2章 第6話 学びは常に痛みを伴い
「あ! 先輩先輩来てくれたんですね! あなたの筆頭愛人レイテちゃんのもとに!」
「ちょっとレイテ! 模擬戦の途中でしょ!」
その鍛錬場にムクロが入室すると同時、レイテ・レノは顔を輝かせて駆け寄ろうとし。
レイテと対峙していたルナ・リングハートは構えていた木剣を強く握りしめてその有り様に抗議した。
「じゃあ、終わらせます。レイテちゃんの勝ちで模擬戦は終わりっ!」
喋りながら。
レイテは自身もまた両手に持っていた木剣――やや短めで小剣ほどの長さのそれを、投げ放つ。
軽い動作で放たれたそれは、その動作とは裏腹に急激な加速で以ってルナへと射出される。
投擲技量の範疇で説明できない加速。
それはレイテの得意とする『物体投射』魔法によるものだった。
猛烈な勢いで迫る二本の木剣。
一本目をどうにか木剣で弾いたルナだったが、防御が上がったところにやや遅れて投げ放たれた木剣が飛来し、その腹部に直撃する。
「ごはっ!?」
防具越しとはいえ高速で飛来した木剣に腹を強かに打たれ、こらえきれずにルナは自身の木剣を取り落とし悶絶する。
それをチラリとだけ一瞥し、レイテは何事も無かったかの様にムクロに抱きついてくる。
「ずっと私のことを放ったらかしして! レイテちゃんは水に入れたらお湯が湧くほどに火照る身体を持て余しちゃってましたよ! どうするんですか!? レイテちゃんで沸騰させたお湯で羽根車を回すレイテちゃん発電が電力源として採用されたら先輩は責任とれるんですか!」
「仕方ねぇだろ。このところずっと王女殿下に付き合わされてたんだ」
「そんな!? あの女とは別れたって、もうレイテしか見えないって! 先輩そう言ったじゃないですか! レイテちゃんの美貌と愛嬌と献身を貪るだけ貪って結局最後は金と地位がある女に走るんですか!?」
レイテの頓狂な物言いはいつものことなので、ムクロは無言で彼女を引き剥がした。
王女殿下――マルグリテによる犯罪組織摘発は一回で終わらず、ムクロはその都度に冒険者ギルド側の監督者として呼び出されていた。
この日ようやっと時間が出来て、レイテによるルナへの鍛錬の進捗確認を行いにギルドの特殊施設を訪れてたのだった。
一般のギルド職員は訪れることも、それどころか存在すら知らないその特殊施設は非常に堅固な造りになっていた。
壁材は鉄筋と混凝土、更に鉛の層、そして鉄板での覆い。それは外部からの侵入を拒むと同時に、内部で発生した事象を外部に漏らさないためのもの。
なにせ内側に何があるか、何が行われているかが世間に露見すれば。
否。ダンジョンに露見したならば。
ことによればそれは、《《人類滅亡の引き金となり得る》》がゆえ。
そんな特殊施設の一角に設えられた訓練場。その床にうずくまるルナへとムクロは声をかけた。
「どうだ。少しは強くなったか? 魔法は何か使えるのか?」
「『身体強化』と『妨害魔法』は、安定して発動できるようになったわ」
打たれた腹をさすりながら、ルナが答える。
「ほう、大したもんだ」
ムクロは本心から感嘆する。
もとより、程度は低く、成功率も高くなかったと言え『おまじない』という形で『身体強化』魔法を使っていたルナである。『素質』はあると思っていた。だが安定した発動までにはもう少し時間がかかるとも踏んでいた。
『身体強化』と『妨害魔法』その二つさえ習得すれば、ステータスや魔具に頼っている相手であれば一方的に圧倒できるし、同様の『本物の魔法』を使う相手であっても、少なくとも同じ土俵の上には立てる。
だが。であれば今のルナ・リングハートの有り様はどういうことか?
「だとしたらなんでレイテの『物体投射』を防げなかった?」
明らかにルナとレイテの間合いはお互いの魔法の射程圏内であった。であれば『妨害魔法』を用いればレイテの『物体投射』魔法の発動は防げたはずである。
ならば。ルナは魔法の射程が極端に短いのだろうか。《《逆の者がいるように》》。
「ルナリン格好つけないでくださいよー。まだまだ同時発動は全然できないじゃないですか。『身体強化』と『妨害魔法』の二つが同時に使えてやっと安定して使えるって言うんですよ」
「ああ。そういうことか」
ムクロはそれを聞き安堵する。
魔法の並行発動は困難だが、『魔法妨害』は魔法の素養があるものにとってはひとつの数に入るものではない。魔法の理屈としてはそうだ。
問題はそれ以前にあると彼は見た。
「よし。おまえら模擬戦だ。魔法は『身体強化』だけ。そして《《喋りながら戦え》》」
「えー。なんですかそれー?」
「おそらく魔法云々以前に、ルナは並行作業が苦手と見た。魔法の鍛錬はそれはそれでするとして。喋りながらの戦闘訓練で並行作業に慣れろ」
「そんなことで、二つの魔法が同時に使えるようになるの?」
「助けのひとつにはなるさ。ついでに、喋りながら別のことを考えるのにも慣れろ。そうすれば強敵と対峙したとき、会話で時間稼ぎをしながら策を巡らせることもできる」
やって損は無いと言い放ち、ムクロは二人の模擬戦を観戦するべく下がった。近頃誰かの戦いを見てばかりだな、などと思いつつ。
レイテは気楽げに、ルナは不承不承といった様子でそれぞれ木剣を構える。
先攻はレイテだった。二本の木剣を逆手に持ち、素早く飛び込んでの連撃。
「キミ可愛いねぇ! どこ住み? てか冒険者やってる?」
