2章 第1話 王女マルグリテ
2章開始します
【ギルド憲章 第二条】
冒険者ギルドはドロップアイテムの査定および管理を担う。
ギルドはダンジョンから産出されたすべてのドロップアイテムについて、公平中立の立場から査定・接収を行う権限を有する。公共の安全を脅かすおそれのある物品については、後援国家と協議のうえ保管または封印を行うものとする。
◆ ◆ ◆
この大陸世界で最大の権力者は誰か。そんな問いがあったとして。
ギルド総本部の本部長、ゲントリス・ストリリウスという男の名は真っ先に候補にあがることだろう。
冒険者ギルドの予算や規約は、各後援国家の代表から成り立つギルド評議会によって決せられる。
対して、ゲントリスが総本部長をつとめるギルド総本部は、冒険者ギルドの実運営を担い、評議会に対して独立した執務権と、そして拒否権を有している。もっとも、評議会と総本部が表立って対立したことはなく、総本部が持つ拒否権が発動されたことは一度として無いのだが。
二者の関係は、言うなれば口うるさい母親と聞き分けの良い成人した息子に近い。
息子には独立した人格もあり、母親の言いつけを破る選択肢もあるが、今まではそうしたことはない、という関係。
《《したことはないが》》、制度上この大陸に存在する全国家の総意に対してすら否を突きつけることができる立場、それがギルド総本部長であることは揺るぎない。
しかし、ギルド総本部長であるゲントリス・ストリリウス当人には、自身が権力者であるという認識はなかった。
ひとつには、冒険者ギルドという組織に求められているのが公正・中立であり、権力者よりも監督者・調整者としての側面が大きいという点。
そしてもう一つ。
世間では、そしてギルド評議会の評議員の中にすら誤解している者がいるが。
《《ギルド総本部長は、ギルド長ではない》》からだ。
更に言うならば。
「あら、こちらは地上産の葉かしら」
「はい。王女殿下はダンジョン産より地上産をお好みになると聞きまして。用意させていただきました」
「ギルド総本部長殿。今日のわたくしは王女としてではなく監査騎士団の団長としてここにいます」
「失礼しました。騎士団長殿」
目の前に座った女の柔らかな声に潜む冷徹さに、ゲントリス・ストリリウスは冷や汗をかいた。
自分は断じて権力者などではない。気を遣う相手が多すぎるし、この女のような威厳を出すこともできない、と。
ゲントリスの前に座るのは、王国の第一王女にして王国監査騎士団団長の肩書を持つ女、マルグリテ・セヴェリナであった。
王族に共通した天晶色の瞳は優しげで、冷ややかと称されがちな鉄剣色の髪も柔らかく結われている。
だが、身にまとっているのは各部が装甲された特殊な飾衣。『赤の装甲飾衣』と呼ばれるドロップアイテムであり。彼女がただの優しいお姫様などではなく、紛れもなく戦う者であることを示していた。
現国王が、自国の監査騎士団の長として第一王女であるマルグリテ・セヴェリナを任命したとき、多くのものが失笑した。
ときに、高レベルの冒険者を取り締まる必要のある監査騎士団は、国内最強・最精鋭の騎士団である。
王から溺愛され、『愛らしき宝珠』とその美貌を謳われた姫君が座る椅子としてあまりにふさわしくない。
隣国である帝国では、皇太子が監査騎士団の団長をつとめていることからも、その重要性が知れよう。その職責に求められる資質は、将来国を背負って立つほどの器。
あるいは王は、愛娘を嫁に出したくないがために、監査騎士団長という肩書を利用したのではないか。そんな推測を口にするものもいた。
マルグリテ・セヴェリナの監査騎士団長就任から三か月もしないうちに。
王を笑うものはいなくなった。
王の顔もまた引きつった。
三か月の間に。
マルグリテが、自らの手で斬殺した犯罪冒険者、その数は8名。うち3人はレベル50を超えていた。
更には、騎士団内の綱紀粛正のため15名の監査騎士を誅殺。
