22-18
アステア地上拠点――ユートの私室。
窓ガラスから朝の陽ざしがさしこむ、眠っていたユートは穏やかな日差しに呼びかけられるように目を覚ますと、ベッドから下りて窓を開けた。
アステアはオートマトンたちが保守作業を開始し、ゆったりと時を刻んでいる。建設途中の建物の奥、湖の上に停泊したウツロブネは、正面ハッチを開けて荷下ろし作業をしていた。
水の季節の湿った空気が部屋の中に入ってくる。朝の冷たい風は、ユートの完全に覚醒させる。
(一日だけの筈なのに、随分久しぶりな気がする)
宇宙に上がり、地球へと戻り、マガハラを破壊して帰還する。その作業は一日にも満たない密度で行われた。
ただし、それ相応に疲労はあった。深夜、アステアに帰還したユートたちは完全に疲れ切っており、心配したロジッスにさっさと休むように言われると、反論する間もなくそれぞれの寝床へと戻って休んでしまった。
(ここ最近はずっと気を張ってたから当たり前か)
ウツロブネの探索からずっと続いた一連の事件にようやく一段落がついた。
ヒストリの行方こそ不明であるが、奪われたものの奪還がなった今、ユートが背負った倫理的な荷は軽くなっている。
自然と上機嫌になり、心も体も軽くなる。
(せっかくだし、少し散歩するか)
外から吹き抜ける風に誘われて、ユートは部屋の外へと出た。
◆◆◆
アステアの道路を歩き、湖の傍へ。
ウツロブネはフロートの上で待機している。
地球から持ち込んだ物資を整理するために度停泊しており、その作業には数日かかる見込みであった。
なんとなく、ユートは湖の畔を歩く。
すると、水辺に一人の少女が居た。
「……シルリア」
銀色の髪の少女――宇宙服を脱いで、ライカの御下がりのローブを纏った彼女は、ぼーっと湖に反射する雲を見つめていた。
「おはよう、シルリア」
ユートが挨拶をすると、ゆっくりと振り返る。
「……おはよう、ユート」
近づいてきたユートを迎えるように、ゆったりと歩いてきた。
「ライカは?」
「まだ寝てた。私は、空が綺麗だったから出てきたの」
「空かぁ……」
シルリアは空を指さす。ユートもつられて空を見上げた。
水の季節の空は濃く、白い雲がくっきりと浮き出てくる。湿った風は穏やかそのもので、湖面を僅かに揺らしている。
「ユート」
小さな声が聞こえた。
「何?」
「ありがとう」
シルリアは、ユートの顔を見て感謝の言葉を伝える。
ユートは微笑むと、同じように穏やかな声で返した。
「どういたしまして。俺は当たり前のことをしただけだよ」
「当たり前?」
ユートは頷くと、シルリアの瞳を見る。
銀色の瞳には、優し気な少年の顔がうつっている。
「ライカが言ってただろ。姉は妹を助けるものだって」
――たとえ本物出なくても――本物でないからこそ、姉となったからには絶対に妹を助ける。その思いを抱えて、ライカは確かに戦い抜いた。
普段は姉を自称する彼女に苦笑いをしているユートでも、その信念までは絶対に否定しない。
「俺もライカから見たら同門の姉弟弟子だからね。妹を助けるのは当たり前だろ」
だからこそ、自分も、どんな形でも絆があるのなら、それを裏切らないと決めていた。
シルリアは一度目を見開くと、次に口を抑えて小さく笑い声を漏らす。
「ありがとう。でも一つ訂正して欲しいかな」
そして、ユートを指さすと、冗談めかして言った。
「私の方が先にライカの妹になったるから、ユートの方が弟だよ」
「いや、せめて実年齢で言おうよ」
「分からないから」
その思いがけない言葉に、ユートは返事に困る。
「……あー、そっか、ごめん」
「大丈夫、気にしてないから」
とはシルリアは言うが、ユートはどこか悪いような気がしていた。
(そっか……シルリアはエインシアの残声に集められた子だったから……)
そして、一つ気になることが頭に思い浮かぶ。
「シルリア、一つ確認したいんだけど」
「どうしたの?」
ユートは顔を引き締めると、シルリアに問いかけた。
「俺たちはこの後、ブランシュにウォール・マナタイトを返却しに行く。あの街に戻りたいなら、一緒に行けるけど」
「……」
そのユートの言葉に、シルリアは口を抑えて考え込む。
荷下ろし作業は数日かかる。シーナのコアユニットをコロニーに戻す作業などはその後になるので、ウォール・マナタイトの返還と、アキヤマ達との合流をしようと言うのは、疲れたユートたちでも昨日の間に決めていた。
その際、シルリアは既に眠っていた。元々ウツロブネから脱出した直後に消耗から意識を失っていたので仕方のない事であった。
――ブランシュの街に戻るか――
シルリアの慣れ親しんだ街に戻る。それは、シルリアに与えられた当然の権利である。
だが、エインシアの残声の影響もあり、すんなりとはいかないだろう。ライカと一緒に、この地で暮らす選択もあるのだ。
何れにしても、選ぶのはシルリアである。
だからこそ、少年は少女の答えを待つ。
「行く」
けれど、付け加えて。
「でも、あの街で暮らすかは、少しだけ考えさせて」
「わかった」
ユートは頷くと、彼女の選択を待つことにした。
ちょうど、アステアの方から声が聞こえてくる。
ライカの、シルリアを呼ぶ声だった。




