二章 33.最初の一歩
「おい何してんだ!早くその魔剣の山をこっちによこせっつってんだよ!」
「うっ……」
ランキングトップとなったセロルの前に現れたロットは、怒鳴り声を上げて脅すように魔剣を要求する。
過去の恐怖心からセロルは言い返すことも出来ず、魂にまで刻まれたトラウマが無意識に体を震わせていた。
「わ、渡さない……これは僕の得点だ……」
だが、それでもセロルは無理やりに己を奮い立たせ、精一杯の反抗をみせる。
「あぁ?何だって……?」
「ぼ、僕はもうお前達の指図なんて――」
「いいから黙って渡せっつってんだろうが!俺の言うことが聞けないのか!?」
セロルの反論はロットの怒鳴り声に被せられて全て飲み込まれた。
未だ震えから声音が弱くなっているせいで、強気に出ることが出来ない。その隙をロットの激昂に利用されてしまったのだ。
(こ、怖い……や、やっぱり僕一人じゃ、何も出来ないんだ。あの家族に僕は、全て奪われるしかないんだ……)
ロットの威圧感に完全に恐れをなしたセロルは、わなんなと震えながらジリジリ後ずさる。せっかく集めた魔剣とも次第に距離が出来てしまった。
このままでは、ロットの思い通り魔剣は奪われるだけである。
「ビビんなセロル!お前の成長した姿、見せつけてやれ!」
だが、セロル自身もうダメだと諦めかけたその時、観客席の片隅から口調の荒い応援の声が響いてきた。
声の主はセロルの師匠アカリだ。彼はロットの傍若無人な態度に我慢ならず、セロルを勇気づける為に声を張り上げ声援を飛ばしたていた。
「そうだセロル!お前ならやれる!」
「頑張って下さいセロルさん!」
そしてアカリに続くように、同じ部隊の仲間であるガゼルとネネティアも声援を投げかけた。
三人は揃ってセロルの勝利を信じて疑わず、力強く背中を押す。その甲斐もあってか、セロルはようやく本調子を取り戻しだした。
「みんな……ありがとう。うん、やれるだけのことはやってみるよ」
三人の応援のおかげで闘志を取り戻したセロルにもはや震えは無く、目には決意の炎が燃えている。
もうセロルには過去のトラウマは関係無い。
「ちっ、うるせぇ奴らだな、何言ったって結果発表変わりゃしねぇのに。おいセロル!早く魔剣をよこせ――」
「誰がお前なんかにやるかバーカ」
「なっ、何だって……?」
「聞こえなかったのか?それなら何度でも言ってあげるよ。お前達クズ家族に誰が魔剣なんか渡すかって言ったんだバーカ!」
相変わらず魔剣を要求するロットに対し、セロルは態度を百八十度反転させて煽るように言い返す。その態度の豹変にロットは驚きを隠せず、思わず呆然と佇んでしまった。
だが、次第に冷静さを取り戻していくと舐められた態度に怒りが溢れ出し、ロットの頭に血が上っていく。
「こ、の……!奴隷の分際で、ちょっと応援されたくらいで調子に乗ってんじゃねーぞ!」
「僕はお前達の奴隷じゃない。もうお前達の指図なんか聞くもんか!」
「クソが、口で言って分からねぇなら、またその身で味わわせてやる……!」
セロルの反抗がいい加減耐えられなくなったのか、ロットは顔を真っ赤に染め上げ怒りのままに走り出す。目は血走り、魔剣を片手に真っ向から攻めてくる様は、傍から見れば隙だらけで驚威を一切感じられない。
「大丈夫……兄貴との訓練通りやれば絶対勝てる……!」
だがセロルだけは虐められていた過去の影響から、隙だらけのロットを前にしても恐怖を完全に拭うことは出来ずにいた。
それでもアカリ達の励ましもあって、震えを克服した今のセロルの敵ではない。
「お前もここで脱落だ!」
「ふっ……!」
至近距離まで迫り勢いよく魔剣を振り下ろすロットに対し、セロルは小さく息を吐き同時に足に魔力を集中し一瞬だけ加速する。
この僅かな魔力調整によってロットの魔剣を紙一重で交わしつつ、すれ違いざまにセロルは刃の無い魔剣を振り抜いた。
