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2章 第4話 刃と王女は邂逅す


「疑問に思うことはございません? 都市国家連合、帝国、そして我が王国。どうして国家はギルドにこれほどの権限を与えているのかと」

「ギルド憲章をお読みになれば分かるでしょう。後援国家、後援国家、後援国家。しつこいくらいに国家に対しての配慮の文章がある。我らはあなたがたを蔑ろにしないと」


 王都。王国監査騎士団の本部。

 実質的な王国最強戦力が集うその場所にムクロはいた。


 想像していた査問会、あるいは尋問じみたものは無かった。代わりに目の前に一人の女が座っている。その女はムクロとの雑談を望んだ。


 それ以外には護衛だろうか。副官と思しき女がもう一人。起立して静かに控えている。


 とはいえ、目の前の女一人で、生半可な尋問よりも強い圧力を放っていた。あるいは威厳と言うべきか。


 女――王国第一王女にして王国監査騎士団団長マルグリテ・セヴェリナはムクロの返答に満足していない様子だった。不満というより、物足りなさを覚えている表情で聞き返してくる。


「あら。ギルドの監査局の人間が抱く見識はその程度ですの?」

 

 ムクロはどう答えるべきか一瞬悩み。必要のない限り下手な嘘や隠し事をしないほうが良いと考え。思うままを話すことにした。


「では付け加えさせていただきましょう。逆です。国が冒険者ギルドに権限を与えているのではありません。冒険者ギルドが国に権限を与えたのです。歴史に興味はおありですか?」

「まあ! 仮にも国家で責を担う人間にそれをお聞きになりますか? それでも、あえて答えるのであれば《《興味しかありませんわ》》」


 さも気分を損ねたと言いたげな口調だったが、マルグリテは笑っていた。ムクロもまた、この王女殿下はそれを聞いてどこに話を持っていくつもりなのかと興味が出てきていた。


「ならば、これはお互いの知識の一致をたしかめるだけの作業になりそうですね。ダンジョンがこの大陸に発生した500年前。都市国家連合の片隅にある一都市国家で冒険者ギルドは産声を上げた。ここまではよろしいか生徒(プリオル)マルグリテ?」

「ええ。教師(メントル)ムクロ。どうぞお話を続けて」


 この即興劇めいたやりとりを心底楽しそうにマルグリテは受けた。

 王女の信任を受けたムクロは続ける。当時を思い出しながら。


「今でこそ恵みを与える穴という扱いのダンジョンですが、当初は災厄そのものだった。入口から這い出るモンスターを倒すため多くの者が挑み、そして散っていった。戦いで得られた知見を無駄にせぬように、そして得られたドロップアイテムを有意に使うため。ギルドはそれを共有・管理し、その有用性を高めていった。ギルドに所属する冒険者は最初、護り手として。そして次第に——どんな商人にも勝る稼ぎ手となった。そこで冒険者ギルドは《《もうひとつのもの》》を管理するようになった。ご存知かな生徒(プリオル)マルグリテ」

「もちろんですわ。教師(メントル)ムクロ。――それは《《税金》》」

「その通り。冒険者たちからドロップアイテムを買い上げ、その対価を与える際に、最初から税を抜き、収める役割を担うようになった。税を預かったギルドはそれを収める先として――自分たちに都合の良い相手を選んだ」


 ムクロは『都合の良い相手』の末裔である女を見た。女は頷いた。


「かつて徴税官であった地方領主たちは力を失い、税は中央へ集中した。――違いますわね。ギルドが税を収めた先が、中央となった」

「都市国家連合は例外として、群雄割拠していた領地・小国は帝国と王国へと集約された。そしていざ強大となった両国がギルドからその権限を奪い去ろうとしても」

「その混乱は国家の弱体化を招く。もう一方の国がそれを見逃すはずもない」


 そう。こうして現在の国際情勢は成立した。都市国家連合に至っては、一都市国家一ダンジョンという形態に落ち着き、各地の冒険者ギルド支部が殆ど官僚機構を代行している様な有り様だった。この安定は――あるいは依存は、生半可なことでは崩れない。


「やはり、認識の一致を確認するだけになりましたね、王女殿下ルルストル・レギナフィリ

「あら、今の私は……まあ、良いでしょう。では認識が分かれそうなお話をしても良くて?」


 本題が来たとムクロは感じた。歴史に興味しかないと言った女はこう尋ねた。


「歴史を作るのは、突出した個人か。それとも環境か。今のお話であれば、冒険者ギルド創設者ファラキア・エルフとダンジョンそのもの。どちらが今の状況を作り出したと言えるでしょうか?」


