8-1
コロニーの地上拠点の仮設拠点。シンプルな構造のベッドの上で、ライカは眠っていた。
ライカが倒れた後、ユートは彼女と師匠であるケラウスを連れて拠点まで戻って来た。
眠っている彼女の世話をするには、草原の家ではなく、コロニーの地上拠点の方が適切であると判断したからだ。
着いて早々、ケラウスは食事のために移動し、ユートは世話係として名乗り出たルーブを連れて仮設住居までやってきた。
ようやく彼女をベッドの上に寝かせると、ユートは重苦しく息を吐いた。
ほんの少し前まで、はつらつとしたした声で笑っていた女性――今は苦しそうに顔を歪ませて眠っている。
ユートは優しく毛布をかけると、タブレットを取り出す。室内の温度や湿度が快適であるかを何度も確認した。
「ユートさん、ご安心……とは言えませんが、ここは任せてください」
傍らに立つルーブは、冷静に。変わらない数字を何度も確認するユートを諭すように声をかける。
「ワタシたちコマンドは、人が機能を全うできない時こそ必要となるものです。そのように作られているのですから」
人間のために造られたルーブたちは、人間に奉仕するようにプログラミングされている。
それは、異星の人間に対しても同じで、険しい顔をしたユートに対しても同じである。
機械的な行動。だけれども、その気遣いをユートは有難く感じだ。
「そうだな。任せたよ」
敬礼するルーブにこの場を任せて、ユートは外に出た。
◆◆◆
ユートが地上管制室に入る。最初に目に入ったのは、大量の流動食パックの山だった。
「うーん……これだけ食べられたなら、固形物を与えても大丈夫だったかな」
『油断は禁物です。長い間食事をしていなかったのなら、最初は流動食から慣らしていくべきでしょう』
シーナの指摘は至極まっとうなのだが、椅子に座って、満足気に腹をさする男を見ると余計な心配なのでは、と思ってしまう。
「ふう……すまねえな、食い物まで用意してもらって」
食事を終えて落ち着いたのか、男――ケラウスの血色は大分良くなっていた。
「改めて。俺の名はケラウス・ラインボルト。雷閃雲の魔法使いと呼ばれている。本調子じゃないもんで、椅子に座ったまま失礼する」
そう言いつつも、ケラウスは深々と頭を下げる。
「ライカも世話になっていたみたいだな」
「それくらいは気にしないで欲しい。あなたの弟子であるライカには、俺たちは一度の食事では返しきれないくらいの恩があるんだ」
「ああ。すまねえが、そこら辺の事情を説明してもらっていいか? 俺からしたら、突然知らない男や機械の街が出現したんだからよ」
無理もない、とユートは考える。それでも自分たちを信じて話を聞いてくれた男に感謝をする。
そして、同じように自分たちを受け入れてくれたライカにも――
『ユート、私からは断片的な情報しか伝えられません。詳細な説明をお願いします』
「わかった」
ユートはタブレットを取り出すと簡単に図を表示する。
星の海から見た、この大地の形。接岸作戦中に撮影した、宇宙からの姿だ。
「まず、俺はユート。俺たちは、この空の向こう――星の海からやってきました」
自分たちが星の海から突発的にやってきたこと。
活動領域を広げる過程で、ライカと接触したこと。
そして、彼女の協力によってこの場にいることを。
「なるほどな……話していることは分かった」
ケラウスは静かに頷く。
「疑問は?」
「そこら辺はユート、お前の方が沢山あるだろ」
あっさりとそう返されてしまい、逆に肩透かしになってしまう。
「ライカもそうですけど、すぐに信じるんですね」
「この広野の名前の由来を知ってるか。太古の昔にリュウセイが降り注いで奇岩があちこちにあるから『リュウセイの広野』なんだ」
草原に時折見える岩の塊。それは、太古の昔にこの大地に降り注いだ隕石によるものであった。
「既に俺たちには、空の向こうに世界があると言うことが分かっている。そこに生命がある可能性は想定されているんだ」
ユートは頷いた。彼にとっても納得がいく理由だった。
「わかった。こっちとしても話が早いです」
そう、今はここに議論の時間を割いている余裕はない。
「さて、こちらも事情を説明しないとな。ライカからは、俺がどうして眠っていたかについて聞いたか?」
「敵対する魔法使いの呪いのせいだって」
大雑把な経緯はライカから聞いていた。
ケラウスが呪いによって目覚めなくなったこと。そして、目覚めさせるためにはロゼ・マナタイトが必要だということを。
「ああ。一カ月くらい前だな、昔の恨みで襲い掛かって来た『アッダマス』って言う魔法使いと戦ったのは」
ケラウスは苦々しく呟くと舌打ちをする。
「細かい経緯は省略するが、俺はアッダマスに勝利した。だが、アイツは自らの命を犠牲にして俺に呪いをかけやがったんだ」
「そして、ライカはあなたを助けるためにロゼ・マナタイトを探していた」
「ああ。リュウセイの広野なら、太古に落ちて来たものが見つかる可能性があったからな」
そして、幸運にもコロニーの外壁に付着したロゼ・マナタイトの回収に成功した。
そう、道具は既にある。
「もう一度、ロゼ・マナタイトを使ってライカを目覚めさせることは出来ないんですか?」
ケラウスは首を横に振る。ユートは答えが芳しくないことを察すると、顔を険しくする。
「すぐには無理だ。ロゼ・マナタイトは抗魔力を増幅させるが、一度使用すると一カ月は輝きが戻らない」
「一カ月?」
「ああ。マナだって無限じゃない。一度内部に溜まった力を放出したのなら、力をためる必要がある」
ロゼ・マナタイトはマナを取り込むと内部で圧縮する。それを解放した際に抗魔力を強化するのだが、一度解放した力は拡散してしまう。
(充電池みたいなものか……確かに、そう都合よく無限の力なんて存在しない)
内部からエネルギーを生産しているのならともかく、外部からの供給によって成り立つのなら、無理はないとユートは理解する。
「じゃあ、一カ月待てば……」
「ところが、そうは上手く行かない。俺は『アッダマス』の呪いに対して保全の魔法で防御できたが……ライカはそれがない」
ユートは思い出す。
ケラウスが眠っている時、表情は静かなものだった。穏やかとは言い辛いが、外敵に侵されているような様子はなかった。
(でも……さっき見たライカの顔は苦しんでいた)
拠点に寝かせたライカの顔は苦痛に歪んでいた。
それは、ケラウスとライカの状況が違うことを示している。
「俺の見立てでは、一週間もすれば衰弱死してしまう」
突然の宣告に、ユートは言葉を失った。
「……」
「そんな顔をするな、少年。一週間は時間がある。悔むのは終わった後にしてくれ」
「……それを言うなら、悔やまないようにしたい」
「違いないな……そう、違いないんだが」
ケラウスは力なく笑うと、頭をかく。
「……ロゼ・マナタイトを探せばいいんですよね」
ユートはケラウスの顔をまっすぐに見据えて言う。
少し意外なようで、ケラウスは口を開いても言葉がすぐに出なかった。
「……手伝ってくれるのか」
「当たり前でしょう。俺たちはライカに散々お世話になったんだ」
「恩か」
「当たり前です。それに……」
恩、の一言だけでは終わらない。
「ライカの声が聞けなくなるのは、絶対に嫌です」
「……わかった。世話になるぞ」
満足げに頷くと、ケラウスは右手を差し出して握手を求める。
ユートは迷うことなくその手を取ると、硬く握り返した。




