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2章 第3話 ギルドが長の提案せしは

 ファラキアの私室に入ってすぐ、ムクロはいつものように背もたれ付きの長椅子へと乱暴に腰を下ろした。

 その隣に、ファラキアがそっと腰掛ける。


 長椅子の前にある背の低い机に、ムクロは持っていた箱を置いた。その仕草だけは、とても丁寧に。


「それで、大事な話って?」

「グラウだ」


 尋ねるファラキアに、ムクロは短く答えた。ファラキアが目を見開く。


 もう一度。箱の表面を静かに撫でてムクロは言う。


「グラウだった」

「——ああ、そんな、ムクロ」


 ファラキアが気づかわしげにムクロの腕に触れる。


「いつものように解析してくれ。ただそれが終わったら。——丁寧に埋葬してやって欲しい」


 俺の友を。

 言いかけたその言葉をムクロは飲み込む。

 果たして、自分にそれをいう資格があるのか?


 その箱の中に収められているのは、グラウの頭部。『端末』を殺害したときの常としてムクロはそれを持ち帰っていた。


 ファラキア・エルフが《《継承》》した技術を用いることで、死骸の脳から情報を得ることができる。

 

 ムクロたちは知る必要があった。ダンジョンの情報を。なにより『ダンジョン核』の所在地を。それだけが、彼らにとり唯一の勝ち筋であるがゆえに。


 ほんの少し、ムクロに触れた手を離すのを惜しむようにしてから。ファラキアは人を呼んだ。グラウの頭部が納めされたそれを預けるために。扱いについて詳しく言いつけることも忘れない。


 それを待つ間。

 普段であればムクロは酒を飲んでいた。ファラキアの部屋にはムクロが来たときにのために様々な酒瓶が用意されている。


 だが今回ばかりはそんな気分にもなれなかった。妙に痛む頭を押さえながら、思考をもてあそぶ。


 グラウと対峙し、彼を殺害したことを思う。


 かつてから続く根強い悔恨があった。絶えたことの無い滾る怒りがあった。今この瞬間にも深い悲しみがあった。

 同時に、《《グラウと対峙したという事実》》が示す、わずかな希望もあった。

 それにムクロは、激しい自己嫌悪を覚えていた。

 芽生えた可能性に対する、怯えと焦燥があった。


 やはり、酒で一度感情を鎮めるべきかとムクロは迷う。


 そうしている間に、諸々の手配を済ませたファラキアが彼の隣に再び座る。

 その細い指が伸ばされ、ムクロの頬に触れた。

 体温の低いその指はひやりとした感触で、僅かムクロの気持ちを静めてくれた。それが分かったのかの様に、ファラキアは指を離す。


 次いでファラキアは二、三度口を開き何かを言おうとして。一度強く口を引き結び。そうしてから決然として言った。


「これは、良い傾向よ」

「ああ。そうだな」


 グラウへの悼みも、ムクロへの慰め口にすることなく。言い放たれたのは冷徹な判断。


「最も古く、最も強い『端末』の一つであるグラウを使わざるを得ない状況に追い込んだ。そう見ることができるわ」


 それはムクロの考察と一致していた。


 ダンジョンは、本当の魔法を使える者の殺害ないしは端末化に二つの方法を用いる。


 一つは、ステータスの加護を切ること。多くの者はそれだけで徘徊するモンスターに敗北する。かつてルナ・リングハートが下層で殺されかかったときのように。


 そして二つめ。

 ダンジョンの与えるステータスの恩恵が受けられない状態で生き残った強者の元に、『端末』は派遣され。そして新たな『端末』を増やすか、殺害を行う。


 ムクロはそんな『端末』達を斬り伏せ続けてきた。500年間、営々と。


「そして。グラウの脳を解析できれば今までに無い新しい情報が手に入ることも期待できるわ」

「いつもの如く脳幹は破壊しちまったがな……」

「それは仕方がないわ。それこそいつものごとく、掬い上げられる情報を掬うだけよ」


 ダンジョンが行う『端末化』は脳幹付近に新たな器官を創出する。それを破壊しないとたとえ脳の過半を吹き飛ばしたとしても身体を動かし襲ってくるかも知れない。実際、過去にそれで危機に陥ったこともあった。