 歴史に対する、比較的ありふれた命題。しかしムクロにとってみれば、あまりにも身近な話題。


「両方、だろうな。特に変化を個人が集約し得たときに、人はそれを歴史と認識するもんだ」


 思わず丁寧な言葉づかいを忘れて、ムクロは自身の考えを告げていた。

 すぐにそれに気づき、言葉遣いを正そうとする。その前にマルグリテは言った。


「言葉は崩して構いませんわ。ムクロ・スパルダ。あなたが普段どういった言葉遣いかは存じておりますから。それよりここまで丁寧に、そして知見に富んだお話が出来る方が意外でしたわ。調査だけでは分からないものですわね」


 マルグリテはチラリと、そばに立った副官と思しき——翠緑色の髪をした若い女を見る。その女が調査を行ったのだろうか。ともあれムクロの普段の口調や無能なギルド職員を装っていることを含めた調査まで済んでいるとなると、やはりこれはただの雑談であろうはずがない。


 ムクロはこれまでの丁寧な調子を捨てて、常の口調で話しだした。


「いけないなお姫様。アンタみたいにキレイな女に崩れて良いなんて言われたら、男はどこまでも身持ちを崩しちまうもんだぜ」


 マルグリテはその言葉に、むしろ楽しげに笑ったが、そばに立つ副官と思しき女はピクリと眉を動かした。むしろ王女殿下への無礼に対してそれだけの反応で済ませただけ、その副官らしき女は冷静なのかもしれなかった。


「ところで私も同意見ですわムクロ・スパルダ。状況と突出した個人が揃ったときに、歴史は動く。そして―—隣国にも同じ意見の方がいて、その方は自身が突出した個だと信じて疑わない。その方の思い上がりのせいでわたくしはさんざん汗を流すはめになりましたわ」


 困ったことだと笑い、そしてマルグリテは冷然と付け加える。


「まあ、血を流すほうは好きなので、困りませんでしたが」

「今までのあんたの粛清。帝国工作員排除のためか。——今回のアルノーの一件も帝国が絡んでいると?」


 マルグリテの威圧を気にすることもなく、ムクロは本題へと切り込んだ。それまで楽しげにしながらも、楽しげという表情で感情のそこを窺わせなかったマルグリテがほんの少し、意外そうな表情をしてから、瞳に興味の色を覗かせて答える。


「そうですわね。今回も帝国が絡んでいます。でも、《《横流し先は帝国ではない》》」

「王国の市場に流れていたのは、5連発式『無弦の鉄弓』」

「ダンジョンから持ち出されたのは、もっと威力の高い装備」


 ダンジョンから横流しされた装備は、市場に流れ込んでない。市場に流れ込んだのは、横流し品を手に入れたことで不要となり、そして横流し品を買うために手放された装備。


「5連発式『無弦の鉄弓』を制式採用しているのは、王国衛兵団」

「そう。《《帝国にそそのかされた》》、《《王国内の反乱勢力》》。アルノーの一件の裏には、黒幕が二枚かかっていたわけですわ」

「更に言えば、あんたの部下の監査騎士団の中にも反乱勢力がいる」

「ええ。嘆かわしいことに。ところでそれは調査の結果でして? それともあなたの推察?」

「残念ながら推察だ。アルノーでの捕物。冒険者全員殺害は、口封じとしか思えない」

「本当に残念ですわ。調べがついていれば手間が省けましたのに」


 嘆息して。マルグリテは告げる。

 ここまでくればムクロにも自身が呼ばれた理由が推察できた。

 なにせ黒幕はどちらもギルドの安定を崩すことを望んでいる。この件に関してだけはギルドは敵でない。すくなくとも告発した監査局の人間は。


「これからわたくしは、信頼できる手勢だけを使って国内の犯罪組織を叩きに叩きますわ。そこから取引先の反乱勢力をたぐる。その捜査の正当性を担保する第三者として。同行していただけますわね?」

「ああ。分かったよ」


 マルグリテの提案は、まったく道理が通っていた。

 横流し事件の真相解明のため、道理を説いて協力させる。


 ムクロは既視感を覚える。それもそのはずだった。

 つい先日、彼自身がやったこと。

 ルナ・リングハートを計るためにとったのと同じ手法。


 では今回、計られるのは?


「よろしくお願い致しますね。ギルド職員ムクロ・スパルダ」


 王国第一王女。

 監査騎士団団長。

 麗しの処刑刀プルクラ・フェルルトリスマルグリテは、そう言って艶然と笑った。




先行していたカクヨムに追いつきました。

以降は更新タイミングを一致させ月・水・金の20時更新

ただ2章最終話のタイミングで更新停止し、以降の話は他サイトでの掲載に絞る可能性があります。


次話「2章 第5話 その騎士団は虚名にあらず」

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