8-2
東の果てに月が昇る。
夜の帳が降りた頃、ローバーが拠点に戻って来た。
操縦を担当していたドリーは、助手席に座るユートをゆする。疲れきり、まどろんでいた少年は目覚めると、任せっきりにしたことを謝罪した。
「無理をしないで。ユートさんも、三日間ずっと気を張り詰めてるでしょ」
ライカが倒れてから三日目の夜。未だに状況は好転しない。
◆◆◆
ユートが拠点の管制室に戻ると、既にケラウスが待機していた。彼も別のコマンドと組んで周辺を探索していたのだが、状況は芳しくない顔色を見れば明らかだ。
モニターに周辺の地図が表示されると、探索した地域にマーキングされていく。
『三日間の探索が終了しました。結果として、この周辺にはロゼ・マナタイトは残っていないと見ていいでしょう』
少なくとも、コロニーの周辺には何も残っていなかった。
「そうか、ユートたちの探索能力で見つからないとなると、地上で発見することは難しいだろうな」
ユートは沈痛な顔で俯く。
オートマトンも利用した周辺の探索は、一部の隙もなく行われた。それで、成果が出ないのだ。
「ライカは、どうなっている?」
「ルーブが看てくれています。目立った衰弱は起きていませんが、起きる気配もありません」
「点滴ってやつだったか。肉体に必要な栄養を口からじゃなくて接種する方法があるとは思わなかった。お前たちが居なければライカは衰弱が進行していただろうな」
拠点の看護室は急ピッチで設備が整えられた。今では小さな病院のレベルになっている。
けれど、ライカは眠ったままだ。
「とは言っても、俺たちも解決する手段はない。遅らせているだけです」
「ああ……」
男二人、渋い顔で顔をつき合わせる。
重力が増したかのような重い空気の中、AIは提案をする。
『ユート、プランBに移行する段階でしょう』
「ああ、分かってる」
プランA――それは、拠点周辺の探索を行い、ロゼ・マナタイトを手に入れること。
そして、プランBは――確実にロゼ・マナタイトが存在する場所に採掘に行くことだ。
「空の上、か」
ケラウスは、ロゼ・マナタイトについての知識を語った。
――ロゼ・マナタイトは本来地上には存在しない物質だ――
――常に西の空に姿を見せる赤い星、そこから降って来た――
『観測の結果、目標の天体はワンドガルドの静止軌道上に存在します』
シーナの観測の結果からも、それは実証されている。
そう、場所は分かっている。
「ユートたちは、星の海から来たんだよな。それなら、帰る手段も心当たりはあるんじゃないか」
ユートはタブレットを取り出すと映像を呼び出す。
コロニーの入港口。その床に並行に走る二本の溝と、射出装置。
「コロニーの電磁カタパルトとファルコンの緊急展開ブースターパックを利用すれば第一宇宙速度は確保できる……けど」
『それはあくまで、地球圏での運用データです』
本来のスペックを発揮できれば大気圏の突破は十分に可能である。
だが、それはあくまで机上の空論。そして、それを否定する観測データがユートたちには揃っていた。
「すまんな、そっちの専門用語となると口を出しづらい。噛み砕いて説明してくれるか?」
「俺が乗ってるファルコンは、コロニーの設備を利用すれば宇宙に飛び出すことが出来ます。けど、それは本来のスペックが引き出せた場合です」
ユートはコロニー接岸作戦の際の、ファルコンの機動や発射したビームの拡散を思い返す。
何れも、想定よりもはるかに早く減衰が発生していた。
地上拠点でも、機械が本来のスペックを発揮しないことは何度も報告されている。
「このワンドガルドに来てから、慣性による運動には急激な減衰が発生しています。大気圏突破時にも同じ現象が発生するなら、目標の速度を出せるか確証が持てない」
ユートは沈黙する。だが、ケラウスは納得が言ったかのように口を開く。
「ふーむ……『意思無き力』のせいだな」
「『意思無き力?』」
ケラウスは頷くと言葉を続ける。
「このワンドガルドでは、大気中のマナが意思に反応して力になる。杖を振るったり、石を投げる時も、より強く意思を込めれば強くなる」
その現象について、ユートは心当たりがあった。
(そう言えば、コロニーの接岸作戦の時に急にファルコンの出力が上がった時があった)
コロニーの接岸作戦の際、大地の裏側にアンカーを刺す際にファルコンがユートの意思に応えるように機動した時のことだ。
『なるほど、否定したいところですが、観測データがありますね』
「熱い血がたぎるような一撃をかましたり、集中して敵の攻撃を回避したり、そういう精神的なパワーってやつだ」
「精神的な力……魔法みたいだ」
そうだろう、とケラウスは頷く。
「だが、機械仕掛けではそう言った意思が無くなり、逆に力がマナに吸われてしまう」
ユートはホルスターに収めた短銃を見る。
(確かに、ファルコンだけじゃなくて銃の威力も想定よりも弱くなっている)
ユートが感じていた違和感は間違いではなかった。この大地に存在する法則が今、障害となっているのだ。
「……厄介だな」
『ともかく、一度テストをしてみましょう。幸いに、射出テスト用の無人機はあります』
ユートは頷くと、その日の話は終わりとなった。
◆◆◆
外に出ると、西の空には赤い星が輝いている。
「ホント、肉眼だとすぐ傍にあるように見えるのにな」
当たり前のことではあるが、今はそれが憎たらしい。
「そういうな。そういう場所にまで手を伸ばしたのは、お前の文明なんだろ」
ケラウスに励まされたが、未だにユートの心は沈んだままだった。
(大昔に、宇宙を夢見た人たちもこんな気持ちだったのかな……)
目の前にあるのに、届かない。それが悔しかった。