 ふと、ムクロは思うことがあり。呟きを漏らした。


「オレらは。グラウを殺して、ろくろく悼む時間すらとらないで、その死がもたらす利を話してる」

「そうね。でも。だからこそ、私と貴方は共に歩んでこられた。違う?」


 むしろそれに誇りすら抱いた表情で、ファラキアが微笑み、ムクロの指に、自らの指を絡ませた。


 ムクロ・スパルダは自身を殺戮機構として定義づけている。

 ファラキア・エルフは元より政略機構として設計されている。


 二人は隣り合い、噛み合う一対の歯車だった。一組の機構として、二人は分かちがたく結びつき。500年間、その機構は作動し続けてきた。


「……そうだな」

「でしょう? でも貴方は近頃、活発に動き過ぎよ。そんなことではすぐに疲れきってしまうし、それに——」

 

 絡ませた指を開き、閉じ、擦り上げながら。ファラキアは口にする。


「国にも目をつけられる」

「アルノーの一件、何か見咎められたか?」

「ええ。それより前から何か勘づいていたのかもだけれど。貴方に王都の監査騎士団への出頭命令が出てるわ。騎士団長じきじきに、よ」

「装甲王女マルグリテか。光栄だね」


 世情に疎いところのあるムクロだったが、流石にマルグリテのことは知っていた。


「本命が貴方——ギルド戦力なのか、それとも横流し事件の黒幕なのか。そこまではわからないけど」


 ファラキアがムクロの胸に額を押し付けるようにして、囁く。


「拗らせると厄介なことになるわよ」

「そうだな。拗らせた女は厄介だ」


 目前にある、ファラキアの偽銀色の髪を眺めやりながらムクロは答えた。


「それでね。提案があるのだけれど」

「聞こうか」


 ファラキアは、ムクロの絡めた指に強く力を込めた。逃がさないとばかりに。

 押し付けていた顔を上げ、ムクロの口に自らの唇を近づける。


 そうして。ムクロの内へと注ぎ込むかのように。提案した。


「ルナ・リングハートを殺しましょう」

「アホか」


 ムクロはファラキアを軽く押しやると、その額を指で小突く。


「痛いわ……」

「一応聞いてやる。どういう想定だ?」


 呆れたように嘆息し、額を押さえながらムクロは尋ねた。

 ファラキアは不貞腐れたように答える。


「ドロップアイテムの横流しの件。こっちでは誰が主体かとっくに把握してるわ。だからそれをあなたが全部始末して、そこにルナ・リングハートの死体を転がしておけば。ね?」

「ルナの奴がステータス喪失したこともごまかせる、監査騎士団の調査もすぐに終わってこちらへの追求も止められるってか?」

「ええ。名案でなくて?」


 深くため息をついて。ムクロはむしろ心配するような調子で言った。


「疲れてるのはファラキア。お前のほうだろ。わざわざ騒ぎを起こしてまで確保したギルド戦力候補を、その騒ぎを鎮めるために殺してどうするんだよ。それに、ルナのやつとオレが接触していたことも調べればすぐ分かる。結局追求は止まらない。なんの利益もねぇじゃないか。 《《人類教導個体》》の名が泣くぞ」

「だって……」


 それまでの大人びた態度が嘘のように。ファラキアは唇を尖らせて見せる。


「あの子の瞳、キレイな黄玉色だったわよね?」

「……何が言いたい」

「アルギッタにそっくりな瞳の色だったわ」


 ムクロはその問いに言葉に答えなかった。彼自身、答えを持ち得なかったゆえ。

 代わりに別のことを言った。


「監査騎士団に出頭してくる。王女殿下のご下知に従ってな」







次話「2章 第4話 刃と王女は邂逅す」更新 本日5/6 20:00

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