8-3
コロニーの管制室。久しぶりに足を踏み入れたユートを出迎えたのは、機械的な自動ドアの開閉音だった。
(外とは空気がやっぱり違うな……清潔で、味がない)
管理された空気、鉄の匂いと電子機器の稼働する音、かつては当たり前だった環境に、僅かな懐かしさを感じながら、ユートはコンソールを確認する。
『ユート、試験用の無人機とブースターの装着は完了しています』
モニターの表示が切り替わる。コロニーの入出口。無人戦闘機がカタパルトに待機している。
戦闘機には機体と同じほどの大きさのブースターが取りつけられている。離れた作戦宙域に展開するためのブースターだ。
「シーナ、電磁カタパルトの状態は?」
『電力の確保は完了しています。後はユートの認証があれば実験の開始は可能です』
戦闘機の下部には射出用の電磁カタパルトがある。電力は既にチャージされており、状態を示すライトは正常であるグリーンを示している。
カタパルトからまっすぐに光の導線が引かれている。真っすぐにコロニーの外へと伸びており、邪魔をするものは存在しない。
「了解。ユート、認証する」
コンソールに表示されたボタンを押下し、キーボードを取り出すとパスワードを入力する。
ENTERキーを押すと、モニターに『認証完了』と表示される。
「カウントダウン開始――」
モニターに表示された数字が減っていく。
30あったカウントはあっという間に一桁になり、0が見えてくる。
「――射出!」
管制室にシグナルが鳴り響くと、モニターの先の景色が揺れた。
無人戦闘機は電磁カタパルトで射出。同時にブースターに点火されて急激に加速――
(だめだ……)
だが、ユートの顔は渋い。彼が凝視するモニターに表示された数値を苦々しく見つめている。
『ユート、結果は見えていますね』
「ああ……この速度じゃ、第一宇宙速度を超えることは出来ない」
初速こそ想定の数値を記録したが、その後の減衰が想定以上であった。
『実験の継続は?』
「結果が見えている以上続けても仕方ない。このまま無人機は大地の裏側で弾道軌道でコロニーへ帰還」
『了解。ブースターの回収は行えますが、連続で使用できません』
緊急展開用のブースターは急激な加速を得るために莫大な推進剤を使用する。補給はもちろんだが、バーニヤも一度使用したのならメンテナンスが必要になる。
「分かってる。それでも、予備はあったよな」
『ええ、一つだけ残っています』
「一つだけ、か」
それは、これ以上テストは行えないと言う事だった。
「次に宇宙に飛び出すのなら、ぶっつけ本番でやらないとダメか」
普段なら口を挟むAIは、不自然な沈黙で返答した。
◆◆◆
コロニーの現存する設備を使用しての大気圏突破。その実験の結果は芳しいものではなかった。
ユートは重い足取りで水晶の部屋を通り、地上へと戻る。扉を開ける手は非常に緩慢で、かつてないほど重く感じられた。
地上へ出ると、最初に目に入ったのは、今か今かと待ち構えていたケラウスの姿だ。
「おお、戻って来たか、ユート!」
ケラウスはユートの姿を見つけると、すぐに近づいてい来る。
だが、顔をはっきりと見れる距離になると、急に顔が険しくなる。
「その顔……結果はよくなかったんだな」
ユートは沈痛な面持ちで首を縦に振った。
◆◆◆
ユートは実験の結果をケラウスに報告をした。
予定されていた速度を確保出来なかったこと。ライカに残された時間内で宇宙に飛び出すのなら、本番しかない、と言うことを。
「そうか……そうか……」
ケラウスは一つ一つ聞きながら、深く頷く。
持っていた杖を握ると、暫し考え込んだ。
「一つ確認をしたいが……足りないのは速度、なんだな」
「正確には、重力を振り切って宇宙に飛び出す力です。その時に指標となる速度に届かないんです」
「なるほどな……つまり、加速できればいいんだな」
ケラウスは杖を持つと、歩き出す。
「ついてきてくれ。広い場所がいい」
◆◆◆
ユートはケラウスに従って歩く。
拠点の外、何もない広野にまで来るとケラウスは立ち止った。
「ちょっと待ってな」
杖を大地に刺すと、目を閉じる。
何やら呪文の詠唱を始めた。
「雷光の如き走ることを望む存在よ――その身に雷の性質を纏い――」
ケラウスの周辺にマナが浮かび上がる。ユートも感じ取った。
(ライカのマナと比べると、ずっとどっしりした感じがする)
優しく包みこむような熱をもったライカのマナと比べると、熱量は多くない。だが、どっしりとした存在感があった。
