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9-7


 気が付くと、ユートはコックピットではなく真白の空間の中に居た。


 窓もなく、音もない、光だけの空間。その真ん中に、エインシアが居た。

彼女の隣には古びた丸いカフェテーブルがあり、テーブルの上には中身の入ったビールジョッキが置かれている。


 ユートは恐る恐る一歩を踏み出す。地面はしっかりとあり、踏み締めることが出来る。

 金髪の女性は、うっすらニヤニヤと笑いながら近づくユートを待っている。


「……はぁ~」


 ユートは長く息を吐き出す。そして、身を低く構え――

 拳を握り、一気にエインシアに接近した!


「待っていた、じゃねぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」


 無音であった空間に強烈な打撃音が響き渡る。エインシアの腹に強烈な一撃が叩き込まれた。


「痛い……痛いよ、なんで久しぶりに再会した相手の腹にパンチを叩きつけるんだ」

「左手でやっただけありがたいと思えよ。男だったら胸倉掴んで顔を殴ってたからな」


 拳を払うと、とりあえずエインシアが立ち上がるのを待った。


「まさか、また転移させたとかじゃないよな。返答次第でボコボコにするからな」

「ちょ、おっかないね、君は」

「当たり前だ! 仲間たちを捨てて勝手に消えたりできない」


 ユートにとって、もっとも恐れる状況は自分だけまた転移したと言う事だ。仮にユートの不在によりファルコンが機能を停止していたのなら、アッカ達も危険である。


「それは大丈夫。一時的に時と空間から切り離しているだけだから」

「つまり、今、ここで話している状況は宇宙での状況とは関係ないんだな」

「そうそう。全て終われば、君がこの空間に飛んできた直前に接続されるから」


 ひとまず最悪の事態は回避できると知り、ユートは握っていた拳を解いた。


「ともかく、座りなよ。なんだったら飲み物でも出そうか?」

「いや、断る」


 エインシアは残念そうに肩をすくめた。

 ユートは慎重に状況を観察する。

 何もない不思議な空間。一人でいるエインシア。先程まで宇宙で戦っていたのに、今は異空間の中。

 その仕掛人は、目の前で平然としている女性であることは容易に予想できた。


「……アンタは、本当に『エインシア』なのか?」


 エインシア。ワンドガルドでその名を出した時に、皆が驚いた。

 時と空間を操る太古の魔法使い。今まさに、目の前の存在はその名に相応しい存在感がある。


「エインシアと言うのは私の名だよ、ただ、『何の』エインシアであるかは私にも分からない」


 カラカラと笑い、ユートを揶揄うように眺めている。


「ただ一つ言えることは、私は私を知らないでも、私であることさ」

「答えになってない」

「そう、答えを持っていないからね」


 エインシアは笑顔を浮かべる。


「……はぁ」


 それが鉄壁の仮面であり、今のユートには決して打ち砕けない壁であることをユートは理解した。


「ただ一つ分かることは、私は君のことが気になって仕方ないと言う事だね」

「こうやって殺風景な世界に呼び寄せるくらいにか? 気持ち悪いな」

「ははは……」


 さすがにストレートな嫌悪感をぶつけられて、眉毛が僅かに動いた。だが、それだけだ。


「さて、本題に入ろう」


 エインシアはすぐに仮面をかぶり直すと、話を続ける。


「君は、今、力が足りないと嘆いていないかな」


 ユートは黙って頷いた。エインシアは満足げに頷く。

 パワーダウンをしたファルコンでは、ラビット・ファントームを引き上げることは難しい。


「大丈夫、思い出して欲しい」


 黄金の粒子が部屋の中に浮かび上がる。ライカの時ともケラウスの時とも違う、ただ世界を飲み込むかのような光の奔流が巻き起こる。


「この世界に満ちるマナは、意思の力によって顕現する」


 世界が、再び白く染まっていく。


「信じるんだ。君と、君たちの力を――」


 エインシアの声だけが、確かに耳に残っていた。


◆◆◆


 黄金の粒子が消えると、ユートは再びファルコンのコックピットへと戻ってきていた。


「……っ!」


 すぐさまコンソールを確認する。エネルギーの残量が減ってパワーダウンした機体。腕の負荷の増大を知らせる信号。ファイターユニットの位置。その全てが、白い空間に囚われる前と同じだった。

 思考を支配しようとする混乱を押さえつけて、ユートはエインシアから受け取った情報を整理する。


『この世界に満ちるマナは、意思の力によって顕現する』


 ユートは深く息を吸うと、己の内に向けて問いかける。


(何がしたい……何が出来るか……)


 どうしてこんな状況になったのか。

 停止信号を打ち込んだ無人機を助けようとしたから。いや、正確には無人機を動かしているAIに対して、個人的な感傷をぶつけているだけだ。個人的な我が儘である自覚はあった。だが――


(ここで、ラビット・ファントームを引き上げる! そのためには!)


 目を見開く。内に宿る意思を確認する。

 力が吹きあがってくるようだった。


(わかる、自分の中からマナの力が湧き上がってくるのが)


 コントローラを握りしめて心の中の感情を確かめる。

 それを放出するきっかけは、咆哮。


「飛べ! ファルコンッ!!」


 その瞬間、エクステンションマッスルが黄金の光に包まれた。


『なっ……ファルコンの周辺にエネルギーが集まるのを確認』


 腕部の負荷を示す信号が消えると、白い装甲の各所に赤と黄金のラインが走る。

 バイザーが割れ、ツインアイから緑色の結晶が伸びると、炎のように伸びていく。

 背面のスラスターも緑色の結晶に包まれると、生物のように伸びていき、X字に大型化する。


『未知の構造材による装甲の増幅を確認。また、背面にX字型の巨大なスラスターの増設を確認』


 通信機からはシーナの困惑する様子が伝わってくる。

 ユートは自分の内から湧き上がる力を、ただ静かに受け止める。


『そして……推力上昇!』


 X字型のスラスターが気体化したエーテルを放出する。光の翼となって広がると、羽ばたき、ファルコンを上昇させる。


「うぉぉぉぉぉぉっ!!」


 ファルコンのカタログスペックを超えた出力。ラビット・ファントームをそのまま持ち上げると、低軌道を一瞬で超えていく。


『ア、アニキ……』

「大丈夫、無事だよ。俺も、ファルコンも」


 スラスターから噴き出した翼は徐々に消えていく。X字に展開したスラスターは折りたたまれて背中に接続された。

 変形したエクステンションマッスルが徐々に静まっていく。拡張された部位は役割が終わったことを悟ると、徐々に元の形へと戻っていった。

 ユートは深く息を吐くと、ヘルメットを外した。額から吹き出ていた汗が、玉となって無重力のコックピットに飛び散る。

 身体の内から噴きあがる熱が収まるのを感じると、ユートはシートにもたれかかった。


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