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「どうして…」
カウザは片付けが終わった後、カウザは寮へとは行かず自宅へと戻って来た。そして現在、汚れてしまった体や服を一通り綺麗にし、父親であるシュトルツ・アカルディの帰りを待っている。日が暮れる前には家に戻ってきたはずだが、辺りはすでに暗くなっており、目の前の美しい彫刻が施されたテーブルの模様も見えないくらいになっていた。カウザは椅子にもたれかかり、右手の甲を額へと当てていた。その目は閉じられており、眉間にはしわがよせられている
「どうして…」
カウザはこの部屋に入ってから同じ言葉しか呟けていなかった。原因は昼間のこと。アマンダの家の片づけを手伝っていた最中に起こった。
「カウザ、あなた落としていますよ」
カウザがサジェスを突き飛ばしてしまった後、一通りサジェスに嫌味を言われたカウザは少し落ち込んだ。カウザとサジェスは別に仲が悪いというわけではない。ただ、カウザからして相性はあまり良くない。サジェスは冷静な性格をしており、頭が良い。一方カウザは激高しやすく、サジェスほど口が回るわけでもない。幼い頃から王子の側近としてレーブと共に近くにおり、共に過ごしてきた仲間だが、魔法や体術では勝てたことがあっても、言葉の類でカウザが彼に勝てたことなど一度もなかった。そんな彼からの本気の嫌味を聞き、カウザはちょっぴり反省をした。
「これ…」
「先ほど見つけたんです。大事なものなんですから落としたりしてはいけませんよ」
渡されたのは赤色のカフスボタンだった。表面にはカウザの家紋であるアカルディ家の文様が描かれている。
「ああ…すまない」
「まったくだ」
その後もまたサジェスの嫌味が再開されたのだが、カウザの耳にその言葉が届くことはなかった。
赤いカフスボタン。アカルディ家には代々火属性魔法を得意とする子が生まれやすいため装飾品に赤色を使うことが多い。カフスボタンは装飾の中でも特別なもので、アカルディ家の男児が生まれた時から作られる。デザインは赤い宝石に銀の装飾をつけることが決まっていて、装飾の部分だけ各々違ったものがつけられる。当主となるものは炎をモチーフとしたデザインを、その他の物は各々の意向をくんで作られる。カウザのカフスボタンには花をモチーフとした装飾がついていた。カウザはそれを気に入っており、制服にもたまにつけていた。今日は掃除ということでつけてこなかったが、サジェスはそれを見ていて、このカフスボタンをカウザに手渡したのだろう。だが、今サジェスから受け取ったカフスボタンには花ではなく、炎の装飾がされていた。この炎の装飾は特別製だ。ここにこのカフスボタンが落ちているはずがない。
「父上は今もシンと関わりを持っていたのか?」
父は魔女が大嫌いだ。魔女であるアマンダの魔法屋に行くことなどありえないだろう。現にさりげなくアマンダに尋ねてみたが、反応は芳しくなかった。とすれば考えられるのは父とシンが今でも関わりを持っており、何かの拍子で父が渡したカフスボタンをシンがあの時の落としたということだ。昔は義理の父として育てられていたのだから変なことはないのだが、一度不信感を持ってしまうと、今まで引っ掛からなかったことが次々と不可解に思えてしまう。
“考えれば考えるほど…父上の行動がおかしく思えてしまう”
これといった確証は得られないが、思えば不審な点はいくつかあった。父はシンを引き取った時、その理由を才能だと言っていた。だが、当時のシンは魔法も剣術もカウザにさえかなうものはなく、いつも勝利者を睨んでばかりだった。勉学も文字を覚えるところから始めていたはずだ。カウザに分からない才能があったとして、それは一体何だったのだろうか。そしてカウザに対しての態度も、今思えばおかしかった。父は執拗にカウザに魔女のことについて話していた。
『お前の母親は魔女に騙tされて殺された。魔女は敵だ。そのことを忘れるな』
父は母を失ったばかりで悲しむカウザにこの言葉を刷り込んだ。そのせいでカウザはアマンダに対しても敵意を持っていたのだが、アマンダは自分たちと変わらない魔法が上手な普通の少女だった。自分の目で初めて見た魔女は、自分たちとそんなに変わらない存在だった。ウォルフたちの言葉がなければ、自分は今でも存在する全ての魔女を憎んでいただろう。
「父上は一体…」
『コンコン』
カウザが思い悩んでいると入り口をノックする音が聞こえた。
「カウザ様、失礼いたします。シュトルツ様がご帰宅でございます」
「…わかった。今行く」
カウザは嫌な想像を払拭するように大きく息を吐き出し、立ち上がった。考えていても仕方がない。きっと自分の思い違いだ。
「シュトルツ様は書斎でお待ちになっております」
カウザは執事に促され、書斎へと向かった。そこには暗い廊下が続いていた。
「あのバカが。考えなしに飛び込むとは」
彼らが去った後、廊下でつぶやく者が1人。それは黒い瞳と長い黒髪を持った魔女であった。魔女は黒いローブを羽織り、壁に背を預けぶつぶつと呟いた。
「…ああ、面倒くさい。けどそろそろ進まないと終わりも見えないか」
その目の前を、ランタンを手にしたメイドが通って行った。だが彼女は魔女の独り言にも、その存在にも気づかない。
「はあ、会うことはできないが…まあ、預けることならできそうだな」
魔女は暗闇へと足を向けた。先ほどカウザと執事が通った道を魔女はスタスタと進んでいく。
暗闇の黒は魔女の色。そしてかの神の色。




