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気が付くと、ユートはコックピットではなく真白の空間の中に居た。
窓もなく、音もない、光だけの空間。その真ん中に、エインシアが居た。
彼女の隣には古びた丸いカフェテーブルがあり、テーブルの上には中身の入ったビールジョッキが置かれている。
ユートは恐る恐る一歩を踏み出す。地面はしっかりとあり、踏み締めることが出来る。
金髪の女性は、うっすらニヤニヤと笑いながら近づくユートを待っている。
「……はぁ~」
ユートは長く息を吐き出す。そして、身を低く構え――
拳を握り、一気にエインシアに接近した!
「待っていた、じゃねぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
無音であった空間に強烈な打撃音が響き渡る。エインシアの腹に強烈な一撃が叩き込まれた。
「痛い……痛いよ、なんで久しぶりに再会した相手の腹にパンチを叩きつけるんだ」
「左手でやっただけありがたいと思えよ。男だったら胸倉掴んで顔を殴ってたからな」
拳を払うと、とりあえずエインシアが立ち上がるのを待った。
「まさか、また転移させたとかじゃないよな。返答次第でボコボコにするからな」
「ちょ、おっかないね、君は」
「当たり前だ! 仲間たちを捨てて勝手に消えたりできない」
ユートにとって、もっとも恐れる状況は自分だけまた転移したと言う事だ。仮にユートの不在によりファルコンが機能を停止していたのなら、アッカ達も危険である。
「それは大丈夫。一時的に時と空間から切り離しているだけだから」
「つまり、今、ここで話している状況は宇宙での状況とは関係ないんだな」
「そうそう。全て終われば、君がこの空間に飛んできた直前に接続されるから」
ひとまず最悪の事態は回避できると知り、ユートは握っていた拳を解いた。
「ともかく、座りなよ。なんだったら飲み物でも出そうか?」
「いや、断る」
エインシアは残念そうに肩をすくめた。
ユートは慎重に状況を観察する。
何もない不思議な空間。一人でいるエインシア。先程まで宇宙で戦っていたのに、今は異空間の中。
その仕掛人は、目の前で平然としている女性であることは容易に予想できた。
「……アンタは、本当に『エインシア』なのか?」
エインシア。ワンドガルドでその名を出した時に、皆が驚いた。
時と空間を操る太古の魔法使い。今まさに、目の前の存在はその名に相応しい存在感がある。
「エインシアと言うのは私の名だよ、ただ、『何の』エインシアであるかは私にも分からない」
カラカラと笑い、ユートを揶揄うように眺めている。
「ただ一つ言えることは、私は私を知らないでも、私であることさ」
「答えになってない」
「そう、答えを持っていないからね」
エインシアは笑顔を浮かべる。
「……はぁ」
それが鉄壁の仮面であり、今のユートには決して打ち砕けない壁であることをユートは理解した。
「ただ一つ分かることは、私は君のことが気になって仕方ないと言う事だね」
「こうやって殺風景な世界に呼び寄せるくらいにか? 気持ち悪いな」
「ははは……」
さすがにストレートな嫌悪感をぶつけられて、眉毛が僅かに動いた。だが、それだけだ。
「さて、本題に入ろう」
エインシアはすぐに仮面をかぶり直すと、話を続ける。
「君は、今、力が足りないと嘆いていないかな」
ユートは黙って頷いた。エインシアは満足げに頷く。
パワーダウンをしたファルコンでは、ラビット・ファントームを引き上げることは難しい。
「大丈夫、思い出して欲しい」
黄金の粒子が部屋の中に浮かび上がる。ライカの時ともケラウスの時とも違う、ただ世界を飲み込むかのような光の奔流が巻き起こる。
「この世界に満ちるマナは、意思の力によって顕現する」
世界が、再び白く染まっていく。
「信じるんだ。君と、君たちの力を――」
エインシアの声だけが、確かに耳に残っていた。
◆◆◆
黄金の粒子が消えると、ユートは再びファルコンのコックピットへと戻ってきていた。
「……っ!」
すぐさまコンソールを確認する。エネルギーの残量が減ってパワーダウンした機体。腕の負荷の増大を知らせる信号。ファイターユニットの位置。その全てが、白い空間に囚われる前と同じだった。
思考を支配しようとする混乱を押さえつけて、ユートはエインシアから受け取った情報を整理する。
『この世界に満ちるマナは、意思の力によって顕現する』
ユートは深く息を吸うと、己の内に向けて問いかける。
(何がしたい……何が出来るか……)
どうしてこんな状況になったのか。
停止信号を打ち込んだ無人機を助けようとしたから。いや、正確には無人機を動かしているAIに対して、個人的な感傷をぶつけているだけだ。個人的な我が儘である自覚はあった。だが――
(ここで、ラビット・ファントームを引き上げる! そのためには!)
目を見開く。内に宿る意思を確認する。
力が吹きあがってくるようだった。
(わかる、自分の中からマナの力が湧き上がってくるのが)
コントローラを握りしめて心の中の感情を確かめる。
それを放出するきっかけは、咆哮。
「飛べ! ファルコンッ!!」
その瞬間、エクステンションマッスルが黄金の光に包まれた。
『なっ……ファルコンの周辺にエネルギーが集まるのを確認』
腕部の負荷を示す信号が消えると、白い装甲の各所に赤と黄金のラインが走る。
バイザーが割れ、ツインアイから緑色の結晶が伸びると、炎のように伸びていく。
背面のスラスターも緑色の結晶に包まれると、生物のように伸びていき、X字に大型化する。
『未知の構造材による装甲の増幅を確認。また、背面にX字型の巨大なスラスターの増設を確認』
通信機からはシーナの困惑する様子が伝わってくる。
ユートは自分の内から湧き上がる力を、ただ静かに受け止める。
『そして……推力上昇!』
X字型のスラスターが気体化したエーテルを放出する。光の翼となって広がると、羽ばたき、ファルコンを上昇させる。
「うぉぉぉぉぉぉっ!!」
ファルコンのカタログスペックを超えた出力。ラビット・ファントームをそのまま持ち上げると、低軌道を一瞬で超えていく。
『ア、アニキ……』
「大丈夫、無事だよ。俺も、ファルコンも」
スラスターから噴き出した翼は徐々に消えていく。X字に展開したスラスターは折りたたまれて背中に接続された。
変形したエクステンションマッスルが徐々に静まっていく。拡張された部位は役割が終わったことを悟ると、徐々に元の形へと戻っていった。
ユートは深く息を吐くと、ヘルメットを外した。額から吹き出ていた汗が、玉となって無重力のコックピットに飛び散る。
身体の内から噴きあがる熱が収まるのを感じると、ユートはシートにもたれかかった。




