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戦闘終了後、再起動をしたラビット・ファントームに導かれてユートたちは岩石群を移動する。
戦闘宙域から離れた、隕石群の端。他の岩石とは材質の異なる巨岩」が存在した。
ユートは一目見て、それが人工物の上に岩石を張り付けたダミーであると気が付いた。
「移動中に情報は送ってもらっていたけど、ここが、転移してきた偽装基地か」
コンソールにはラビット・ファントームからの肯定を示すメッセージが表示された。
ラビット・ファントームは続けて通信をおくる。
これから、基地の内部へ誘導する、と。
◆◆◆
驚くことに、偽装基地の機能は生きていた。
外部との接続口の隔壁が閉じると、すぐに内部に空気が充填された。
準備が整ったことを確認すると、ユートはファルコンを停止させ、コックピットから降りる。
アッカとドリーもファイターユニットから降りると、ラビット・ファントームの傍に移動する。内部から制御用のAIを取り出すためだ。
ユートは二人から離れると、内部へ侵入する。
既に人の気配がない通路は、不自然な程に清潔であった。
(聞いてはいたけど、もう、誰も残っていないのか)
残滓は床や壁の傷だけ。ヘルメット越しでは匂いも分からないけれど、こびり付いた何かが残っているようだった。
ユートが目指すのは基地の管制室だ。幸いにして電気も生きているので、障害もない。
『ユート、その部屋です。今アクセスして開きます』
通信機からシーナの声が聞こえると、閉鎖されていたドアが開いた。
中に入ると、モニターが一斉に起動する。青白い光の中、ユートは中央のコンソールに触れる。
事前にセキュリティはラビット・ファントームに解除してもらっていたので、起動に障害はなかった。
『帝国なんて名乗ってるだけのテロリストには過ぎたものですね』
「……月面帝国≪アルテミス≫も、いきなりこれだけの基地が異世界に飛ぶなんて考えてなかっただろうな」
ここまで歩いて来た上で、ユートはこの基地の規模は、テロリストたちの隠れ家と言うには上等すぎる施設であると考えた。
ラビットたちの規模を考えても、本来は百人以上の人員が待機していたと考えられる。
「内部に空気は残っている。電気も生きている……死んでいるのは人間だけ、か」
それだけに、誰も残っていない状況に、無情さを感じる。
『皮肉なものですね。かつて精密機器は人間の手によるメンテナンスが行わなければ短命であると言われていたのに』
ただ、機械たちが記録を残すだけだった。
◆◆◆
ユートたちが管制室に入った目的は、内部の情報を確認するためだ。
もちろん、その膨大さは予め予想出来ていた。人力で行うのは無理なので、まずはシーナとの接続を開始する。
『邪魔のないハッキングは簡単ですよ』
そう言い切るように、作業はすぐに終わった。
シーナの完了報告とほぼ同時に、管制室のドアが開く。
「アニキィ、こっちも作業終わったよ」
アッカがひょっこりと姿を見せる。その後ろにはドリーが続く。
ドリーは両手に黄色い球体の機械を抱えている。球体の下部には脚はなく、代わりに車輪がついている。上部にはツインアイがあり、アッカ達と同じように感情を出力している。今は、困惑しているようだ。
「お、それじゃあドリーが持ってる旧式の機体が」
「うん。あのラビット・ファントームを動かしていた戦闘用AIだよ」
ドリーが球体を前に差し出すと、黄色い体を揺らして目線を下げる。
「……ご迷惑をおかけしました」
どうやら、頭を下げているようだ。
ユートは気にしないでくれ、と言うと、話を続ける。
「改めて確認をするけれど、この基地で生きているAIは君だけなのかな?」
「自律行動を許可されているのは、ジブンだけです」
「そっか……」
予想はしていたが、改めて誰も生きていないどころか、意思疎通の出来る存在がいないと言う状況を確認し、思わず言葉に詰まった。
「……念のため確認しよう。俺たちはこれからこの基地に残った情報を確認する。その際にロックがかかっている情報は君に解除してもらいたい」
「はい。停止信号を打ち込まれたAIは、新たなるマスターを得ることが許可されています」
「わかった」
事務的な答えであるが、それが自分たちへの投降の意思であると判断した。
「なあアニキ、そろそろ新入りにアレを決めないか?」
どこかウキウキしたような瞳でアッカは云う。
「アレ……とは」
黄色い機体は困惑する。
「そんなの、言わなくても分かんだろ」
「……アッカ、説明しないと分からないよ」
ドリーはアッカを抑えると、改めて説明を始めた。
「ボクたちのコロニーでは、自我をもつことを許されたAIは個体名で呼ばれる決まりがあるんだ」
アッカ、ドリー、ルーブの三機の個体名は、元々存在していなかった。
このコロニーに配備された時、ユートが決めたのだ。
『とは言っても、名付け親がユートなので、気取った名前は期待しないよう方がいいですよ』
「余計なお世話だよ」
通信機からぴゅーぴゅーと口笛のような音が聞こえて来た。もちろん、シーナが話を誤魔化すためのものだ。ユートは追及を諦めた。
「さて……そうだな」
ユートは新入りの体をじっくりと眺める。
「黄色いボディ……」
『キイローとかは無しですよ』
「……しないよ」
ユートはわざとらしく視線を逸らした。
「そうだね。イエローを少しもじって、エールなんてどうだろう」
『まあ、マシな方だと思います』
「AIの皮肉は気にしなくていいから、君はどう思う?」
『正直に言っていいんですよ』
「うるさい!」
問いかけられたAIは、僅かに沈黙する。
「……エール、ですか」
「あんまりしっくりこない?」
「いえ、ありがとうございます」
ツインアイに、喜びの感情が浮かんだ。