これもまた、彼女が自らの手で実行した。
これには流石に抗議の声が上がったものの、冒険者ギルドと共に歩むようになって以来、飛躍的に強化された王権と、誅された騎士たちの素行の悪さもあって大きな問題とはならなかった。
驚嘆すべきは、マルグリテのレベルであった。
王侯貴族の多くが参加するダンジョン親征にほとんど参加しなかった『優しい姫君』であるマルグリテのレベルは、わずかに14。
そして。筋力値を大きく向上させるドロップアイテムである『赤の装甲飾衣』をこそまとっているものの。用いる得物はただ一振りの処刑刀であり。
それは《《宝剣ではあるが》》、《《魔具ではなかった》》。
かつて周辺を支配していた暴虐なる支配者の首を落とした歴史があるだけの、ただの巨大な鉄の塊。
体力値という安全幅もほとんどなく。スキルによる剣技に頼ることもなく。
唯一ドロップアイテムによって底上げされた筋力値を、天性としか言いようのない身体感覚で操り、幾つもの首を落とした怪異じみた女傑。
愛らしき宝珠との二つ名は今や遠く。彼女を呼ぶ声には畏れが混じる。
装甲王女マルグリテ。
麗しの処刑刀マルグリテ。
血まみれ真珠マルグリテ。
そしてそれでもなお。彼女は深い敬愛を受けていた。いや。圧倒的敬意と言ってもよい。
綱紀粛正を経ての監査騎士たちは彼女に強烈な忠誠を尽くし、自分たちの上に立つ王族が強いことを民は尊んだ。
直卒の配下と国民から圧倒的支持を受ける、実力ある王族。
その一挙手一投足からは、静かに、だが確かに迸る威厳があった。
「今日はアルノーでの一件についてお話をしに参りました」
茶器を置き本題に入ったマルグリテに対して、ゲントリスもまた、心のなかで背筋を伸ばす。実際の背筋はもとより張っていた。
「ギルド職員が不正に関わっていたことに関しては、誠に申し訳なく思っています」
「大変に遺憾なことですわ。でも、告発もまたギルドの監査局からとのことで。公正・中立を謳うギルドの自浄作用が働いていることには安心いたしました」
「寛大なお言葉、ありがたく存じます。再発防止と事態解明に全力を尽くすことをお約束します」
今回、アルノーで発覚したドロップアイテムの横流し事件は、冒険者ギルドにとって大きな失点だった。
細かい不正やドロップアイテム流出は、今まで何度も起こっている。そのたびに、支部長級の人間が謝罪してきた。しかし、今回は規模が規模だった。なにより摘発が派手に過ぎた。
そして、その摘発に関しては、ギルドの側から監査騎士団に言いたいことがあった。
「しかし犯人全員死亡ということもあり、全容解明には時間がかかりそうです。ギルド職員は服毒、商店の側も衛兵団が到着したときには職員たちは自害していた。そして―—」
ゲントリスの目の前にいる女、マルグリテが長を務める監査騎士団が乗り出した現場でも横流しを行っていた冒険者が全員死亡している。
「冒険者たちも交戦の末に全員死亡。捕縛の手法がいささか乱暴に過ぎたのではないでしょうか?」
そのせいで尋問も行えず、物的証拠の殆ども、冒険者たちが拠点としていた借家を焼いてしまったことで灰となってしまった。自前の暴力装置を持ち得ないギルドからすれば、その委託先に一言は言いたいところだった。
だがマルグリテの側はどこ吹く風だった。
「現場からは、人命最優先の結果と聞いておりますわ」
「人命を最優先にすると、犯人を皆殺しという結果になるものですかな? いや、私もギルドの一員ゆえに、鉄火ごとに疎くありまして」
「鉄火ごとを知ろうが知るまいが、変わらぬものというのはございますわ。失礼ながら総本部長殿は命の重さをどのようにお考えで?」
答えを待ってやるとばかりに、茶器をとるマルグリテ。ゲントリスは即答した。
「人命はなにより重い。何にも代えがたいほどに。そうわきまえております」
「大変結構ですわ! つまり、わたくしたちは価値観の一致を見たということですわね」