「住居はここ! 冒険者は籍だけは残っているわ!」
レイテの連撃を防ぎながら、ルナが答える。それを見てムクロは嘆息する。
「おい、もう少し頭を使う会話しろ。酒場で口説かれてる馬鹿女じゃないんだからよ」
「バカの主体は私なワケ!? 話を振ったレイテのほうでしょ!」
「レイテちゃんはいつだって知的で素敵で無敵ですよ! でも先輩だけには弱いの、女の子だもん!」
木剣による応酬が続く。一見互角に見えるが、レイテの側が防ぎやすい攻撃をし、また逆にわざと隙を作って打ち込ませているのはムクロの目からすれば明らかだった。
指導する側の余裕を崩さず、レイテが話題を変える。
「ついでに一般教養の復習もしちゃいましょう! ああこの時短技術! レイテちゃんったら素敵な主婦の素養が留まるところを知らない! ――賢者ローゼンクロイツの仮説によれば、魔法文明はその理解度によりいくつの段階に分けられる?」
「な、七段階!」
言葉の調子を転じるのと同時に、レイテはまた踏み込みも鋭いものとする。低く前傾した姿勢で防具に覆われたルナの脛を打とうとし、ルナはそれをどうにか防ぐ。
「ではその七段階とはそれぞれどの様なものですか?」
「それはっ、魔法の存在に気づいていない魔法以前、痛っ」
余裕で話し、余裕で距離をとり、そしてまた再び攻撃をするレイテに対して、ルナの側は対処と会話に精一杯だった。腕に木剣の一撃を貰う。
すぐに出来るように成るものではないと思いながら。ムクロはレイテの問いに胸中で回答していた。
魔法の七段階とはすなわち。『無魔法』『個人魔法』『体系魔法』『情報魔法』『律侵魔法』『魂魄魔法』。
現在のムクロ達は、素養ある個人のみが魔法を扱える、属人的な第二段階『個人魔法』と、魔法の理論が体系化され誰もが魔法を使える三段階目『体系魔法』の中間にいると捉えることが出来る。
あの《《自らを転生者と称した規格外の賢者》》の手によって理論だけは『情報魔法』の領域に至っているが。実証はできていない。
『情報魔法』の行使は、同じく『情報魔法』によって感知される。そしてそれはダンジョンが人類を危険視して《《一挙に滅ぼす引き金》》として有力なひとつだ。
ムクロが考えを巡らせている間に、ルナは同様のことをたどたどしく返答し、そしてレイテに打ち据えられていた。更にレイテは別の問いを続ける。
「では、科学と技術の相関について問います。ダンジョンが危険視する科学の発展はどの段階で、どんな技術の保有を以ってそれを推察するでしょう?」
「えっと、光のなにかで、望遠鏡! 望遠鏡はダメ!」
「ハズレ! 正解は相対性理論! 想定される監視対象は電子計算機!」
ダンジョンが監視しているのは、人類の魔法理論の発展のみではない。科学と技術の発展にも目を光らせている。ただ、理論科学の発展はその感知が困難だ。
ではどうやって感知するか。
それは技術の監視によってだ。
ムクロは思い出す。かつて自らを含む四人と一体へ講義したあの奇矯な賢者を。
『望遠鏡という技術によって、万有引力の法則という科学が実証された様に。相対性理論という科学が引き金となり、原子力爆弾という技術が開発された様に。科学の発展と技術の発展は別物ではあるが、相互に連動する』
賢者ローゼンクロイツ・パラケルスス。自分で命名したというその名を名乗る男はそう語った。
転生者云々という話は、正直眉唾であったが。まさしく別の視座を持っていたことは間違いなかった。
あの天才がいなければムクロらはダンジョンによる支配に気づくことも出来なかったし、出来たとしてもそれがどういうものか理解できなかったろう。ファラキア・エルフに至っては《《存在すらしていない》》はずだ。
ムクロの追想が、その先に至ろうとしたとき。
レイテとルナの模擬戦が決着を迎える。
散々に打ち据えられたルナが、レイテからの一撃を腕に受けて木剣を取り落としたのだ。
「よし。そこまで。良い動きだったぞレイテ。だが逆手持ちは同格以上相手には止めとけ。防御されたときに剣を取り落とすことがある。ルナは、まあよく耐えた。引き続き——」
散々な敗北に加えて、ムクロが言外に「ルナはレイテより格下」と告げたことが堪えたのか。悔しげな様子のルナを見て。
「引き続き頑張れ」とだけ言おうとしていたムクロは言葉を変えることにした。
「その無力感も今のうちだけだ。強くなれるよ、ルナ・リングハート」
「——本当にそう思う?」
ムクロを見上げるルナの瞳。その黄玉色の輝きに、柄にもないことをムクロは言いかけ。
ちょうどそこに、鍛錬場の扉を叩く音が響いた。「入っていいですよー」とレイテが答えると、ギルドの連絡員が顔をのぞかせる。
「ムクロ・スパルダ氏。監査騎士団から連絡です。おそらく、また摘発への帯同要請かと思われますが……」
「ああ。いま行く」
ムクロはルナとレイテに背を向けた。
どうにも、ルナと話していると調子が狂う。
意識してムクロは思考を切り替えた。
果たしてマルグリテは王国内の反乱勢力、ひいてはその裏で策動する《《帝国の何者か》》の尻尾を掴めたろうか。
そしてマルグルテは果たして、尻尾を掴むだけで済ませるだろうか?
そのまま掴んだ相手を壁に叩きつけるかもしれず。
そのときギルドは。否。ムクロ・スパルダはどうするべきか。
まだ答えは出なかった。先制の一撃を加えるべきかの判断も、また。