「始点、終点設置――実行≪エグゼク≫!」
呪文の詠唱が終わると杖を掲げる。
同時に、大地に光の道が浮かび上がる。
稲妻のような黄金の光で出来た道は、一直線に広野に伸びている。
「よーく見てろよ」
ケラウスは一歩、足を踏みだす。
二歩、三歩、普通の人間が歩いている。
だが、光の道に乗った瞬間だった。
「はやっ!」
ただ歩いているだけと言うのに、急激に加速していく。
初速は歩くのに毛が生えた程度。だが、走るよりも早くなり、車よりも早くなり。次第に目視では体がぶれる程の早さになる。
「光の速さで歩くのって可能なんだ……」
ケラウスは歩き、道の端から折り返してくる。
その速さは変わらない。気が付けば、ユートの目の前に姿があった。
「ま、ざっとこんなもんだ。俺の『逆さ天雷路』の力は」
「あ、うん……」
ユートは圧倒されて、声が出なかった。
「こいつは光の道を歩くと、『前に進もうとする力』を稲妻の性質で加速させる。ユートたちの文明に、この力を加えればもっと速くなるんじゃないか」
カタパルトからの射出に、科学燃料ロケット。それでも足りないのなら、『魔法』による更なる加速。
力強く語り掛けるケラウスの言葉に、ユートは拳を握る。
胸の中に火が点き、希望の光が見えてくる。
「具体的にはどれくらいの加速ですか」
「い、いや、そこまでは知らないが……」
答に困る男を前に、ユートはタブレットを取り出すとAIに指示を飛ばす。
「よし、シーナ! どれくらいの加速が出来るかすぐに検証しよう!」
『了解しました!』
◆◆◆
拠点からアッカとドリーを呼び寄せると、同じ速度で歩かせる。
ただし、片方は光の道を歩かせて、もう片方は同じ距離をそのまま進む。
当然、速度には多くの差が出た。
「うぉぉぉぉぉ!! 俺は早えぇぇぇぇっ!」
と、光の道を歩くときはその速度に熱狂し――
普通に歩くと、まったく追いつけない。
「ぐぁぁぁぁぁぁ!! 俺は……遅い……」
と、明確な差が確認できた。
アッカとドリーは同じモデルのコマンドである。基本的なスペックは同じなので、観測された結果が『逆さ天雷路』の力になる。
『どうやら、ベクトルを増幅する技術のようです。加算、ではなく乗算で』
その結果、『逆さ天雷路』は単純に速度を加えるのではなく、既にあるベクトルに応じて強化されるものであることが判明した。
つまり、元々速い物体は、さらに加速される。
電磁カタパルトと科学燃料ロケットの合わせ技を、倍化させることが出来ると言う事だった。
「それなら、ファルコンで大気圏を突破できる可能性がある」
観測データを確認して、ユートは思わず指を鳴らす。隣に立つケラウスも満足気に頷いている。
「ふはははは、これで俺も師匠らしいとこが見せられたな」
「いやもうまったくもって! ケラウスさんのおかげでライカを助け出す筋が見えて来た」
そう、彼の協力によって、ユートたちは星の海へと出るだけのデータを得ることが出来た。
『唯一懸念点があるとすれば、緊急展開用のブースターは一つしか残っていません。事前のテストは不可能ですが……』
「理論上成功するデータが揃っているんだろ」
ユートはタブレットを確認する。
数値上は十分に星を飛び出すだけの条件は整っている。
『ユート、高揚している時こそ冷静になるべきです』
「それはもちろん分かってる」
ユートは深く息を吐く。
自分の胸に手を当てる。高鳴る心臓を押さえるように、静かに深く何度も呼吸をする。
手を動かさない代わりに頭を回す。
(大丈夫……多少は頭も冷えた……)
ユートは状況を整理する。
時間は三日ほどしか残されていない。今も、ライカはルーブに看てもらっている。
救う手段はある。何が必要で、何処にあって、行くための方法は残っている。
そのチャンスは一度。実験で使用したブースターは整備をしなければならない。ならば、残された一機のブースターを使用して宇宙に上がるしかない。
「時間に資材、残った手札で最善を尽くすしかない」
ファルコンにのって、ぶっつけ本番で宇宙に昇る。
自分の命をかけるのが最善であると、ユートは判断したのだ。
『……私に人間以上の権限があれば、作戦の凍結を決断していました。けれど、AIに出来るのは提案だけです』
淡々としたAIの言葉。そこに滲み出る感情をユートは黙って受け止める。
『だからこそ……ユート、貴方の決断を信じましょう』