中身を口にすることなく茶器を戻した仕草は、会話を優先する姿勢を示し、ゲントリスの言葉に本気で同意したという——擬態だった。
「そう! 命はなによりも重い! ならばひとつの命とひとつの命を載せた天秤は吊り合うが道理。そして片側にもうひとつの命が載ったらば——傾きはどうなりましょう?」
「尊さに違いがなければより多いほうが優先されるとおっしゃりたいわけですな」
「まさにその通りですわ。逃亡する『輝ける道』の連中を速やかに殺害しなければ、より多くの被害が出たことは明白でありましょう? それに、建造物破壊と国務執行妨害の現行犯の時点で死刑は免れませんわ」
「冒険者達には死罪が適用されたろう。これには同意いたします。しかし、これで連中の先を辿る糸が切れてしまった」
犯人たちは入念に証拠隠滅を行ったが、残されたダンジョン退出時の記録、最初の関門における魔力量測定の記録から推定される横流し品の総量は膨大だった。
大きく見積もった場合、最上級の連発式『鉄弓』換算で50杖分。都市国家程度なら滅ぼしうる火力だ。
「そこですわギルド総本部長殿。冒険者達を全員死なせてしまったのは人命優先の結果。でもわたくしども監査騎士団も申し訳なくは思っていますの。ですから—―」
そこで一度言葉を切り、マルグリテは残った茶を飲み干した。王女が行うには、些かに品の無い行い。つまり言外の意味がある。《《これを言ったら話は終わり》》。
「この件の調査は、わたくしども監査騎士団の主導で行わせていただきます」
「それは―—」
この手の調査はギルドの監査局が主導し、必要に応じて衛兵団に協力を仰ぐのが常であった。また、この状況下で求められるのは、関係者の過去における金の動きや入出国履歴の追跡といった冒険者ギルドの方がよほど上手くやれる類の調査でもある。
武に偏りがちな監査騎士団に委ねるのは、真相解明を妨げることにしかならない。
そう判断し、ゲントリスは非礼に当たらない謝絶の言葉を編もうとした。
「ギルド戦力。聞いたことありまして?」
ゲントリスが編もうとした謝絶は、唐突なマルグリテの言葉によってかき乱された。この女、何を言っている。いや、何を知っている。
「ギルドの戦力ですと? ご存知の様に、ギルドは戦力を放棄している。それが必要なときには、衛兵団や騎士団長殿の監査騎士団のお力に頼ることになる、いわば皆様こそがギルド戦力ですな」
「でしたら。今回は是非頼ってくださいませ。必要になりますもの。戦力が」
うまく言葉尻を利用されたとゲントリスは苦々しく感じた。同時に、単に交渉事の一手としてその言葉を出しただけならば良いと安堵もした。なにせ、ギルド戦力については《《本当のギルドの長》》から秘匿を厳命されている。
「わかりました。今回の件は頼もしき監査騎士団の皆様にお任せします」
「でも、もし存在したら面白いですわね。ギルド戦力」
とにもかくにも。これ以上このギルド戦力の話題が広がることは避けたいと考え、監査騎士団側の申し出を飲んだゲントリスの思惑をマルグリテは裏切る。
あるいは先程の「話はこれで終わり」という姿勢自体が、こちらの会話の呼吸を乱す一手だったか。
ゲントリスに出来るのは、存在しないものは存在しないと言い抜けることだけだった。
「ご冗談を。戦力を放棄したギルドの戦力とは。白いカラスのようなものです」
「あら? 白いカラスは実在しますわ。とても珍しいですけれども、わたくしの離宮に剥製がございますの」
装甲王女と呼ばれる女は、その名の由来である装甲飾衣を鳴らして立ち上がった。
「わたくしの申し出を受けてくださって感謝いたしますわ。ギルド総本部長殿。そうそう。調査の最初の一手として。アルノーの一件を告発したギルド職員を王都の監査騎士団本部に出頭させてくださる? 直接お話を聞きたいの」
「仰せのままに、王女殿下」
ゲントリスは精一杯の皮肉と、戦慄をもってそう答えた。
2章開始です。よろしくお願いします。
以降月水金20時更新予定




