。
流石は国家最精鋭の騎士団と言うべきか。
「どうですムクロ・スパルダ? ギルドの監査局員から見てわたくしたちの戦いぶりは?」
感心しているムクロのもとに、踊り終えた――殺し尽くしたマルグリテが近寄ってくる。副官のアストは残った部下を指揮して昏倒で済んだ犯罪者達の拘束や、資料の押収の手配を進めているようだった。
「流石としか。気の利いた返しは期待しないでいただきたい。あいにくとギルド職員なもので」
捜査の指揮よりもムクロとの会話を優先する姿勢に警戒を覚えつつ、ムクロは応じる。口調については他の騎士団員がいることもあり、やや丁寧さを意識した。
「でもムクロ・スパルダ? あなたも剣を帯びていらっしゃるじゃない」
「地上産のナマクラですよ。ほら。魔石もついてない」
前回の会談は当初『出頭』という扱いだったために帯剣していなかったが、今回のムクロは剣を下げている。
何かこちらを測っているらしいマルグリテの前ではずっと丸腰でいようかとも考えたが、常のムクロの調査が済んでいる中で急に帯剣しなくなるのもいらぬ勘ぐりを招くかもしれないと剣を帯びることにした。
「わたくしの剣も地上産ですわ。今では逆に珍しいかもしれませんわね。そちらの剣に何か謂れは?」
「単なる骨董品ですよ。まあ、格好つけですね」
ムクロの片刃剣に興味を示すマルグリテ。
非常に鋭い直感を持っている彼女に刀身を見られれば、ムクロのそれが人を斬ってきたものだと看破されるかもしれないと危ぶみ。話題を変えることにした。
「そういえば騎士団長殿はレベルを抑えているとか。それなのにあの動きは素晴らしいものですが、何か理由が?」
「ああ。よく聞かれて、普段は適当に誤魔化すのですけれども――」
ムクロの露骨な話題変えに気づいたのか気づかなかったのか。それすら窺わせずにマルグリテは答える。あなたにだけ特別ですわよ、と。
「モンスターを倒すより、人を斬るほうがよほど楽しいから」
「それはまた……」
確かに、正直に答えないほうが良い発言だった。マルグリテの感覚自体は否定しないムクロであっても、一般的な常識の範疇ではどう答えるべきか実に迷う。
「モンスターって倒すと灰になるでしょう? あれがなにか《《作り物の玩具めいていて》》、興が乗りませんの」
「……倒した実感には欠けるかもしれませんね」
当たり障りの無い返答をしながらも、ムクロはマルグリテの感性の鋭さを内心で称賛する。ある意味で。ダンジョンによる欺瞞を直感的に見抜いているとも取れるからだ。
そこで、マルグリテが話題を変える。
「——ところで。アルノーで横流し摘発が行われる数日前。《《数杖の》》『鉄弓』を使った犯罪者同士の殺し合いがあったことはご存知かしら?」
「ええ。——どこかのバカな奴のお陰で、横流しは露見した」
あの時点では。ギルドの意向は騒ぎをなるべく穏便に収めることだった。大量の横流しが発覚すれば、ギルドの敷く安定が揺らぐことになる。
それを、ムクロが表沙汰にしてしまった。その判断時自体は後悔していないが、愚かでもあった。その判断の結果として、いまこうして王女殿下の捕物につきあわされている。
「ええ。そのような自制心の無い輩の手にすら『鉄弓』が渡ってしまうことが、この横流しの規模の大きさを物語っていますわ。だから、わたしくも死体を見分しましたの」
ムクロは捕物を公に行った自らの愚かさを悔やんだが。
続くマルグリテの言葉に、《《悔やむべき状況は更に前にあった》》と気付かされる。
「いかにも乱戦であったかのように無数の傷がついていましたけれども、その殆どが死後につけられたものでしたわ。ご存知かしら。生前つけられた傷と、死後につけられた傷では、血の流れ方が違いますのよ。わたくしの見立てではそう——《《凄まじい手練れによって》》、《《全員が一撃で殺された》》」
そう告げられてもムクロは冷や汗ひとつかかない。
マルグリテは鋭い。ならばそれくらいの推察をしてみせることに驚きは無い。
だが戦慄はあった。
「そして、何者かが同士討ちに見えるように死後、偽装を行った。ああ。この件は確か、ギルドから通報があったのですわね?」
マルグリテは言外にギルド戦力の存在を示唆してみせた。
否。
ムクロとマルグリテ。二人の間にある、相手の知性に対する一定の信頼のもとであれば。それは声高々に指摘したのと等しい。
これはマルグリテによる、ギルドに対する弾劾。
冒険者ギルドを、ひいてはギルドがもたらす安定を揺さぶっても構わぬという表明。
「帝国に歴史を動かしたがってるやつがいるとアンタは話しちゃいたが。《《どうやらこの王国にも一人いるらしいな》》」
「まあ恐ろしい。《《一体どこにいるのでしょうね》》」
ムクロの黒猫色の瞳の中にマルグリテの姿が映る。
マルグリテの天晶色の瞳の中にムクロの姿が映る。
しばしあって。
ムクロは粗野に。マルグリテは優雅に。それぞれ笑った。
「摘発はこの一件では済まないでしょう。《《しばらく》》、《《お付き合い頂くことになりそうですわね》》」
「ああ、オレも《《最後まで見届けたくなった》》」
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