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2章 第2話 元・冒険者は深淵を知る


「貴女がルナ・リングハートね。はじめまして。私はファラキア・エルフ。冒険者ギルドのギルド長を担っている者よ」

「はじめまして……」


 アルノーから馬車で出立して二日後。

 レイテによって引き合わされたのが、目の前の女だった。

 ギルド長ファラキア・エルフを名乗る彼女は、偽銀色の髪と目をした非常に美しい女性だった。そして、ルナの目から見てとても若く見える。

 ギルド長という職責を担うのには明らかに若すぎるように思えたし、何よりも。


「でも、確かギルド長は男性だった気がするけれど」

「そちらはギルド総本部長よ。よくある勘違いだけれども、ギルド組織の説明はおいおいしましょう」


 そう言って、ファラキアは着席を促した。

 ルナとファラキア、そしてレイテがいるのは、王国が王都。その倉庫街にあるギルド所有の倉庫の一室だった。

 王都は現在のギルド本部がある場所で、てっきりそこに連れていかれるものとルナは考えていたが、実際に連れていかれたのがここだった。

 レイテ曰く『裏の仕事』の拠点とのことで、なるほど確かにギルド戦力なる憲章違反の者たちがギルド本部内で活動するのは何かと障りがあるのだろう。


 室内は、倉庫の中とは思えないほど小奇麗であった。

 豪奢ではないが高級感のある円卓を前にして三人は座する。


「正直、あなたの扱いには悩んでいるのよ」


 席についてすぐ、ファラキアはそう切り出した。


「ギルド戦力の候補、そう聞いているけど?」

「ムクロはそのつもりで貴女を拾ってきたのでしょうし、結局はそうするしかないのでしょうけど。表向きの立場が、ね……」


 拾ってきたという表現に、犬猫ではあるまいしと引っかかりを覚えたルナだったが、そこは流し自分の立場を思い起こす。


 ルナ・リングハートはレベル65の上級冒険者で、各地のダンジョンを訪れ自己強化のためのドロップアイテムを収集している。


 主な活動範囲である王国内では、広く顔と名前を知られているし、上級冒険者を特集した雑誌類などがあるせいで帝国や都市国家群でも一部の者はその名を知っている。


 であると同時に。ルナはムクロによってステータスを取り除かれており、冒険者証の登録ではレベル65であるのにもかかわらず実際にはレベル0であるという歪な状態でもある。


「冒険者として顔と名前が知られている以上、ムクロやレイテ達のように、表向きギルド職員として雇うということは不可能だわ」

「確かに、ギルド憲章第六条に真っ向から反してるわね⋯⋯」


 そこでふと、ルナは疑問に思う。

 ギルド憲章違反のギルド戦力。世界に秘して動く抵抗者たち。


「ちょっとそもそもの話をさせて。なんでわざわざ、こっそり動いているわけ? ギルド長なんて権力があるんだから。三大国家と共同して大々的に事に当たれば良いじゃない」


 ギルド憲章第六条は謳う。


 その条文はこうだ。


 冒険者ギルドは独自の戦力を保有しないものとする。

 ギルドは軍備を持たず、いかなる軍事行動も行わない。脅威への対処はすべて、後援国家の戦力、あるいは後援国家から依頼を受けた冒険者によって行われるものとし、ギルドは仲介者としてのみ存在する。


「脅威への対処。その、恒星間? なんとか魔術への対処なんて。まさしく後援国家に頼るべき状況なんじゃないの?」


 ルナの疑問に対してファラキアはすぐには答えなかった。レイテのほうを向き呆れたように尋ねる。


「レイテあなた、二日も移動の時間があって基本的なことも説明していないの?」

「だってー。ルナリンって虚弱なんですもん。移動中ほとんど撃沈状態でぐったりで。ろくに説明する余裕なかったんですよ」


 それまで退屈そうに自分の毛先をもてあそんでいたレイテは不貞腐れたように答えた。


「虚弱……」


 そう指摘されたルナであったが、否定できなかった。

 レベル65の上級冒険者としてステータスの加護を受けていた状態から、素の肉体に戻ってみれば、ルナの身体は長時間の馬車移動による振動ですら疲れ切ってしまう体たらくだった。

 レベルもスキルも全て嘘というこの世界の真実を突き付けられた精神的衝撃もまた大きい。


「ルナリンの疑問にいまちゃちゃっと答えるとですね。ダンジョンは自分の隠れた支配にわたしたち現地文明が気づいたと判断したら。——その文明を《《全力で滅ぼしちゃうんですよ》》」


