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周囲は暗闇に包まれ、空に輝くのは悠然と光る複数の星だけ。いつもは月明かりに照らされ、穏やかに佇んで見える街並みも、この闇の中では何かにおびえるようにお互いの体を寄せ合っている。そんなおどろおどろしい漆黒の中で、何かが赤くきらめいた。しかしそれは一瞬のことで、誰も気づけない。もしそれが見えていたとしても、人々は見たもののことを忘れてしまう。自分は何を見て、何に気づいていたのだろうか。だが確かに、人はその存在を見たはずだ。はたして…。
「えーっと、ウォルフ?これってどういう状況?」
アマンダは混乱していた。今日は週の最終日。ウォルフが学園から帰ってくると同時に複数の生徒を連れてきた。まあ、それはいい。客が入るのはアマンダとしてもうれしい。だが、なぜ有名な生徒ばかり連れてくるのだろうか。
現在、アマンダの魔法屋の中には7人の人間がいた。
まず1人目はアマンダ。アマンダは店の奥、店の入り口が見えるカウンターの椅子に座っている。混乱しているのか、その表情は浮かないものである。
2人目がウォルフ。アマンダの横に立っている。彼は無表情で今日の客人たちのことを見ているようだ。何を考えているかはわからないが、まるで観察するように彼らの動きを見ている。
3人目が聖女ヒカリ様。彼女はアマンダから見て真ん中の棚に陳列してある『グラスぐれ』を見ている。『グラスぐれ』は火属性の魔法陣を付与したグラスで、その中に入れた飲み物は自分の好きな温度に調節し、そのまま保管して置けるという優れたグラスだ。しかも、いつものように副作用のような効果は確認されておらず、色のバリエーションも豊富であるため、人気の商品である。「タンブラーみたい」と彼女は言っているが、果たしてタンブラーとはいったい何だろうか。気になる。
4人目は、聖女の隣にいる金髪金目の少年で名をソル・シュバルト様。このシュバルト王国の第一王子にして第一王位継承者である。彼は聖女ヒカリ様と話し込んでいるようで、時々笑っている顔がいつも新聞で見る顔とは違った印象を受ける。
5人目は、青色の髪と目をした少年、サジェス・メフシィ様。彼はこの国の宰相の息子でとても頭がよく、学生ながらすでに論文もいくつか発表していると聞く。彼はアマンダに近い場所におり、店内を観察しているようだ。
6人目は赤髪赤眼のカウザ・アカルディ様。彼は現騎士団長の息子で、彼自身も騎士を目指しており、数々の武術大会で名を残すほどの実力者だ。だが彼は魔女が嫌いらしく、先ほどから入り口で腕くみをし、不機嫌そうにしている。
7人目は褐色の肌に紫の髪と瞳を持つレーブ・ムーフォウ様。現魔術師団長の息子で、父親のように白いローブを羽織っている。彼はアマンダから見て右側の棚の『メガネおん』をきらきらとした目で眺めている。『メガネおん』とは3つの属性を組み合わせた複合魔法がかかっており、『メガネおん』をかけた者のピント調節の役割はもちろん、暗闇で使えば見えている範囲の温度が分かるという眼鏡である。有能な商品だが、人気はあまりない。ピント調節をするための設計上仕方ないこととはいえ見た目が少し不格好なのだ。
「またなんでこんな大物ばっかり連れてきたの?」
何とか脳内整理がついたアマンダがウォルフに質問すると、ウォルフも歯切れ悪く言った。
「私も、ここまでの人数を呼ぶつもりはなかったのですが…」
どうやらウォルフの本意でもなかったようだ。
「あ、ウォルフさん、つい夢中になっちゃって…すみません」
ヒカリは『グラスぐれ』を棚に戻すと、こちらへとよってきた。
「人数は多い方がいいかと思って、私の友人たちを呼びました」
「まあ、それはありがたいのですが…」
にこにこと笑うヒカリと、表情は変わらないが途方に暮れたようなウォルフ。状況の読めないアマンダは頭にはてなを浮かべるのであった。
「ウォルフさん、何かありました?」
それは今日の朝のこと。ウォルフは学園で魔法具を並べ開店準備をしていた。ヒカリはそこへ通りかかり、ウォルフの顔がいつも以上に厳しそうなことに気がついた。普通の人であれば気づかない程度の変化であったが、5人兄弟の長女である彼女は弟たちの表情をよく観察していたため、人の顔色の変化によく気がついた。
「いえ、特には…」
「嘘は言わないでください。前よりも眉間に皺が寄ってるし、口元も引き締まって、目線も下にいっています。私の弟たちも困った時はよくその表情になってました」
私に話しても意味はないかもしれないですが、1人で悩んでいても解決はなかなか難しいものですよ。そう言った彼女に、ウォルフは束の間悩んだが、話をしてみることにした。もし、自分が危惧していることが本当に起ころうとしているのなら、彼女の力は今後必ず必要になる。
「では放課後、魔法屋の本店の方にお越しいただけますか?できれば力の強い方が協力してくださると助かります」
「何があったかわかりませんが了解しました!」
そんなわけでヒカリは自分が呼べる範囲の人間を呼んだのであった。




