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「アドルフ…おい!大丈夫か!」

アドルフの背中には赤い魔法陣が浮かび上がっていた。アドルフは全身に力が入らずそのまま崩れるように座り込んだ。

「アマンダは…無事ですか…?」

ウォルフがアマンダの様子を確認する。アマンダは外傷もなく気を失っているだけのようだ。

「それなら…よかった」

「何にもよくねえよ!くそっ!どうしたら!」

カルラはアドルフの背中をこすり、魔法陣を消そうとするが、まるで刻み込まれたかのように消えなかった。カルラの瞳には涙が浮かんでいる。カルラは魔女だ。だが、魔女は新月の夜には魔法を使えない。なぜなら月の神がいないから。魔力のない魔女はただの人だ。

「なんでこんな時に…。くそ!なんで…なんで!」

「カルラ…もういいです。それよりもあなたの顔を見せてください」

「だけど…」

「すみません。私はもう動けそうもないので、できたらこちらまで来てもらえると嬉しいです」

カルラはアドルフの前へと回った。アドルフはカルラを見つめた。そこにはぼやけてはいたが涙を流しながらおびえる、黒髪黒目の少女のような姿が見えた。アドルフはそっとカルラの手を取った。

「私は…あなたと出会えて幸せでした…あなたが愛おしくて…私は生きる目的を見つけました…」

アドルフは王家の3男だった。だが上の兄たちとは母親が違い、母親はアドルフが生まれてすぐに亡くなってしまった。原因は毒だった。アドルフの周りでは常に家臣たちがにらみ合い、争っていた。1番上の兄は弟たちが自分の王位を脅かすのではないかと恐れていた。だからアドルフは王位継承権を捨てた。それでも兄はアドルフを恐れた。そしてアドルフを騎士という身分へと落とした。王のため、国民のため、命をかけさせる地位へと転じさせた。アドルフは疲れていた。母は死に、父はアドルフをかまうことなく、兄は自分を恐れている。アドルフは目的もなくただ生きていた。だがカルラと出会った。自分のために堂々と生きているカルラ。最初は驚いたが、いつのまにかカルラが愛しく感じ、とても大切なものになっていた。いつしかアドルフは、カルラやアマンダ、ウォルフを守るという目的ができていた。

「カルラ…愛しています…」

「なんだよ…なんで今!そんなこと言うんだよ!わけわかんないよ!」

「カルラ…アマンダとウォルフを頼みましたよ…」

「アドルフ!」

『パチャッ』

次の瞬間。アドルフの姿は消えた。そこには温かい赤い液体のみが地面に残っていた。

「なんだ…これ、どうして…」

カルラは困惑した。アドルフが消えてしまった。自分の目の前で。自分はこれからどうしたらいいのだろうか。カルラはアドルフと出会ってから頬に涙の跡などつかなかった。それはアドルフが全部拭いてくれたから。

「うあああぁぁぁぁ」

明かりの消えた暗い森の中でカルラは声を上げて泣いた。その涙を拭いてくれる者はもうどこにもいなかった。


「見つけたぞ!こっちだ!」

アドルフの姿が消えて数分。明かりをもった騎士たちが後を追いかけてきた。カルラたちはとっさに木々の中に隠れたが、それから全く身動きがとれなくなってしまっていた。

「くそ…」

アマンダはカルラの腕の中で眠っている。あれから操られたように変に動く気配はしないが、正気に戻ったかどうかわからない。自分の父親を刺してしまったというストレスはアマンダの心にどう影響するか。それも心配だった。

「アドルフ…私はどうしたらいいんだ」

その時、夜空に1つのほうき星が流れた。それを皮切りにして次々と星が流れ始めた。

「こんな時に…神は私たちを見放さないってか」

カルラはハハッと乾いた笑いをこぼした。その顔は憎々しげに空を睨んでいる。

「月の神が、哀れな黒の神に惠みを与えます…そんなこと本当にあり得るのかよ。だけど…本当にあるとしたら…」

カルラは真実の神話を知っていた。カルラとアドルフの結婚を唯一祝福してくれたある王族が、カルラに教えてくれたからだ。カルラはその後、彼に出された要望を断ることになったが、彼はカルラに恩恵を与えた。ある一定の条件下でなら、黒の魔女は新月の夜に魔法を使える。私は彼に感謝をしなければいけないかもしれない。

『新月の夜、数多の星々が流れるその時に、黒の神は天へと祈りを捧げる。その祈りはやがて流れる光となり、いずれ天へと届く。月の神は黒の神の祈りを聞き、その祈りを叶えるであろう』

カルラは神が嫌いだった。たった1度月の神が隠れてしまっただけで、人間を脅かす赤の神を生み出した低能な太陽の神が、せっかく太陽の神に愛されているのに姿を隠してしまった愚かな月の神が、カルラは嫌いだった。けれど、今ならその気持ちも少しだけ分かった。

「アドルフがいないだけで、こんなに不安な気持ちになるなんて思いもしなかった」

思えば、アドルフが現れてからは不安なんてことは1つもなかった。アドルフが現れる前はずっと感じていたというのに。

「ごめんな、アマンダ」

カルラは娘の額に軽いキスを送った。この子は今後どういう人生を歩んでいくのだろうか。

「ごめんな、ウォルフ。アマンダのことを頼む」

カルラは腕の中のアマンダをウォルフへと預けた。カルラは天へと祈った。アマンダとウォルフの幸せを。自分とアドルフはもう傍にいてあげられないけれど、彼らの今後に幸の多い人生があらんことを。その祈りは魔法となり人々に作用し、今回に関する記憶を忘れさせた。その日、空は天へと上る優しい光に包まれた。人々はその美しい景色に自分たちの幸福を祈った。


「使ってしまったか」

王宮の一角で、ある予言者は窓の外を見ていた。彼は褐色の肌に黄金の瞳と髪をもつ王族だった。

「彼女ならあるいはと思ったのだが…」

『世界が闇へと包まれ、空に浮かぶ数多の星々が地に落ちるとき、まばゆい色をもつ清き者、その力をもってこの世界を救わん』

予言者は人々に予言を与えた。

『俺の人生は俺が決める。そんな予言になんて従わねーよ…それに、俺は今が大切だからな』

彼女はその予言を突っぱねた。だが、その彼女の笑顔を見たら何も言えなくなってしまった。

「予言は見事に当たった…だが、その結果は私の思うところにはならなかった…か。この世界を救うものはどこかにいないものだろうか…」

予言者は1つため息をつき、暗闇の中へ姿を消した。その窓の外では神へと願いを届ける星が流れていた。

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