22-19
アステアから南西――山間のブランシュの街。
路が壊されても、争いがあっても、ウォール・マナタイトが奪われても、街には住民たちが住み着き、日々を過ごす。
今日もまた、朝日とともに一日が始まる――はずであった。
空から降り注いでいた陽光が遮られる。突如出現し、山々を覆う影に、住民たちは思わず空を見上げる。
空を見上げる人々の顔は、最初は戸惑い――それが、すぐに歓喜に変わる。
――鉄の船と、赤龍聖様だ――
北の空から飛来したのは、ユートたちが乗るファイターユニット。そして、その後ろには巨体を空に浮かべるロゼルロンでいた。
街の人々は手を振り、彼らを迎える。
――みろ、赤龍聖様が抱えてるのは――
――ウォール・マナタイトだ――
鉄の船に乗った戦士たちと、それを祝福する龍の帰還――それは、ウォール・マナタイトの帰還を示すものであったからだ。
◆◆◆
ファイターユニットはエールの操縦でブランシュの街中へと降下してくる。
降下先は太守の館の前、広い中庭。VTOLユニットの巻き起こす風が草木を揺らすし、虫や鳥が慌てて逃げる。慣れない土地への着地であるが、エールは危なげなく機体を大地に降ろした。
「ありがとう、エール」
「お安い御用です」
ファイターユニットの扉が開かれ、中から乗員たちが降りてくる。
最初はユート、次いでクレオとパトラ。慣れない様子のシルリアが顔を出して、ライカに手を引かれて降りてくる。
ちょうど、太守の館の扉が開かれる。
出てきたのはブランシュの太守。そして、アキヤマであった。
「戻ったか」
「アキヤマ先生もお疲れ様です」
ユートが挨拶をすると、アキヤマは笑って返す。
ユートは太守の前に立つと、背筋を伸ばして報告をした。
「ウォール・マナタイト、確かにお返しします」
ロゼルロンが中庭にウォール・マナタイトをゆっくりと置いた。
銀色の光は未だに衰えることなく、ブランシュの白い町並みを照らし出す。
太守は満足げに頷く。
「ヒストリについては未だに追跡中です。この件については、進展があり次第報告をします」
「分かりました。ですが、ご無理はなさらずに。
彼のことは私たちの問題でもあります。助力が必要であるのなら、遠慮なく仰ってください」
未だ全てが解決をしたわけではない。けれど、少なくとも街に迫る危機は防ぐことが出来た。
ユートも、太守も、街の皆がようやく安堵した。
◆◆◆
ウォール・マナタイトの確認が終わると、ユートは屋敷へと通された。
そのまま、ユートとアキヤマは太守と共に二階へと上がる。諸々の報告を終わらせるためだ。
クレオとパトラ、そしてアパシアとクラマは一階に残り、客間へと通された。
――暫く、こちらでお待ちください――
案内をしていた。メイドが扉を締めると、クレオとパトラは柔らかい椅子に、ぽすんと体を預ける。
小さな体が反発で僅かに持ち上がった。
二人はうずうずとしながら顔を見合わせる。そして、アパシアに向けて上機嫌に言う。
「ママ、あたしたちやりきったよ!」
「うん、ユートも言ってた。わたしたちが居なければ、作戦は成功しなかったって」
自慢げに話す娘たちに、アパシアも自然と笑顔になる。
「ふふ、その笑顔を見れば、あなた達がやり遂げたことは分かるわ」
クレオとパトラはお互いの手を叩いて、喜びの声をあげた。
それを見ていたクラマも、腕を組んで何度も頷く。
「まったく、ちっこいのにやるもんだぜ」
「なんかエラソー」
「そう言うクラマは何やってたの?」
「そりゃあアタシは、潜伏するヒストリの私兵や、ウォール・マナタイトが無いからって暴れるジャリガリオをちぎっては投げ、ちぎっては投げ……」
クラマはブランシュの街を守るために戦っていた。
指揮官を失った残党の処理や、溢れ出る危険生物の処理。その最前線で常に戦い続けた。
「なーんだ、クラマなら楽勝じゃん」
「そうそう……って、まあ……いや少なくとも暇ではなかったぞ」
「ふふ、クラマちゃんはちゃーんと働いてましたからね。そこは認めないとダメでしてよ」
「「はーい」」
クラマは若干の不満を覚えつつも、無邪気な子供の前では何も言えないのだった。
◆◆◆
二階ではユートとアキヤマが太守とともに今後について話し合っていた。
街の治安はどうするか――引き続きエドンからの支援を受けるにあたって、どのような枠組みとするか。
ヒストリについて――彼を捉えた際、その身柄をどうするか。
などと、一通り終わった頃、窓を叩く音がした。
二階である――その違和感に気がついた時、ユートの頭に直接声が響く。
「ユート、おるかな」
「……ロゼルロン?」
振り返る、すると、窓の外にロゼルロンの姿があった――
ただし、大きさが違う。赤い龍の姿は、一メートルほどの長さになっていた。
ユートは思わずアキヤマの顔を見る。老人は物珍しそうに小さくなった龍を眺めていた。
「はよ、まど、あけ、ろ」
そう急かされて、ユートは慌てて窓を開ける。
開け放たれた窓から、小さくなった龍がふよふよと室内に入ってくる。本当に小さくなっているようだった。
「何かおかしいか」
「おかしいよ。だって、小さすぎる」
アキヤマも頷き、ユートに続く。
「赤龍星様は、確か山を覆いつくすほどの巨体でしたが、その姿はどういうことでしょうか」
ロゼルロンは百メートルを超える巨体を持つ龍であった。それが、突然人の子供ほどになっているのだから、驚くしかない。
「うむ。暫くはこの地に留まろうと思ってな。そうなるとあの巨体は面倒で仕方ない。
ワシら龍は体内のマナの総量で体をある程度コントロールが出来る。ちょうど、預けるのに適したものもあったしな」
ロゼルロンは黄金の瞳で太守をちらりと見る。
太守は困ったように笑うと、ユートとアキヤマを交互に見るが、エドンの二人は露骨に視線を逸らした。
太守は、まったく、と小さく零すと、ロゼルロンの顔を見る。
「我々としては、名高い赤龍聖様がこの土地を守ってくださるのなら、心強いのですが」
「いんや、ワシは見守るだけじゃ。この土地はお主らのものじゃからな。
まあ……ワシも住処を荒らされるのは本意ではない、手助けくらいはしよう。
ただ、それはお主たちがこの地を守る意思を見せることじゃ。あくまで、ここは人の地であるからな」
とうとうと語るロゼルロンには、この土地に留まる以上の意志はなかった。
支配ではなく、あくまで人と共にいる。その意図は太守も察することは出来た。
「肝に銘じておきます」
深々と、龍に頭を下げたのだった。
「それじゃあ、ロゼルロンはここでお別れか」
寂しげに言うユートに、龍は鷹揚に笑う。
「ま、暇になったら顔は出すがな」
その笑い声で、ユートの胸の内の寂しさはすぐに消し飛んでしまう。
そして、一つ思い出す。
――もう一人、去就を考える仲間が居る。
「……太守様、もう一つ」
「何かね」
「シルリアのことです」




