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「いや~、本当にびっくりした」
その日の夜。アマンダはソファでお金を数えながら昼間のことを思い出していた。好きですと言われた時は本当にびっくりした。まあ、それは間違いだったのだけれども。
「好きって、なんかいいなぁ」
アマンダは人から好きと言われたのは初めてだった。黒の魔女ということで非難され、嫌われていたため、好きなどとは言われたことがない。かすかに思い出せるのは、まだ両親が生きており、一緒に暮らしていたころのこと。母はまだ幼いアマンダを、小さな体で抱きしめてくれた。父は少し照れながらも、大きな手で頭をなでてくれた。そこに言葉はなかったけれど、アマンダはとても幸せだった。
「シン君のことが気になるのですか」
ウォルフは、タオルで頭を拭きながらアマンダに聞いた。店を閉め、2階に上がると、ウォルフはすぐにお風呂に入りたがった。大半は人間の姿をしているとは言うものの、ウォルフはもともと狼である。匂いや音には敏感だ。昼間にヒカリを抱き上げた時についた匂いが身についているままでは嫌だった。
「別に気になるとかじゃないけどさ…やっぱり好きなんて言われたらね。まあ、勘違いだったからあれなんだけど…」
アマンダは自分の独り言が聞こえていたことに照れた。いや、この家の中にいる限り、ウォルフにはすべての音が聞こえてしまうのは分かっているのだけれども、まるで誰かを羨むような言い方をしてしまったことをアマンダは恥ずかしく思った。
その時、アマンダの手元が陰り、肩にぬくもりが触れた。
「好きです…私ではダメですか?」
「…つ!」
耳元でウォルフの囁き声が聞こえた。ウォルフの両手はソファのアームレストに置かれている。アマンダはまるで、ウォルフに後ろから抱かれているような形になっていた。ウォルフの声は普段聞く声とは違って聞こえ、そこにいるのは確かにウォルフなのに、それはまるで知らない大人のようだ。アマンダからウォルフの表情は見えないが、それがより一層、肩に触れたウォルフの体温を熱く鮮明に感じさせた。お互いの吐息以外は聞こえない。それくらい静かで濃い時間だった。
「…少々濡れてしまいましたね。すみません」
アマンダとウォルフがそんな恰好をしていた時間は数十秒程度であったが、アマンダにはまるで長い長い時が過ぎたように感じた。ウォルフはそっと体を起こすと、アマンダの肩口が濡れてしまっているのに気が付いた。そっとそこに触れるとすぐに手を離した。
「お風呂空きました。どうぞ、ゆっくりしてきてください」
そう言うと、ウォルフはアマンダから離れ、3階への階段を登ろうとした。
「わ、私も」
その時、とても小さな、ウォルフでなければ聞き取れないくらいの声がした。
「私も…ウォルフのことは好きだから」
そう言ったアマンダの耳は赤くなっており、肩は小刻みに震えている。アマンダは両手を強く握り、体が動こうとするのを必死にこらえていた。
「…ありがとうございます」
少しの沈黙の後、ウォルフは小さく息をつきそう言うと階段を登った。もともと好きだと言った際に、アマンダの鼓動が早くなったのには気づいていた。それだけでも満足だったのだが、やはり言葉で聞くとなお嬉しいものだ。ウォルフは階段を登りながら顔がにやつかないようにするのに苦労していた。
『は、恥ずかし~~~!』
アマンダは心の中で盛大に悶えた。自分の顔が今まで史上、最高に真っ赤になっている自覚はある。
『何あれ!なんなの!慣れてんの!ほんとなんなの~!』
どれだけ心の中で叫んでも平静は取り戻されない。だが、声に出してしまえばウォルフに聞こえてしまうのでアマンダは必死にこらえた。こぶしを強く握り左右に動かしたり、顔を両手で覆って変顔を作ってみたり…だけどどんなことをしても、次の瞬間には自分の体は言うことを聞かず勝手に動き出そうとする。
『あ~~~~』
その後、自分と戦うこと十数分。なんとかかんとか気持ちを整え、アマンダは着替えを持ち風呂場へと向かう。水属性魔法を使った魔法具『浄化玉』を使って身体を洗ってもいいが、アマンダはお風呂に入るのが好きだった。特に今日は色々なことがあったため、お風呂へ長い時間つかりたい気分だった。シャワーで体を洗い、アマンダは湯船につかった。やはり温かいお湯は心を落ち着けてくれる。湯船につかりながらアマンダは師匠の話を思い出していた。私はあの時の師匠の言葉に沿うことができているのだろうか。
お風呂から上がると、部屋にはいい匂いが漂っていた。見るとテーブルの上においしそうな料理が並んでいる。
「夕食、出来ていますよ」
キッチンからエプロンを着たウォルフが出てきた。アマンダは少し身構えたが、ウォルフがにこにこといつも通りに笑っているため毒気を抜かれ、そのままいすへと座った。
「美味しそう」
「アマンダ様早く髪を乾かしてください」
「はいはい」
アマンダは自分の髪に手をやり何度かなでたり、梳いたりする。火属性魔法の乾燥魔法で水を蒸発させ乾かしているのだ。木属性魔法で髪を乾かすと少々時間がかかってしまう。だが火属性魔法ならそれより短時間で済むし、かつ乾かした後も状態が綺麗になるため、アマンダは火属性魔法を使用している。その後、両手を勢いよく合わせた。
「いただきます!」
「どうぞ召し上がってください」
そこにはいつも通りのウォルフと、ほんのちょっぴり照れたアマンダの姿があった。




