9-9
低軌道――元アルテミス秘匿拠点――
人の気配も灯も消えていた基地が、にわかに動き出す。
眠っていた作業用オートマトンが再起動し、格納庫に放置されていたコンテナの中身を移動する。
未使用の兵器や予備パーツ、精密機器や消耗品。その何れも、ワンドガルドでは簡単に手に入らないものだ。
アッカとドリーはオートマトンに指示を飛ばしながら走り回りながら内容を確認する。
「うーん……アニキたちは電子機器とレアメタルは優先して持ち帰れって言ってたけど、それだけでもファルコンには積み切れないぞ」
「余ったのはコンテナにまとめておくように言われてるけど、それでも凄い量になりそう」
思いがけない補給物資と、予想外の荷物。二人は悩みながらも、作業を続けるのだった。
ユートたちが秘匿拠点に立ち寄った理由は、第一に情報収集、第二に残っている物資の確保であった。指示を出した段階では、壊れた電子機器を回収し、地上でレアメタルに分離出来れば上出来という程度であったが、実際の保存状態はユートが想像したよりもはるかに良好であった。
◆◆◆
アッカとドリーが格納庫で作業を行う中、ユートは管制室に居た。シーナとエールを補助にして情報の整理を行っている。
「この基地が転移したのは10年前か」
『ええ、外部カメラからのワンドガルドの観測映像もその日付から記録されています』
基地内のデータベースには転移した後の情報も記録されていた。
【地上へ突入出来るだけの装備は残っていない。絶望的であるが、助けを待つしかない――】
【基地内に残された人間は――】
【本部から送られた役立たずが面倒ごとを持ち込む。俺はサポートセンターじゃないんだぞ】
【どうして奴だけが――】
【こうなったら、クーデターを起こすしかない】
突如、異世界に放り出された人間たちの記録。最初は事細かに毎日つけられて記録は、戦闘の報告とともに一度途切れる。
【戦いは終わった。結局、共倒れになった】
【兵器だけは残っている。それでも戦う相手は居ない】
数日間を開けて再開されるものの、その内容は徐々に活力を失っていく。
ユートもシーナも、エールも何も言わずに情報を読んでいく。
【自分が、最後だ――基地内の人工知能には自分の死後について指示は与えている。意味の無いものだ。奴らも目的を失い、いつか朽ちるだろう】
「……基地の人間がどうなったか……一歩間違えれば俺たちも同じだったな」
ユートは記録されていた文章の最終頁へとたどり着く。
【安楽死のための毒薬が効いてきた。あと数時間もすれば私も死ぬだろう。
後悔ばかりだ。理不尽極まりない運命は、私を孤独な宇宙で死ぬことを強要している。
何が間違っていたのだろう。テロリストとして戦うことを選んだことだろうか。それとも――】
そこに続く文章を見た時、ユートの顔色は変わった。
「……エインシア」
【――かの才女、エインシアの忠告も聞かずに見様見真似で『悪魔』に手を貸したせいだろうか――】
文章はそこで終わっていた。
ユートはモニターを消して、椅子に深くもたれかかる。
「ここでも、その名前が出るか」
『……どこまでいっても、エインシアですね』
「本当に、頭が痛くなる」
エインシア、その名前を聞く機会は何度もあった。その度に謎は深まっていくばかりで、いっこうに正体はつかめない。
『戦闘中に、エインシアと謎の空間で邂逅していたと言うのも気になりますね』
「今更だけど、AIが邂逅した状況そのものを疑わないのが怖いよ」
ユートは戦闘終了後、ファルコンの変化直前にエインシアと会話していたことを報告した。
戦闘の最中に突如別の空間へと召喚され、時間の経過もなく帰ってくる。報告の最中、ユートは自分でも無茶苦茶なことを言っていると思ったが、仲間たちは疑うこともなかった。
『今の状況でユートが嘘の情報を言うことは無いでしょう』
もちろん、それはシーナが今までの情報から導きだした結論である。ユートもそれ以上は余計なことを言わなかった。
「エールは、エインシアについて何か知ってる?」
「……検索中――該当あり」
モニターに写真が表示される。白衣姿の男性の老人であった。
肩書には、『兵器開発主任』とあった。
「この秘匿拠点で開発されていた『秘密兵器』の設計者が過去に接触した人物――それ以上は、不明」
「その兵器の名前は?」
「コード:魔法兵器≪マギ・ウェポン≫」
今度はいつかの図面と文章が表示される。ユートはその内容に軽く目を通すが、すぐに理解できるようなものであった。
「シーナ、こっちの解読は地上で行おう。ファルコンに転送しておく」
『了解しました』
◆◆◆
情報の転送作業が完了したころ、アッカたちから通信があった。
『アニキ、こっちの作業は完了したよ」
「了解、こっちも区切りはついた。そっちに合流する」
『おう、待ってるぜ!』
通信を終えると、ユートはエールを抱えて立ち上がった。
「エール、最後に確認しておきたいことがある」
「はい、お願いします」
「ここの人たちの遺体は、どうしたの?」
その問いに、エールは一瞬停止した。
ユートはエールを抱えながら廊下をすすむ。ユートを遮るものはなにもない、そう――もう何もない。
「星の海に、流したの……」
やがて、小さな声で答えは返された。
「最初に死んだ人が、それを望んだから」
ユートはエールの丸い頭を撫でるた。
「そっか。じゃあ、祈るのは星に向かってかな」
◆◆◆
秘匿基地の宇宙への接続口が解放される。
宇宙と人口の拠点の境目に、ユートと仲間たちは立っていた。
「同じ世界から来た、同胞たちへ」
真空は言葉を伝えない。それでも、ユートは手を合わせて言葉を発する。
「所属する組織は違っても、巻き込まれた運命は同じでした」
不慮の事故で異世界へと来てしまった人たち。
もしかしたら、仲間となれたかもしれない人たち。
「あなたたちが遺したものを使うことを、お許しください」
その生きていた場所を荒らし、自分たちのために奪う。墓を荒らすような真似であるが、今のユートたちには必要な行動である。
だから、せめて残り香に向かって謝罪をする。
「最期に――星の海に消えていった魂が、安らかであるように――」
遥か先の宇宙、光に照らされて何かが瞬いた。
その現象に気が付いたのは、エールだけだった。
それが何であるかは分からない。意味は無いのかもしれない。それでも、『きっかけ』にはなる。
――さようなら――
そう、音声データに出さずに、電子頭脳の中に記録をした。




