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「ちっ、こんだけ煽ったってのに、まだ捕まんねーのかよ」

その男はイラついていた。男の耳には赤い石のピアスがついている。彼の目的は人間たちを滅ぼすこと。そのために黒の魔女の存在は邪魔だった。だから男は自分の持てる力をもって、人間たちの欲望を煽った。

『貧乏から脱却したい、商品が売れるようにしたい、お金持ちになりたい、あれも、これも、それも…世界の全てを手に入れたい。だけれども自分が欲しいと思ったものは全て、自分の手からこぼれ落ちてしまう。お金持ちにはなれず、商品も売れず、貧乏のまま。それはなぜだろうか。それはそうあの男のせい。強いて言えばあの男の伴侶の魔女のせいである』

そう人々の欲望を煽り焚きつけた。だが、彼らはまだ捕まらない。うまく逃げているのか見つかりもしない。

「…そういえば、あいつらには子どもがいたな」

男はニヤリと笑い、懐から赤い石を取り出した。いびつな石は薄く赤い光を放っていた。


「私の娘と息子を返せ!」

カルラは銀馬のまま男へと突っ込み、アドルフはアマンダとウォルフをひっつかんだ。銀馬が駆け出す。その時、カルラには男の小さな声が聞こえてきた。

「ふふふっ…。かわいい子供だねえ。こんなに似ているのに…オーラは違うんだねえ」

男の目はねっとりとアマンダを見つめ、その瞳は鈍く光って見えた。

「2人とも大丈夫ですか!」

アドルフが様子を確認するとアマンダはすやすやと眠っていた。だがウォルフが泣きそうな顔をしていた。

「アマンダがさっきのやつに…」

ウォルフは先ほどまでアマンダと共に家の中にいた。だが騎士たちが突然家の中に入ってきて、先ほどの男の元まで連れていかれた。ウォルフは必死に抵抗したが、男は赤い石を使いアマンダに何かの魔法をかけていたという。

「ちっ、どっちみちここじゃ安心してアマンダを見られない!森まで突っ切るぞ!」

カルラは銀馬を急がせた。


『ポンッ』

森に着くころにはもう日も沈み、夜になってしまった。ウォルフは狼の姿になり、アマンダの銀馬は消えてしまった。

「アマンダは!?」

月明かりもない暗い夜。風もない森の中はしんとしている。アドルフは火属性魔法を使用し、王都から見えない程度に辺りを照らした。

「見たところ眠っているようにしか見えませんが…」

「だがさっきから全然目を覚まさねえ…」

ウォルフはアマンダの様子が心配でずっと頬をなめているが、アマンダは目を覚まさない。心臓は動いているし、胸も上下に動いているから呼吸も止まっているということはないのだが。銀馬の背の揺れの中でも目を覚まさないというのはどうにもおかしい。

「たしかこの森には『目覚まし薬』の材料になる『びっくり草』があったはずだ…ちょっと探してくる!」

『目覚まし薬』は飲めば冬眠中のくまでもたちまち目が覚める調合薬だ。野生でとれる『びっくり草』と水属性魔法で作った『大気水』を使えば調合できる。カルラは調合に必要な分量を知っているし、ここには全属性魔法を使えるアドルフもいる。

「待ちなさいカルラ!1人で動くのは危険です!あなたは魔法も使えないのに」

「だけどアマンダが…」

2人が口論をしているとアマンダの胸元から突然赤い何かが飛び出し、ふわふわと浮かび上がった。それは小さな塊だったが、ぐにぐにと動き、不気味な光を放っている。アマンダに背を見せている二人は気づいていない。

「グウォン!」

ウォルフは吠えた。ウォルフは狼になっている時には話せない。ウォルフの声に気づいたアドルフは後ろを振り返った。

「っ!カルラ!」

アドルフはカルラを咄嗟に抱きしめた。その背中に衝撃が走る。

「アドルフ…?」


「ふふふ…そろそろ発動してくれている頃かなあ」

男はにやにやと笑っていた。男はアマンダの懐へ赤い石を忍ばせた。魔女を殺すための一つの呪いの石。あの呪いは人間を消すまで終わらない。赤い石の呪いは魔女を絶望へと突き落とすはずだ。

「僕の力は減っちゃったけど、魔女を減らせるならまあいいや」

男がアマンダへと持たせた赤い石は、太陽が魔力を暴発させた際にできた魔力の塊。赤の神の命とも呼べる石である。

「魔女は我々の脅威だ。月の神が現れればまた、我らは我らを失うやもしれぬ」

ピアスをした男の向かい側にはもう1人の男が座っていた。

「…ところで、お前のその姿は何とかならないのか?随分と貧しい…」

ピアスをした男の左側、先ほどの男の右側にもう1人座っている。

「仕方がないだろう。今の世界で1番欲深い男がこいつだったんだから…僕だって好きでこんな格好をしているわけじゃないんだからな。君たちが羨ましいよ。そんなに優れた身分と姿をしていてさ。僕だって…」

「おい、こいつを刺激してくれるな。面倒くさい」

『コンコン』

その時、扉をたたくノックオンが部屋に響いた。

「だんなさま…おきゃくさまですか…?」

「おや、シン。勝手に入ってきてはダメだろう?」

扉を開け、隙間を覗かせたのは小さな子どもだった。

「なんだ…ちょうどいいのがいるじゃないか」

月明かりもささない暗闇の中、わずかに開かれた扉からは赤い光が漏れ、そして消えた。

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