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「勝手なことを言わないで」
アマンダは赤の神が伸ばした手をはじき返した。そして素早く身を翻すとウォルフの容姿をした赤の神と距離をとる。
「ウォルフは別に私に付き従っているわけじゃない。ウォルフはウォルフの意思で私の近くにいてくれているの」
赤の神はそんなアマンダの挙動をものともせず距離を詰め、アマンダの首を掴み壁へと押し付けた。急所である首を掴まれたアマンダは苦しげに息を詰める。
「それが自分勝手な思いだとは思わないのか。自分たちがこいつを苦しめ辛くさせていると」
「…思わない。私はあなたの言葉より、ウォルフが言った言葉を信じる」
流星群を一緒に見たあの夜。ウォルフはアマンダとともにいたいと言ってくれた。あの言葉を聞いていたからこそ、アマンダは絶望せずにいられた。アマンダの心に一点の曇りもないことを感じた赤の神は舌打ちをした。
「面倒な、あと少しだったというのに。まあよい。外に出れば器などいくらでもいるだろう」
ウォルフの命はあと少しであった。だが、赤の神は目的を果たしたかどうかを確かめるためもう少しこの世界に残る必要がある。そのためにはこの体では心もとない。
「ああ。その前にお前の喉を焼いておこうか。これから邪魔をされないように魔法は封じておかねばな」
赤の神に乗っ取られた人物はその人の使える魔法に関係なく火属性魔法が使えるようになる。赤の神が魔法の詠唱をしょうとした瞬間、部屋の中は白い光に包まれた。
「っ…!」
「ゴホゴホッ」
アマンダの首を掴んでいた赤の神は突如鋭い痛みに襲われ、ウォルフの身体からはじき出された。赤の神により壁に押さえつけられていたアマンダの身体からは力が抜け、そのまま床に倒れそうになった。
「っ…」
「アマンダ様…大丈夫ですか?」
「…ウォルフ?」
自分を包む温かい感触と、頭上に聞こえた優しい声にアマンダは顔を上げた。その瞳からは涙が零れ落ちた。
「泣いているのですか?やはりあなたには私がいないとダメですね」
そこにはアマンダの知る瞳の色をしたウォルフがいた。こんな状況なのにウォルフは穏やかに笑っており、アマンダはますます涙をこぼれさせた。
「ウォルフ!」
「うわっ」
アマンダは思わずウォルフに抱きついた。アマンダを受け止めていたウォルフはそのまま後ろへと尻もちをついた。アマンダは顔を上げウォルフの身体を触り確かめる。
「ウォルフ大丈夫!?体は何ともない!?」
「大丈夫ですよ」
「よかった…。本当によかった…。でもどうして?赤の神は?」
「くそっ…どういうことだ!絶望していたはずなのに…なぜこちらに戻ってこれるんだ!」
アマンダが顔を上げれば、そこには顔を悲痛そうにゆがめてこちらを睨むヘリオスの姿があった。
「私のことを教えなくてよかったのか?」
その白い空間にぽっかりと闇が浮かんだ。その闇は白い空間の中にいるカルラに話掛けた。
「別に教えたところで何だというんだ。それを知ったあいつらに得はないし、あんたはそれを知られたくなさそうだったじゃないか」
「まあ、確かにそうだが」
「だったらそれでいいんだよ」
「すまないな。このためだけにそなたを何年も縛ってしまって」
「別に。おかげであいつらの様子を知ることもできたし、この世界のことも知ることができた。まあこの世界を作った神にはもう少し考えて作ってほしいもんだが。まあ、そいつがいなければ私たちもいなかったってことらしいから仕方ねえ」
「本当にすまなかった。役割をはたしたことでここの存在は消えてしまう。それと同時にお前はその記憶も形もなくなる。長い間しばりつけてすまない。ご苦労だった」
なおも闇はカルラに謝り、カルラのことをねぎらった。カルラはふと疑問に思ったことを闇であるかの神へと問いかけた。
「最後に聞きたいんだが、お前が言うようにその神の願いが叶い、この世界が救われるとしてその後はどうなる?神のいなくなった世界はどうなるんだ?ここと同じように消えるのか?」
かの神は一瞬だけ考え、やがて口を開いた。
「神がいなくなったところで世界は回り続ける。ここは私が条件付きで作ったからそうはいかないがな。その世界が継続されようが崩壊しようが神には関係ない。ただそこにあり続ける…それだけだ。神は気まぐれにその世界を眺め、干渉し、楽しむ。神の性格にもよるがそれが神というものだ」
「ふーん。自由で良い生活だな」
「そうでもない。神とはいってもその上には私たちを作った神がいる。私たちの自由はその大元の神が許しているからこそできている。私たちの自由は大元の神によって課されている義務を果たすことにより存在している。神にはそれぞれが存在する意味がありそれを怠れば存在できなくなる。俺は今回、その神を連れ戻すためにこの世界にやってきた」
「あんたも大変だな」
「まあ、それがなくてもあいつはどんなところでも輝ける人々の希望だからな。いなくなってもらっては困る」
「そうか。まあ、私も助けてもらったし、必要な存在であることは確かだな」
やがてその空間は閉ざされ、深い深い闇の中へと消えていった。