「滅ぼすって……例えばモンスターが溢れ出す、スタンピードとかで?」


 ルナは、階層主級のモンスターが大挙して地上を襲う情景を想像し身震いした。

 だがファラキアとレイテはそんなルナを、むしろ何か《《微笑ましいもの》》でも眺めるかのように見た。


「なくはないかもですけど。もっと一発で致命的に全人類が滅びるようなやつだと思いますよ。ボンと《《星そのものが爆発》》するとか」

「ダンジョンの行っているドロップアイテムを生み出す機構から想定すれば。地表の窒素を《《全て一瞬にして液体に相転移》》させるような真似もできると思うわ」


 レイテとファラキアがそれぞれ挙げた『滅ぼし方』は、規模が大きすぎてルナには全く想像がつかなかった。

 ファラキアが言っていることに関しては単語の意味からして分からない。

 しかし何か致命的なことが起こるということだけは伝わって来た。


「高度に発達した魔術は、魔力さえ確保できればほぼ《《なんでもできる》》。これがダンジョンを作った者たちの動機にもつながっているのだけど……この話は長くなるからまたの機会にしましょう」

「とにかくあんまり大規模に反抗すると一発でみんな死ぬってことだけ理解してくれれば大丈夫ですよ」


「ええ……とりあえず今は納得することにするわ」


 いま理解できず、そして理解しなければならないことが大量にあること。それが理解できた。


「なんにせよルナさんはこっそりこそこそ動く担当になりそうですねー。とりあえず表向きダンジョン下層で死んじゃったことにして——」

「ねえレイテ。わたしは考えたのだけれど」


 ルナの今後について、レイテとファラキアがそれぞれ話し出そうとした。

 その時。部屋の扉が開け放たれる。


「おう。揃ってるな」

「ムクロ……」


 現れたのはムクロ・スパルダだった。ひと抱えほどある箱を脇に持っている。

 レイテは「先輩先輩!」と椅子から立ち上がり、ファラキアは「早かったわね」とほほ笑んだ。


 そんな二人を半ば無視するようにして、ムクロはルナを見据えた。

 ムクロの黒猫色の瞳が、ルナの黄玉色の瞳を捉える。

 この男にこうまでまっすぐ見られたことはあったろうかとルナは思った。


「悪かったな。真実なんてもんに巻き込んで」


 謝罪。それも、常の斜に構えた揶揄するようなそれではない、真摯なものだった。

 ルナはどう応じるべきか迷う。確かに。ルナは上級冒険者としての立場も、ステータスも奪われ、選択肢なく拉致されるようにして、真実を叩き込まれてしまった。


 恨むべきだろうか。恨むべきだろう。知らなければルナは、もっと気楽に生きることができた。

 だが同時に思い出す。すでに一度この身はムクロに救われているのだと。

 あの下層で、ムクロに出会ったとき。

 思い返せばルナはダンジョンによってステータスの加護を奪われていたのだろう。

 あのままモンスターと戦っていれば、ルナは死ぬか、あるいは『端末』とやらにされていた。

 それを、ムクロが救ったと今ならば理解できる。

 そのムクロが、ルナに尋ねる。


「選べる選択肢は少ない。それでも聞くぜ。ルナ・リングハート。お前はどうしたい?」


 ルナをどうするか、を話していたファラキアとレイテと違い。ムクロはルナに聞いた。ルナはどうしたいかと。


 それに対する答えは、自然とルナの口をついていた。


「知りたい。選択を間違えないように。そして強くなりたい。選択肢が増やせるように」


 未知を既知に変え、力を蓄え前へと進む。冒険者とはそういうものだからと。ルナ・リングハートは答えた。


「——ああ、そうだな」


 しばし絡み合っていた二者の視線は、ムクロの側からそらされた。

 気を取り直すようにして彼は声を張り上げる。


「レイテ! とりあえずお前が教えてやれ。知ってること全部」

「仕方ないですねぇ。筆頭愛人として新しい愛人を教育してあげましょう」


「愛人じゃねぇよどっちも」

「愛人じゃないわよわたしは」


 おどけた調子で応じるレイテに対して、ムクロとルナの声が重なる。

 思わずルナは笑いそうになり——ファラキア・エルフの顔を見て、笑顔が萎む。


 どこまでも冷たい視線で、ファラキアはルナを睨んでいた。

 しかし、瞬きをする間に、それは消え去っていた。ルナは、先程の視線は錯覚だったのかと、自分の目の方を疑った。

 ファラキアは笑って、レイテへと指示を出す。


「そういうことなら仕方ないわね。レイテ。ルナさんの滞在と、鍛錬する場所の手配をして頂戴。身分の偽装に関しては追々話し合いましょう」

「承りましてー」


 崩れた敬礼をするレイテ。「それじゃ行きましょう!」とルナの手を取り部屋の外へと歩み出す。


「そうだファラキア。別件で話がある。——大事な話だ」

「ええ。私の部屋に行きましょう」


 退出するルナの背後でそんなやり取りが聞こえた。





次話「2章 第3話 ギルドが長の提案せしは」更新 本日5/6 18:00


カクヨムに追いつかせるために本日3話更新です。

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