「ちっ、避けやがって……?だけど馬鹿な奴だ。まさか弱過ぎて魔剣の出し方まで忘れちまったのか?」
避けられたことにイラつきつつも、魔剣を出さなかったセロルを馬鹿にするようにロットは煽る。
そんなロットを相手に、セロルをもう勝負は着いたと言わんばかりに、魔剣をホルスターに仕舞った。ロットはその姿が降参を意味するものだと誤解するが、すぐにその真の意味に気づくこととなる。
「魔剣なら出したよ。この勝負は僕の勝ちだ」
「はぁ?何言ってん――がはっ……!な、なんで、俺が……?」
セロルに何か言い返そうとするロットだったが、残念ながら全身を襲う倦怠感が彼の言葉を奪う。
そう、その倦怠感の正体とは、魔力切れによる戦闘不能だ。
攻撃する一瞬しか魔力を使用しないという究極の節約術が生み出した早業は、斬られた相手すらも気付かないほどの必殺の技へと昇華していたのである。
「ば、馬鹿な、俺がお前如きに……」
「もう僕は、お前達なんかに屈しはしない」
敗北を悟り、だがそれを認められないまま意識を失うロットを背に、セロルは振り返ることなくそう小さく宣言した。
こうしてセロルは、家族との因縁に一つの決着を付けたのである。
『おぉ……おおぉぉぉー!な、何なんだ今の早業は!?速すぎて魔剣の輝きすら見えなかったぞ!セロル選手の剣技は光すらも放たないというのかー!?』
セロル対ロットの一部始終を目撃していた、実況を始め闘技場は観客達はセロルの高速剣技に興奮の声を張り上げる。
勇者一族の剣技とは、光り輝く魔剣の軌道を見る楽しさもある。だが、セロルの剣技はそれとは対局の位置に存在し、故にその新鮮さが観客達の心を大きく揺さぶったのだ。
「一撃とは見事だな……」
「セロルさん、まだまだ余裕ありそうでしたね」
「当然だ。俺が鍛えてやったんだから、あんな雑魚相手に手こずってもらっちゃ困るぜ!」
アカリ達もセロルの勝利をそれぞれ喜び、特にアカリは実の弟子の見事な勝利に誇らしげである。
「や、やった……ぼ、僕があのロット兄さんを倒せたんだ……!やった……!」
ロットを倒してからしばらくし、ようやく落ち着いてきたセロルは改めて自分が勝てたことに心から喜びを感じていた。
学園に入学するまでの十数年間、毎日のように虐めてきた相手に勝利できたことが嬉しくて、目には薄らと涙の輝きもある。
「居たぞ!あれが現状一位の勇者一族だ!」、「どけっ!あいつの魔剣は俺が貰う!」、「雑魚共は引っ込んでろ!全て俺のものだ!」
だが、うかうか喜んでいる暇はない。
まだ宝探し合戦が終了した訳では無いのだ。ロットとの戦いが盛り上がり過ぎた影響で、その歓声を聞きつけた他の勇者一族達も続々とセロルから魔剣を奪うために駆けつけて来た。
『おぉー!ここで更に複数の勇者一族がセロル選手の魔剣を狙って登場だー!さぁ、この度重なるピンチをどう切抜ける!?』
新たな刺客の登場に、実況観客は更なる盛り上がりを見せる。
「うわっ、す、凄い数……でも負けないよ。僕は勝ってあの家族に僕の強さを証明しなくちゃいけないんだ!」
襲いかかる勇者一族達を相手に、セロルは覚悟を決めると立ち向かう様に走りだす。
実質一対多という圧倒的不利な状況ではあるが、アカリのスパルタ訓練の成果で、複数の敵に対する戦闘方法も心得ている為問題は無かった。
「せいっ!はあぁっ!」
「うそ、だろ……!」
「速すぎて見えねぇ……!」
セロルは魔力操作を駆使し緩急をつけることで勇者一族達を惑わせ、不意をついて素早く全てを斬り伏せる。相変わらず魔剣の輝きを一切放たない高速剣技は、観客席からはもはや無剣の早業ににしか映らなかった。
斬る瞬間すら見せず次々と勇者一族達を倒してゆくセロルの動きは、さながら死を運ぶ死神そのもの。
後に「無光の死神」と呼ばれる、セロル伝説始まりの日であった。




